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猫と金魚

 金魚といえば落語とは浅からぬ縁がある。そのものズバリのネタがあるのだ。「猫と金魚」と呼ばれているものがそれである。実は落語には珍しく作者がはっきりしていて、漫画家の田河水泡氏が作ったものと言われている。「のらくろ」を描く前の落語作家の頃の作品だが、これは時代を超えて今でもやり手が多いネタである。内容としては実に漫画的。

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…ある商家。隣の家の猫に金魚を食べられないように、旦那が番頭に「金魚鉢を湯殿の棚に上げておくように」と頼む。物の分からない番頭は「金魚鉢」を棚に上げて旦那に問う。「金魚鉢は上げましたが、中の金魚はどうしましょうか?」「金魚どうしてるんだ?」「いま縁側でピチピチはねてます」……全編この繰り返しのドタバタ喜劇といったかたちの噺だ。
 実演者としては初代の柳家権太楼が最初で、作者田河氏に許可を取って板へ乗せたようだ。後に田河氏はこのネタの著作権料受け取りを打診された時に、放送局を通じて初代権太楼遺族へ全額を進呈した、というエピソードも伝わっている。

 とはいえ、記憶に新しいのは先年亡くなった八代目橘家圓蔵師匠の高座であろう。平井といえばこちらの師匠をおいて話を進めることはできない。師匠のお宅は現在「ひらい圓蔵亭」として保存・公開されている。圓蔵師は明るく陽気で捲し立てるような高座が特徴的で、この「猫と金魚」はピッタリの演目で得意にして演られていた。圓蔵師は(改めて言うまでもないことだが)平井の生まれで、寄席の楽屋では「平井」といえばこの圓蔵師匠を指すくらい代名詞となっている。


 私は入門前の学生の頃、寄席で何度か圓蔵師匠の高座には遭遇しているのだが、私が入門した頃にはすでに高座は退かれていたので楽屋でお会いすることはできなかった。そこで、私の楽屋の先輩である林家けい木兄さん(木久扇門下)に思い出を聞いてみた。これが猫と金魚にも負けないドタバタである。

…楽屋に太神楽曲芸の翁家和楽社中の道具が用意してある。その中で組み取りという芸(二人で大きなナイフをお手玉のように投げ合う芸)に使うナイフを一本、こっそり末廣亭の台所にある包丁(本物)とすり替える。高座で気がついた和楽師匠が包丁持って慌てて楽屋に戻ってくるのを圓蔵師匠は面白がって見ている。

…前座が舞台の座布団とめくりをひっくり返して準備を整えることを「高座返し」というが、ある時その高座返しの後出演する圓蔵師匠を見送ろうとするといきなり手首を掴まれ、「一緒に行こう」と高座に前座(けい木兄)を連れて行ってしまった。座布団について二人で頭下げて圓蔵師匠が喋り出してしばらくすると「おい!なんで居るんだ!」「師匠が引っ張ってきたんでしょ〜」高座で世間話が始まってしばらくすると「いつまで居るんだコノヤロー!」

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…気に入った前座がいるとよくごちそうしてくれた。「前座!今日は何人だ?」「五人です」「そんなに大勢いやがってコノヤロー!どっか行け!(笑)おい!腹減ってるか?」「ありがとうございます!」イヤそうに財布から三千円出して「これで丼買ってこい!豚の方だぞ!」また別の日、「丼買ってこい!」と千円出すので「師匠、これじゃ前座みんなの分足りませんよ」と言うと「バカヤロ!オレが食べるんだバカ!(笑)」

高座に上がれば客席の爆笑を掻っ攫う圓蔵師匠は、楽屋でも笑いを振り撒いていたらしい。

◆ひらい圓蔵亭ウェブサイト
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/sports/bunka/hirai_enzotei/index.html

文責: 柳家小もん

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