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男は一途な恋をする

男の前を歩くのは、猫の姿をした元カノである。

元カノは元から、猫のような人間であった。
基本素っ気ない。男が愛情を向けても、それに反応することはない。
自分の世界を、自由に生きるタイプの人間であった。
男は、なぜか恋をしてしまった。
愛を愛で返してはくれない女性に。
そんなの恋愛とは呼べないのかもしれないけれど、
なぜか一途に好きで居続けた。

男は、久しぶりに元カノに会いに出かけた。
もちろんまだ好きだったので。
そして、目の前に現れたのは、猫だった。
男は、一瞬戸惑った。
が、同時に安心もした。
奇異ではあるけれど、人間に恋をするよりも楽である。
男は嬉しかった。
悶々と悩み続けることもなくなると感じたので。
まったく、人間の恋は厄介である。
先方が、自分を愛してくれなかったら、
一生無意味な恋になってしまう。
別の人を見つけろとは言うけれど、
その人以外に目を向けることはできまい。
恋は盲目なので。
男はずっと歯がゆさを感じていた。
そんな日々ともやっと切縁できるわけである。
相手は、動物になってくれた。
猫になってくれた。
相手が自分をどう思うかは、自分が想像すればいい。
素っ気ない態度を取られるのは覚悟の上。

男は、猫を掬い上げた。
猫はむすっとした表情をしたが、男は、気にも留めなかった。
猫も最初は、網の中の魚のように、手足をばたつかせていたが、
段々と大人しくなっていった。おそらく観念した模様。
こんなにも距離が近づいたのは初めてである。
元カノがまだ人間であった時の、彼らの関係というのは、
ずっと平行関係だった。
交差することがなかった。離縁する直前に、手をつないだことが、
初めての交差点であった。
そんな人(今は猫)と、男は手をつなぐどころか、自分の胸元で
抱きかかえているわけである。
大進展である。
一生人間になってくれるな、男はそう願った。

春というよりも、初夏に近い気温で、
陽が燦々と照っている中を、男は猫と一緒に散歩する。
君は、今はどうしているのか?
仕事は順調なのか?
気になる人はできたのか?
男は一方的に質問をする。
もちろん返事なんぞない。
猫は、ずっと向こうを眺めている。
傍から見れば奇妙な光景である。
男が猫に向かって、一方的にしゃべりつづけている絵面。
虚無とは、このことを言うのだろう。
男は思った。
男は、空を見上げた。
雲一つ見当たらない、青天井。

 「きれいですね。君とこの間デートをした時も、たしか
   雲一つない、晴れの日だった気がします。」

猫は、何も言わない。
男は猫を優しく撫でた。
男は現実を受け止めたくはなかった。
恋人と別れた現実。
初恋の人であった。
長い付き合いであった。
であるからこそ、別れたという事実は、耐えがたいものであった。
男が抱いているのは猫である。
元カノと見立てた、ただの猫に過ぎない。
人間が猫になることなどあるはずもない。
全ては、男の空想である。
たらればの世界である。
元カノが猫になっていてくれたら。

男は、いまなお一途な恋をする。


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