[5分]短編小説/自信のないヒロイン
夜の帳が降りる中、彼女はアパートの窓辺で、静かに外を見つめていた。東京の街は、まるで自分とは別の世界のようにきらびやかで、目に映る光景はどこか遠い。ふと、手元のスマホを見下ろすと、オーディションの通知がまだ表示されている。指先が震え、閉じようとしたが、画面を消すことはできなかった。
「私にできるのかな…」
そう、いつも自問自答してしまう。彼女は自分に自信がなかった。小さな頃から、人前に立つのが苦手で、いつも影に隠れるようにして過ごしてきた。
中学時代、彼女は他人に優しすぎる自分の性格が原因で、孤立してしまった。誰にも優しく、分け隔てないが、どこか距離がある彼女の行動は周囲には異端に映った。次第に無視され、いじめられるようになった。それ以来、彼女はさらに自分の殻に閉じこもるようになった。
しかし、彼女は決して憎しみを持つことはなかった。むしろ、他人に優しく接することが自分にできる唯一の方法だと信じていた。いつも控えめで、目立たないように、相手の気持ちを大切にしてきた。だからこそ、他人から「もっと自信を持ちなよ」と言われることが多かったが、彼女自身はその理由がよくわからなかった。
自分を取り巻く人々は、なぜか彼女に惹かれることが多い。友達が少なく、目立たないように生きてきたのに、どこかで誰かが彼女を見つけ、声をかけてくる。それが不思議でたまらなかった。
今、彼女がオーディションに挑もうとしているのも、周りからの勧めがきっかけだった。クラスメイトや知り合いから「アイドルになればいいのに」と軽い言葉で言われたことが心に残っていた。そんな自分にできるはずがない、と最初は思った。自信なんて全くなかったし、華やかなステージに立つ自分なんて想像もできない。
だが、ふとした瞬間、心の奥底で揺れ動くものがあった。小さな種のような、ほんのかすかな夢。それは、かつて彼女がテレビで見たアイドルたちの姿だった。彼女たちは笑顔でステージを駆け抜け、ファンの声援を受けて輝いていた。自分には程遠い存在だと思っていたが、心の片隅では憧れ続けていた。
「私も、あんな風になれたら…」
その思いが彼女を支えていたのかもしれない。自分には無理だ、と何度も思いながら、それでも一歩踏み出す勇気を持とうとしている。その勇気が、自分を変えてくれるかもしれないという期待が、ほんの少しだけ彼女の心に灯ったのだ。
外の光が静かに彼女を照らし出す。その光はまるで、彼女にそっと寄り添い、何かを囁いているかのようだった。夢を追うことは怖い。特に、自分に自信がない彼女にとって、それは一歩踏み出すことさえ恐ろしく感じるものだ。けれども、今ここにいる理由は、ただその夢を捨てきれなかったから。
「変われるかな…」
その問いに答えるのは、彼女自身だ。まだ何もわからない。ただ、この手で何かを掴むことができるかどうかも、不安で仕方ない。でも、一度だけ自分を信じてみようと思った。
スマホの画面を見つめながら、彼女は深く息を吸い込んだ。そして、そっと画面をタップし、オーディションの応募フォームに進んでいく。心臓の鼓動がやけに速くなる。だが、その瞬間、彼女の目の中には小さな決意の光が灯っていた。夢にすがるように、あるいはその夢に裏切られることを覚悟しながら。
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