
被爆証言をホフステード6次元モデルで語り継ぐ その④
「戦争は一瞬で起きるが、平和は努力して作り続けなくてはならない」
この考えをもとに、日々平和のためのストーリーを様々なかたちで伝え続ける人々がいます。
このブログでは前回に引き続き、2023年11月に異文化の専門家ネットワーク(Friends of Hofstede:以降、「フレンズ」)に向けて私が行った発表のまとめをお届けします。
ブログを通して、世界が直面する危機に異文化理論が貢献できる可能性をお伝えするとともに、より平和で公正な未来について考える「小さな種」になることを願っています。
トップ写真:中奥岳生
積極的平和とホフステード6次元モデル
前回のブログでは、ガルトゥングの積極的平和と平和を数値でわかりやすく示してくれる積極的平和指数(以下、PPI)を紹介しました。
今回は文化を可視化するツールとして、オランダの社会学者 ハブ・ヴルステン氏による「7つのメンタルイメージ(文化圏)(以下、7MI)」を紹介したいと思います。
ヴルステンはホフステードの4つの文化次元(権力格差、不確実性回避、個人主義、達成志向)を組み合わせ、世界の国を7つの文化圏(MI)に分類。
それぞれのMIでは組織構造や人間関係への対応の仕方に共通点があり、独自の暗黙の組織モデルを持っていると述べました。

7つのMI(概要)
・コンテスト(競争「勝者がすべてを手に入れる」)
競争的で権力格差の低いアングロサクソン諸国の文化。個人主義と達成志向が強く、不確実性回避が低い。例:米国、英国、アイルランド、カナダなど
・ネットワーク(個々人が独立しつつ、つながりあって関係している)
北欧諸国やオランダのように権力格差が低く、個人主義が強く、生活の質志向が強く、全員が意思決定に関わる。例:デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなど
・油の効いた機械(秩序を重視するオーガナイザー)
権力格差が低く、個人主義で、不確実性回避の傾向が強い。手続きや規則を重視する。階層的圧力は効かない。例:ドイツ、オーストリアなど
・太陽系(階層と個人主義のパラドックス)
権力格差が高く、不確実性回避が強く、個人主義。例:フランス、ベルギー、フランス語圏スイスなど
・人間のピラミッド(忠誠、階層、内部秩序)
権力格差が高く集団主義で、不確実性回避の高い社会。家父長的で強力なリーダーの決定に部下は従う。一方プロセスの構造化も必要なので、変革には時間がかかる。例:多くの中南米諸国、アフリカ諸国、中東諸国、トルコ、タイ、韓国など
・家族(階層と忠誠、フレキシビリティ)
権力格差が高く、集団主義で、不確実性回避が低い。家父長的で強力なリーダーの決定に部下は柔軟に従う。例:中国、香港、シンガポール、インドなど
・日本(動的平衡、たゆまず改善を志す職人気質、集団的思考力と関係性アプローチ、ミドルのパワー)
世界的に際立って高い達成志向と不確実性の回避、中庸な権力格差と集団・個人主義、長期志向のユニークな組合せ。このMIに属する国は日本のみ
PPIトップ国にみられる高い個人主義と低い権力格差
PPIのトップ10国(2022年)を7MIを使ってグループ化すると、その半分がネットワークの国であり、わずか3つのMI(ネットワーク、コンテスト、油の効いた機械)がランキングを独占していることがわかります。
そしてトップ10国の100%が高い個人主義と低い権力格差を特徴とするMIを持つ欧米の国であることがわかります。
PPIのトップ10国(2022年)を7MIでグループ分けすると・・・
・ネットワーク:5ヶ国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェイ、オランダ)
・コンテスト:3ヶ国(カナダ、オーストラリア、アイルランド)
・油の効いた機械:2ヶ国(スイス、ドイツ)
ランキングをトップ20ヶ国に拡大してみても、81%の国は個人主義の強いMI、67%は権力格差が低いMIに分類されます。つまり個人主義であることと、権力格差が低いことはPPIのランキングと高い相関性があるといえます。
同時にPPIはGDP per capita(一人当たりの国内総生産:国の経済の平均的な生活水準)と相関性が高いことも示されています。
つまり国が豊かなほどPPIは高いということです。
不謹慎ながら、「金持ち喧嘩せず」という言葉が浮かんできます。

今後に向けて:平和構築のために異文化理論ができること
ここでもう一度、冒頭(被爆証言をホフステード6次元モデルで語り継ぐ その①)で述べたホフステード文化次元の知見を振り返り、7MIの分析から見えてきたポイントをまとめたいと思います。
個人主義と低い権力格差を持つ文化は、世界の豊かな超少数の国に過ぎない。平和学の文化的なルーツはそこにある。
このことから私たちは平和を語る際に、無意識に「持てる者」の文化的視点に立っている可能性があることに気付かされます。
世界の圧倒的多数を占める集団主義かつ階層的な価値観を持つ文化は、独自の価値観に基づくアプローチで平和を維持している。
このことは、語られることが少ない「異なる平和へのアプローチ」に対して私たちの目を開かせます。例えば常設軍を廃止したコスタリカ(PPI 39位)、集団主義・高い権力格差ながらランキングの高いシンガポール(PPI 14位)など、集団への忠誠心や面子をベースとした様々なアプローチに関心が向くことでしょう。
もちろん紛争の原因には地政学や歴史、経済など多くの構造的・複雑な問題が関わっており、文化のアプローチだけで紛争解決に導くことは困難かもしれません。
それでも私は異文化理論のDNAに刻み込まれた以下の神髄(エッセンス)が平和に貢献できるという可能性を強く信じながら、探求を続けていきたいと思います。
・「違いは正しい、正しくないではなく、ただ違うだけ」という価値中立の信念
・違いを可視化・橋渡しを手助けしてくれる数々の有用な理論・ツール
・対話で違いの橋渡しをしようとする態度と実績
「フレンズ」では専門家による平和構築のための模索と対話を継続する予定です。
ぜひ今後もブログでアップデートしたいと思います。
CQラボ
田代礼子