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これからのこと。
今日はお休み。温かくて良い天気。
看護師をしていると忘れられない患者さんが必ずいるのではないかと思う。
私は社会人を経て看護学校へ入学した。
実習についていくのが苦痛で、休める回数をシラバスを読み込んで計算してしまうくらい苦痛でしかなかった。苦痛だった理由は、何を自分がしているのか分からなかったのだ。自分が考えたケアを指導者に突っ込まれず、とにかくこなすことで必死だった。
ある実習中、ある日突然口を聞いてくれなくなった患者さんがいた。
手術が必要な病気を患い、手術後の経過を学ぶ実習だったと記憶している。
当然、そのことは実習先病院・看護学校の教員、グループメンバー達を巻き込んで大きな問題となってしまう。原因は当然私の看護計画というものにあるのだが、患者さんの病気・術後の身体状態・心理状態などを踏まえて関わることの重大さを学ぶことができた。
その方に教えてもらったことは今の軸になっていると思う。
病院という臨床の場でも忘れられない患者さんはいる。
病院内で退院調整という業務でも忘れられない患者さんはいた。
退院調整は実際に患者のケアに携わることはないが、退院後の生活を予測して希望する生活ができるようにケアマネジャーや訪問看護・訪問診療へ働きかける仕事だ。ただ、笑顔で安心して退院できればよかっただけなのに、周りからの重圧に耐えられず、泣いてばかりいた。
いずれは地域で働くことを目指していたので、退院調整をするならケアマネの資格があった方がいいということで、頑張ってギリギリであったが資格を取得することができた。
そんな感じで仕事を続けていたところにCOVIDー19が現れ猛威をふるっていた。退院調整をしつつ、感染外来にも出向き、病院への苦情にも対応した。疲れもたまってしまい、いったん病院を離れることにした。
正直、いろいろなことがどうでもよくなってしまって、辞めてしまおうという考えに結びついてしまったのだ。
いまは訪問診療で働いている。
診療に同行したり、ケアマネや訪問看護ともやり取りをする。
そろそろ名前も覚えられてきているし、退院調整での経験は活かすことができているのではないかと思う。
ここでも忘れられない患者に出会うことは多い。
いつも帰るときに玄関先に出て、お辞儀をして手を振ってくれる方。
先生と出会えて良かったと言ってくれた患者さん。
自分がこうなるときは、もう旅立つ時だと言って、本当に叶えた患者さん。
一人一人が本当に生きるということを教えてくれている。
いろいろな人生があることを教えてくれる。
私たち看護師はその生活を少し支えるぐらいで丁度良いのだと教えてくれる。
ガチガチに凝り固まっている看護師の印象を取っ払えるような看護師にこれからはなっていきたい。
もっと地域でのこと、現場で感じたことを発信していきます。