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ファンタジーアースゼロを見送るまでの記憶

サ終して1年が近づいているのでFEZを始める前からサ終を迎えたその後などネット歴を雑に書き殴っておこうと思います。
忘れていたり時系列が違う場合やFEZ以外の事も多々出てくるのでご了承ください。


1.FEZに触れる

ROやマビノギに触れそこそこネトゲに遊び慣れはじめ、丁度某R○でアレな仕様のゲームをやってた頃でした。
その頃には少人数でしたが連絡を取り合うぐらいのよく遊ぶメンバーが出来て、別ゲーをお試しで一緒に遊んでみるなんて事を度々やっていました。
FEZもその流れで知り遊ぶことにはなったのですが、まだその頃はよくあるお使いゲーなMMOかサドンアタックのようなFPSを好んでやっていたので、FEZの操作感とシステムに慣れず古巣に舞い戻りました。
ちなみにデミ時代は知らず、FEZの正式が始まってそう日が経ってなかった頃だと思います。

2.再来後、ハマる

一旦離れた後はまたいつメンで遊んでましたが、いつも遊んでいたゲームの閉鎖があり再度FEZへ行くことに。
今度は部隊を組む程度に遊び進めたものの、部隊長を含む数名がやはり肌に合わなかったのか離脱していきました。
対人メインであり自分で攻撃を当てたり避けたりと、よくあるMMOとは違う面白さに気づいた自分は、残った数名とFEZで知り合った新しい人たちと遊ぶようになりました。
エンジョイ部隊ではありましたが、そのうちVC使ってみないかということになり、その頃よく使われていたツールの一つのVentriloを使い始めたりとFEZを満喫していました。
最初はスキル硬直を知らず皿の中級撃ち合いで一方的に食らいボコボコにされ、火皿のスパークを見て派手さでこれがヘルファイアか…とアホみたいな勘違いをしてたのもいい思い出です。

3.部隊の過疎化とFEZ離れ

順調に遊んでいたものの、段々と鯖間での人数格差とマンネリ化によるメンバーのログイン減少が重なってモチベーションが下がり、自分もログイン率が下がるようになりました。
自分が居た鯖はC鯖でとある騒動で人口が減り、死鯖と揶揄されるようになっていました。
まだその頃は他の鯖にキャラを作り直してまでやる気持ちがなかったので、一旦離れてその頃知った「ねとらじ(インターネットラジオ)」にハマったり、残ったメンバーと別ゲーで遊んだりとしていましたが、そのうち彼らとも疎遠になりました。

4.配信スレ

ねとらじでジャンルは違えど個人がやる配信の楽しさを知り、何をとち狂ったのかねとらじでFEZの戦場で位置を伝えながら実況するという謎の配信をやった事もありました。
当たり前ですがレスがつく事はなく三日坊主でやめてしまいましたが、検索で偶然2ch(現5ch)のFEZ実況スレを見つけ、ゲーム配信の存在を初めて知りました。
その当時、そこはストリーミングサイトを使わず自分でWME(ウィンドウズメディアエンコーダ)やKTE(KoToエンコーダ)を使い自前で接続枠を用意し、視聴者は用意されたURLを動画プレイヤー等で視聴しながら掲示板にコメントをするというものでした。
ちなみにねとらじは専用ツールを使い配信サイトを経由して、レスは自分用の掲示板を用意してトークする形式でした。

配信者のプレイとトーク、リスナーもしっかり気を配って遊んでいる空気、何より同じゲームで遊べるという面白さで見事に住人の一人になりました。
ニコ生配信が流行る前でしたが、最盛期に多かった苛烈だったり粘着質な凸がない、本当に楽しめた配信環境でした。
セスタス好きになったのも面白くも強いここの配信者のおかげでした。

当時の様子ではないが配信の一例

5.配信の始まり、FEZの盛り上がり

凸を繰り返す内に自分もやってみたいという欲が沸くようになり、Wikiや他の人を参考にしながら設定を煮詰めてました。
理由をつけて様子見を繰り返していたので最初の配信開始までが長かったのを覚えています。
凸人として活動していたのもありますが、そのうち配信者同士で交流できるようになり、別ゲーで遊んだりと友人が増えてとても楽しかったです。
今の交友関係もここで知り合った人たちが大半です。
配信者でもあり凸人でもあるというあの環境は本当に楽しかった。
FEZ自体もプレイヤー増加による鯖増設や、公式によるオフイベント、バンクェットなど最盛期を迎えていました。
今では珍しいゲームマスター達がゲーム内で交流できたりとプレイヤーとの距離の親しさもまだありました。
この頃にはニコ生で配信する方々が増え、治安の悪さも増えていったように思います。

6.FEZの衰退期と実況スレの衰退

FEZが半歩問題(故意的に起こす位置ズレ)やスキルバランスなど運営とプレイヤー間の溝が出来始め人口減少が始まったあたりで、実況スレでも徐々に配信数が減り、とある企画を最後に熱が冷めていった感じがありました。
一時期は配信が被らないよう避難所として専用の掲示板があるくらいで、FEZのメンテ日でもスレッド保守として別ゲーが行われていたりと盛んでしたが、2ch側のスレッドの維持が難しくなり避難所側がメインになっていきました。
段々と配信も毎日あったのが避難所に移ってからは数日、数週間、数ヶ月おきと伸びていき、自分自身も数ヶ月か年に一回レベルにまで減っていきました。
FEZも鯖統合や移管、欲しかったアップデートなどもありましたが、公式が配信しようものなら罵声が飛ぶなど運営への不満が解消されることがなくプレイヤー数は見る影もなくなっていました。

※時系列に記憶違いがあるかもしれません。

7.モチベガタ落ち

FEZへのモチベーション低下と合わさるように大体その頃にガンダムオンラインが始まっていたので、一部の配信者グループとそちらで遊ぶようになっていました。
この頃にはニコ生や他のストリーミングサイトが活発になってたこともあって、他の配信者も自分のコミュニティを作ったりと自枠でやりたいことをやるスタイルが増えていったように思います。
そのうちガンオンの方でも同じようにモチベーションが下がり、FEZとガンオンを行ったり来たりしていました。

8.息抜きととあるコンテンツ

配信のモチベが下がりプレイ自体も減りはしたものの、気が向いた時にやるという程度でニコ生などFEZ配信に参加したりはしていました。
そしてふと見かけた動画で、今のような2Dじゃなく3Dモデルが主体だった黎明期のVTuberというジャンルを知ったのが始まりでした。
そのうちLive2D主体になり謎の食わず嫌いを起こしてましたが、とある某大手企業所属の人たちの切り抜きを切っ掛けでVTuber沼にハマっていきました。
この「VTuber」が最後のFEZのモチベーションになりました。

9.FEZのVTuber

VTuberにハマってからはリアル環境の変化も相まって配信することもすっかり少なくなり、リスナーとして活動をしていました。
FEZ自体も下火も下火で惰性で遊んでいる状態でしたが、ストリーミング主体になっていた大手企業VTuberを見て、遊ぶ切っ掛け欲しさにもしかして古いネトゲでも居るのではと探すと案の定見つけることが出来ました。
そのうち活動しなくなった方もいましたが、その方を切っ掛けに他のFEZのVTuber探しが始まり、久々にFEZ熱が高まり本当に楽しかったです。
配信を見ながら一緒に遊ぶ楽しさを思い出せたような感じがしました。
一部だけが感じたのかもしれないけど、惰性で停滞してたFEZの空気が少しだけでも変わった、賑わいが出たように思います。


VTuberによる企画の一コマ

10.FEZの終わり

企画に参加したりと、よく視聴するようになったVTuberを見つけた矢先、あれほど終わる終わる言われて来なかったサービス終了が発表されました。
遂にこの日が来たんだなと。
正直ここまで人が減ってもなお続いていたので変な安心感?を持っていたのですが、流石にショックを受けました。
ショックを受けた自分にも驚いたと同時に何だかんだこのゲームが好きだったんだと再確認しました。
それからはできる限りFEZ配信を探したりと、数年ぶりにFEZ関連で知った人が増えたと思います。
リスナーを続けた事もあり、自分で配信するよりも参加して思い出残しに専念しました。
最後は配信仲間達とも会えたし、数名の配信を見ながらサ終を迎えました。
心残りがあるとすれば、配信者になる前に遊んでいたメンバーに会えなかったことでしょうか。

サービス終了の瞬間

11.その後

FEZロスもそうですが一区切りしたこともあり、前ほどMMOや対人ゲームに熱を入れる機会が減ったと思います。
なんならだいぶVTuberオタクになったので、視聴に時間を割くのがメインになり、ゲームが参加企画としてあるくらいなので、その時に遊べるゲームかソシャゲを触る程度になりました。
ぶっちゃけゲームに割ける時間と続ける体力が減ったと思います。老いです。
ただFEZの続編が出たら遊ぶかも知れません。多分なんか違ぇ!とか文句いいながらやりそうですが。
FEZ関連で知ったVtuberさんは今も視聴を続けています。

おわりに

ここまでつらつらと長い文を読んでくださりありがとうございました。
今回書くに至ったのは、とある方がFEZの体験を書きはじめていたのを見てからでした。
自分もこの機会でもないと書かないだろうしそのうち忘れてしまいそうでしたので、いいタイミングだと思い筆を執りました。
正直FEZ含めたそこそこ長いネトゲ歴なのでだいぶ記憶違いで時系列がおかしくなってそうだし、書き方も含め読みづらい部分が多々あったと思います。申し訳有りません。

ROから始まりマビノギ、ポトリスやその他オンラインゲームとやり込むことをしないネトゲエンジョイ勢でしたが、長くしっかり目に遊んだゲームはFEZを含め片手で数えるほどしかありませんでした。
最後の戦争では思わず泣いてしまったし、サ終を見届けた作品も数えるほどでしたがネトゲ歴で泣いたのはこのゲームだけでした。
FEZで泣くことある?なんて人も居ると思いますが、少なくとも自分にとっては良くも悪くもネトゲを一番楽しんだ思い出深いゲームでした。

嫌な思い出もありましたがそれ以上に良い思い出が沢山ありました。
ほんとに自分はFEZが大好きでした。
ありがとうファンタジーアースゼロ。

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