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自己実現症候群
初出原稿:2021年2月19日
最終更新:2021年8月9日
「自己実現症候群」という語は学術用語として確立していないものだが、私が常に使用することばであり概念だ。
「これといって今の生活や待遇に不満があるわけではないが、なにか釈然としないものがあって、何か別のことをしたくなる抑えがたい衝動やそれに基づいて行動しようとする症状」のことである。
やむにやまれぬ衝動に気圧されて、主婦がパートにでてみたり、転職してみたり、会社をやめて留学してみたり、起業してみたり、離婚してみたくなる。今いるところにいたたまれず、どこか別のところへ行きたいと望む。それが自己実現症候群だ。
女性によく見られる現象で、たいてい25歳、30歳、35歳と5年周期で、症状が顕在化し行動に結びつくもののように思われる。
もとは臨床心理士、樋口和彦氏の分析と叙述からの援用だ。氏の定義した「自己実現症候群」は、多分に限定的で、1980年代前半の「若い女性」から聞き取り、感じ取った現実についての理解である点は注意が必要かもしれない。
1986年は35年前だ。
原文を読むと「35年前から女性は少しも進歩していない」という見方もできるかもしれない。以下、樋口和彦氏著作からの引用。
――引用開始
●女性の自己実現症候群
それで多くの日本の女の方は、今スーパーマーケットのレジ係になったら、自己実現ができるのではないかと思うわけです。これを「女性の自己実現症候群」と呼んでいます。沢山の女の方々が、今、こういうふうに言います。「先生、家にじっとしていられません。何か意味のある仕事がしたい。これでは、社会に遅れてしまいます。」「夫ばかり良い目をして。」「何かむしゃくしゃします。」そして、どこか内ではなくて外側に、なにか自分の求めているものがあるのではないかというふうに考えています。
私が今、スーパーバイズしている一つのケースでは、ある男性が妻に訴訟を起こされて、今まさに離婚させられんとしております。たぶん、そのようになると思いますけれども、私はその男の人の身になって考えてみると、なぜ彼が離婚させられるかわからないのではないかと思うのです。
ですから彼は今、なぜ、おまえは家を出るのか、離婚するのかということをしきりに妻に聞いていますけれども、その女の人はこれに対する説明というのは今までのところしておりません。そして、同じ言葉を繰り返し言っております。「彼は私のことを、また私の気持ちが、まったくわかっていないんだわ。」
したがって、彼女は、夫と同じ権利と同じ地位と、同じ形を要求しているように夫には思われるわけです。問題は、そうした時に、本当は彼女が何を求めているのだろうかということです。
私はグッゲンビュール先生の著書『結婚の深層』を訳したわけですけれども、あの時訳していて思いましたことは、私を例にとりますと、私の結婚なんていうのは、いうなれば運命的結婚であります。出会った時に、なぜか知らないけれども、あの女は一生、私といる女であるということを私もわかったし、向こうもその時わかったでしょう。それ以来、それについては聞いていないわけです。お互いに聞いていない。これを運命的結婚とでもいいましょうか。
でも最近の若い人に聞きますと、なんでそんな事わかるものか、自分たちにはそんなことわからない。今、われわれがするとするならば、それは一時期に、つまり同じ時に一人の女または男と結婚の契約を結び、また別の時がきたら、誠実にもう一人の女を、あるいは男を選ぶ、一時一夫一婦主義とでもいうものを考えています。
結婚の形というものも、やがて日本でも、もっといろいろなバラエティーを持った方式が、急速に出てくるのではないかというふうに思います。そういう時に、それでは、浮き上がらない女というのは、一体なにものなのか、何なのかということです。
これについて、私は必死になって考えていますし、もちろんミステリアスなわけですけれども、どういう元型が、その中にあるだろうかというふうに思ったわけであります。――引用終了
『ユング心理学 男性と女性』河合隼雄/樋口和彦/小川捷之編 新曜社(1986年12月1日) pp41-44
※ ※ ※
自己実現症候群は本質的な点ではもともとは元型由来の衝動である。
思春期と呼ばれる成長段階に差し掛かり、その頃生じる肉体的変化に伴って、精神・意識・心性面でもそれまでにない衝動が生じる。
今いるところにいたたまれないという感覚を覚え、今いるところではないどこか違うところへ行きたい衝動に駆られる。
「今の私は本当の私ではない」「今いるところは私のいるべき場所ではない」という現状否定的な違和感に苛まれ、自己変革・自己実現欲求を昂進させるわけだ。
それは第二次性徴期に起こる性衝動の一環なわけだが、この時期の自己実現衝動はいわば生じて当然のもので、元型由来である。
しかし、樋口和彦氏が指摘した「自己実現症候群」は元は元型由来の衝動であるが、その元型に基づく自己実現が達成不能になった時に生じてくるもので、欲求達成可能性が無くなった後にも燃え残る欲求不満が起こさせる行動である。
思春期の元型由来の自己実現衝動は健康だが、25歳を超えてから女性に一定の周期で訪れる自己実現欲求は病気という他はない。
思春期の反抗期克服に失敗した、大人になる機会を失った女性たちの病気ということができる。
この自己実現症候群は知的伝染性フェミニズム症候群への免疫を下げ、フェミニズム病に罹患することで違和感と不愉快感を合理化し消滅させようとする行動に結びつきやすい。
※ ※ ※
河合隼雄(かわい はやお)
1928年〈昭和3年〉6月23日 - 2007年〈平成19年〉7月19日
樋口和彦(ひぐち かずひこ)
1927年〈昭和2年〉3月29日 - 2013年〈平成25年〉8月25日
小川捷之(おがわ かつゆき)
1938年〈昭和14年〉 - 1996年〈平成8年〉
アドルフ・グッゲンビュール・クレイグ/Adolf Guggenbühl-Craig
1923年 - 18 July 2008, in Zurich, Switzerland