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ヒト小腸モデルの開発

少し前にちょっと気になったニュースがあったので、共有いたします。
まずは下記報告について紹介します:

間質流を用いたヒトiPS/ES細胞由来小腸モデルの開発|ニュース|ニュース・イベント|CiRA(サイラ) | 京都大学 iPS細胞研究所 (kyoto-u.ac.jp)
https://www.cell.com/cell-stem-cell/fulltext/S1934-5909(24)00220-0

端的に言うと、間質流を再現させながらヒトiPS/ES細胞を分化誘導させて、多層構造を持つ小腸モデルを作成したという報告です。

小腸モデルというと、筆者はCaco2細胞(ヒト結腸直腸腺癌細胞)を用いた化合物の取り込み実験を真っ先に思い浮かべます。学生時代、研究室の同僚がよくプレートに培養細胞を敷き詰めて、ふりかけ実験をやっていたものです。
上記の通り、Caco2細胞は薬剤の取り込み能評価などでよく用いられていますが、がん細胞由来であるため、正常な小腸上皮細胞とは形質や遺伝子発現パターンが異なります。よってCaco2を用いた実験系は生体と比較すると確度に限界があると言えます。
本研究においては多孔質膜を有するマイクロ流体デバイスで間質流を再現しながらiPS細胞を培養・分化させて小腸モデルを作成しました。

Fig 1 A: iPS細胞の分化プロセス B: マイクロ流体デバイスの部分構成および境界条件 C: マイクロ流体デバイスの下部流路に培地灌流を行った際の、マイクロ流体デバイス内の流体の数値シミュレーションの結果 D: 微細孔における流速分布


Fig. 2: ヒト小腸モデルにおける組織の遺伝子発現量 (A-D), 各細胞の遺伝子発現量 (E) および細胞構成


Fig. 3: マイクロ小腸システムの組織学的解析

(Deguchi et al. (2024) より)

こちらのモデルは組織構成が生体の小腸に近いうえ、多層構造になっており、特に上層は微繊毛まで形成されているのが興味深いです。
また、本モデルは実際の小腸と同様に高いCYP3A4(cytochrome P450 family 3 subfamily A member 4)活性を有しており、ヒトコロナウイルスの一種であるhuman coronavirus 229E(HCoV-229E)へ感染させると小腸上皮細胞の頂端に局在性が認められました。これより、本モデルは薬剤の代謝や感染メカニズムの研究にも応用が期待されます。冒頭で触れた取り込み能については言及されておりませんが、小腸オルガノイドの研究で下記の報告もあり、生体と同じ挙動をするのではと考えております。

https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20220707-1.html
Organoid-derived intestinal epithelial cells are a suitable model for preclinical toxicology and pharmacokinetic studies: iScience

さて、研究機器のサプライヤーとして最新のトレンドや研究を把握することはお客様のニーズに応えることはもちろん、我々の将来を占うためにも重要だと考えております。
ここで紹介した研究報告が実験系として確立された場合、小腸オルガノイドを形成する専用装置の開発および普及が考えられます。
実際、我々が扱う製品も実験系やトレンドに応じてアップデートを続けております。手技一つをとっても、例えば細胞膜電位を測る際に用いられるパッチクランプ法だと電話帳より大きい機器が名刺サイズまでコンパクトになったりします。
iPS細胞の開発がNature誌で報告された際も、学生時代の筆者周辺では大話題になり、医療や生命科学の将来を夢見たものです。今回の小腸モデルにおいても応用研究の進化が期待されます。


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