傷心
ある物語には嘘をつくと鼻が伸びる登場人物がいる。
私にも似ているところがある。
私は嘘をつくと心に傷がつく。
自分の良心が痛むなどという比喩表現ではない。
私の中には私にしか認識できないが、形ある心が存在する。
それは私の中にある、何もない空間で淡く輝いている。
ガラスのハートという言葉があるが、正にその比喩がぴったりな程に簡単に傷がつく様だ。
だが嘘以外では傷が増えることはない。
傷が増える以外には何も反応がない。
私はそれの存在が不思議でたまらなかった。
その不思議を解明するために、必要以上に嘘をつく。
だから私には友達がいない。
家族にも信用されていない。
心のことを話したこともあるが、病院に連れていかれるだけ。
どの医師も妄想性障害だの、統合失調症だのと言うが、そんなことないのは私が一番理解してる。
私の味方は文鳥のチマだけ。
チマにだけ本心を話せる。
チマの前だけ涙を流せる。
先ほど、不思議な存在である心を解明するために嘘をつくと言ったが、あれも嘘。
いや、正確にはそんな理由は後付け。
物心がついた頃には、心の存在に気づいていた。
その美しさは私を夢中にさせた。
小学生になった頃、嘘をつくと傷がつくことに気がついた。
それと同時に、傷があればあるほど美しさが増すことにも気がついた。
それからだ、必要以上に嘘をつくようになったのは。
私は嘘が一番嫌い。
その理由は自分でも分からない。
嘘に対する嫌悪感よりも、美しさを増す心の方が私にとっては大事。
だからこそ嘘をつくのは絶対に止めない。
ある日、チマが落ち着かない様子で鳥籠の中で羽を羽ばたかせていた。
鳥籠は私の部屋にある。
取り敢えず部屋の扉を閉め、鳥籠を開ける。
するとチマが勢いよく飛び出し、私の頭上に円を描きながら飛んでいた。
「750... 750... 750... 750... 750...」
教えたことのない言葉、というか数字を叫んでいる。
そして私の肩に止まると、いつも通りに戻っていた。
発作のように騒ぐことは今までなかったので驚いた。
病気の可能性も疑ったが、しばらく様子を見ることにした。
数日後、母と喧嘩になった。
そこで私はいつも通りに嘘でのらりくらりと会話を躱し、部屋に逃げ込んだ。
扉を勢いよく閉めて鍵をかける。
溜め息を吐き、視線を上げると鳥籠の中にいるチマと目があった。
理由は分からないが違和感を感じる。
ゆっくりとチマのいる籠に近づく。
籠に手を入れるとチマはいつも通りに手に乗った。
気のせいだったのかとホッとした。
ベッドに腰掛け、目線をあわせるといつも通りにチマの名前を呼ぶ。
「800回目」
大人の女性が冷たく言い放った様な口調でチマが突然言葉を発した。
「えっ」
思わず声が漏れる。
私はその言葉の意味を理解することも考えることもできなかった。
チマの言葉が聴こえた直後、心が真っ二つに割れ、そのまま落下して粉々に砕け散った。
心はそれと同時に輝きを失い、何もない真っ黒な世界になった。
そして私は何かを考えることも、感じることもなくなった。
「「心が壊れた」という実績を解除しました。」
何もない空間に、無機質な言葉がどこからか聴こえてきた。
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