男、殺人物を考えてみる
土砂降りの中
不気味な笑みを浮かべながら
傘も差さずに歩く男
たちまちにして
道行く者たちの注目の的
何に対する笑みなのか
そして男はいったい何者なのか
男は、昔から、自分の顔が嫌いであった
なぜなら、いつも笑っている様に見られるからである
別に笑っているわけではないのに
傍から見れば、笑っている様に見える
そんな自分の顔が嫌いで嫌いで堪らなかった
口を閉じても開いても、常に口角が上がる
そんな作りの顔で生まれた自分が憎くて仕方がない
今日もやはり、通行人の視線が自分に向けられているような気がする
いや、実際に向けられている
そして、何といってもこの状況
土砂降りの中、傘も差さずに歩き、全身ずぶ濡れになりながら
顔が笑っているのだから、変に見られるのも仕方があるまい
なぜ傘を差さないのかというに
傘がないから差さないのである
傘がないわけは、傘を買う金がないからだ
男は今日、住んでいるマンションの家賃を大家さんに払ってきた
その結果、所持金がゼロになった
食べていく金がない
男は、無職である
ので、金欠は起こるべくして起こったことである
働き手を探すか、金を借りに行くかで迷い、
即日必要なのだから、借りに行くことを決意し、家を出た
既に土砂降りだった
家を出たくはなかったが、出なければ、金が得られぬ
傘はないが、傘を買う金がないので仕方ない
そのまま出歩いた
そして今に至る
友人宅にお邪魔しに行こう
男はそう考えながら、土砂降りの中をずんずん進んでいく
周りからは何か言われているような気がしたが
そんなことを気にする余裕もない
とりあえず、歩を進める
友人宅は、男の家から、徒歩20分のところにある
20分というのはかなり痛手になる
服もズボンも雨のせいで重みが増していくように感じた
靴など履いていて履いていないような物である
にしてもよく降る
いつまで降るのだろうか
一定のスピードで一定の量を保ちながら、
長時間降るとは、男の根性よりも仕上がっている
男は、先月まで有職者だった
が、なんだか嫌になって辞めた
後のことなど何も考えてはなかった
とりあえず辞めれば、解放される
男は、解放されたかったのだ
社会の呪縛から
男は、社会に向いていない人間であった
自分の好きなように生きたいが
好きなように生きるには金がいるので、
仕方なく職に就いたが、
ガチガチにルールに縛られる生活は、
男にとって苦痛でしかなかった
この呪縛から解放されるには、ただひとつ
辞めるしかなかったのだ
そしてその結果、今日、金欠になった
さて、友人宅に到着した
何と言い訳をして金を借りるか
というのも、男、この友人に金を借りるのは
これで3度目である
3度目の正直というが、金を借りるのに、2度目も3度目も
あったものではない
また、男は、これまでの二回分の金を返し切れていないのだから
借りる方が難しい
どうしたものか
とりあえず呼び鈴を押した
「はい?」と友人
「やあ、どうも」と男
「またか?」と友人
「・・・」
「帰ってくれ」と友人は呆れている様子
「いや、そこをどうか」と男は、情けない声で言う
「お前は、俺にどれだけ借りたら気が済むのか
いまだ、返してもらっていないんだぞ、10万円」
そうだよな、もう無理だよな
いや、諦めて堪るか
〈ここは、諦めるべきである〉
なのに、男は引かない
金は人をダメにするというが、ここまでとは
男は、友人宅の前で、土下座をした
「この通りだ!」男は、玄関前で大声で叫んだ
男は、土下座をし続けた
かれこれ10分が経ったかと思われたころ
友人宅の戸が開く
友人はどうやら今回も金を貸してくれるらしい
男は、安堵とも申し訳なさともつかぬ顔で、友人の前に
すっくと立ちあがった
そして、すまない、今回も、と言いかけた、その瞬間であった
自分の腹に鋭利なものが突き刺さった
友人は、金の代わりに包丁を持ってきたのであった
男は驚いたが、それと同時に安心した風でもあった
殺された方が楽であった
生きるより死ぬ方が、よっぽど楽である
今のこの状況下で、最善の救済策である
男の目から落ちるは涙
しかし、男の顔は笑っていた
この20年と数年、短いようで長かった
この先40年も生きねばならんと考えると絶望であった
生という呪縛から、この絶望からやっと解放される
男は友人に感謝した
うーむ、これも違う
男は、ペンを置いた
これまでのストーリー、男の妄想である
無職であることに変わりはない
そして、社会に向いていないことも自覚している
だからこそ、男は、自分独りで生きていく道を模索していた
そんな中、男は、文を書くということを見つけた
これならば、男にもできるわけである
まさか、しょっぱなからミステリー小説なんぞ書けるわけもなく
だから、まずは、人が単純に殺されるストーリーを考え、
ペンを進めてみる
が、なんだか、しっくり来ない
金銭トラブルで、人が死ぬということはよくある話だ
その場合、金を借りる人間が、金を貸す人間を殺すのか
それとも、金を貸す人間が、金を借りに来る人間を殺すのか
男のプロットだと、後者になるが、なんだか違う気がする
そして、貸借する金額は10万円で設定していいものか
もう少しいるのではないか?それとも、逆に多いのか?
いろいろ悩むところはあるが、まあいい
これからである
男は、そう信じて、けふもまた
筆を進める