フリート
こういう負の局面に際して、それに対して清廉潔白な我が方は!というノリを見るのはしんどい気持ちだ。
絶対に笑いのフレーズにしちゃダメな言葉はあるし、解任は当然だけど、小林賢太郎の仕事は好き。
コーネリアスの音楽は耳にしたことこそあれどそんなには知らない。けど、あの悪趣味な記事は今回初めて知って読んで最悪な気持ちになった。辞任というか、彼も解任とされていたとて当然と思う。
正直20年前なんて物心ついて間もなくて、当時の世相がどうだとか、全く分かってないから、ああいった露悪的なものが世に出ようとすることにストップがかからなかったことに対する、世代間ギャップのようなものは当然ある。その空気感も含めて批評すべきだとする論は当然だと思う。
だから許すべきとかってことじゃないよ。よく耳にする言葉、「今の時代だったらアウトだね」を、結局誰もちゃんと総括して、表立ってダメなことはダメなんだと言葉にして正してこなかった全てのツケが回ってきたんだと思う。
そしてそのツケを払うタイミングが、こういった国際的な注目度の高いイベントまで無かったということは、これまでなんとなく、まさに時代の空気だけに寄って、あー今これってダメっぽいな、とやり過ごしてきたことの証左ですよね。
そこに一個人としての好きとか嫌いだとかも絡んでくるので、当然気持ちの浮き沈みがあること、そしてそういう受け止め方をしている自分自身への嫌な気持ちもある。
結局アップデートを重ねて行った時に、自分の過去をきちんと総括して清算して反省していかなければ、罪の意識をきちんと受け入れていなければならないんですよね。そこを履き違えて、自分にいつ時限爆弾が回ってくるかわからない、という究極的に自分中心な考え方のもとに、炎上する対称を擁護しようとするのは何もかも間違っていると思います。
もっと他にも思うところ、つまり組織としての責任の所在とは、などについても思いますけどね、ただ、一旦クリエイティブに携わる以上きちんと受け止めておくべき現象だったので、そこについては色々感じたし考えたので、述べておきたいんですよね。
で、冒頭の一文に照らすならば、そういった危機的局面において、とても無邪気に感じて、うん、人それぞれなんだな、と思っただけです。僕にとって今それはつらい。ということです。
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