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朝井リョウさんの『籤』(くじ)を読んで思ったこと・自分の人生がハズレ籤か当たり籤かを決めるのは自分自身なのかもしれないと
この記事は出生前診断のセンシティブなことが含まれて書かれています。
読まれたくない方はここでそっとページを閉じてください。
朝井リョウさんは私の好きな作家さんの一人だ。
彼の短編集の『どうしても生きてる』の中の『籤』(くじ)がとても心に染みて印象に残ったので私の感じたことを書いてみようと思う。
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みのりを取り巻く3人の男たち(夫、兄そして職場の後輩男性)との関わりから、みのりが自分を取り戻していく物語
双子の兄を持つみのりは30代後半だ
結婚していてもうすぐ妊娠6ヶ月になる。
演劇が好きなみのりは劇場のフロア長として働いている。
中学生の時に母親を突然の病で亡くしたみのりは
妊娠してから母親がいないことに漠然とした不安を感じていた。
初めての妊娠による身体や精神状態の変化に不安を感じながらも
身近な人(母親)に相談できないみのりはどんどん不安を膨らませて妊娠のサイトで検索を繰り返し、ネガティブな情報ばかりをヒットさせて読んではそれらを蓄積させていき
精神的に苦しんでいた・・・
そんな不安を募らせて苦しんでいるみのりの姿を見ていた夫の智昭は
「少しでも妻の精神的なストレスを減らすために」と出生前診断を勧めるのだった。
「いい結果が出ればひとつでも不安から解放されるよね」
「35歳以上の初産で、染色体に異常が見られる確率は二百四十九分の一だって」
「0.4パーセントだよ」
「大丈夫だよ」
夫はみのりに言い、出生前診断検査をプッシュしてくるのだった。
みのりもそんな夫の言葉に心のどこかで違和感を感じながらも少しでも安心する要素を得たいと検査を受けたのだが・・・
結果は陽性だった。
実は、夫は障害を持って生まれきた子供を持つ夫の同僚から出生前診断を強く勧められたことを陽性だと医師から告げられた後にみのりに打ち明ける。
それだけでなく
結果が陽性だと分かった途端に
実は自分は不倫をしていて、最低な男で人間失格なんだから「自分は父親になる資格がない」と言い放つ・・・
夫はまるで自分は当事者であることを認めたくなくて
部外者のような顔をして
「障害を持って生まれてくる子供を育てる自信がない」だから「子供を諦めてくれ」とみのりを説得しようとする。
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実は、みのりはこれまでの自分の人生はハズレ籤だと思って生きてきた。
双子で女の子の方で生まれたことも含めて。
子供の頃は喧嘩しても同等だったのに
いつしか体力差が露わになって兄には勝てなくなり
同じ双子でも兄は運動神経が良くてサッカー部で活躍して
スポーツ推薦で高校に入学できたことも
突然、母親が亡くなった後も家事を女であるみのりがすべて担わなければならなくて、勉強時間や好きな部活を諦めなければならなかったことも
料理中に油が飛んで目の下に火傷の跡が残ったことも・・・
そして授かった子供の染色体に異常が見つかったことも
すべてハズレ籤を引いたんだとみのりは感じる。
出生前診断の結果の翌日は
万が一のことを考えて
有給を取っていたのだが
たまたまその日バイトが来れなくなってシフトを替わったばかりに
みのりは職場である劇場で
震災に巻き込まれてしまう。
「また私はハズレ籤を引いた」と思ったみのりだったが
ある事をきっかけに彼女は気づいてしまった。
母の急逝のあと家事を一手にすることになったが
今となっては自炊ができることがとてもありがたく
独身で外食ばかりの兄は年々太り続けているし
サッカーの練習でなんの手入れもしなかった兄の肌はシミだらけだということに
みのりは目の下にできた火傷の跡を隠す化粧方法を一生懸命勉強して今ではプロ並みのメイクを習得したこと。
家事に追われて勉強不足で
レベルの低い高校に進学したみのりはそこで一番を取ることで大学への推薦枠をもらえたこと。
一方で兄のサッカーの実力は強豪校では通用しなくて
兄は夜遊びと停学を繰り返してろくに勉強もしなかったことに。
そしてみのりはある出来事を思い出す。
みのりが小学1年生の初詣
小吉を引いたみのりのおみくじを、自分のおみくじが凶だった兄が力ずくで交換させたことがあった。
そのとき、みのりは凶と交換させられたことよりも
同じレベルだと思っていた双子の兄との性別や力の差を思い知らされてショックだった。
私はハズレ籤を引いたんだ・・・
そんなみのりに母が生きていた時の言葉を思い出す。
『悪いおみくじでもあそこに結んじゃえば大丈夫になるから
ここにこうやって結んでみて。
リボンみたいにしてね、神様に渡すプレゼントですよーって。』
今までハズレ籤だったと思っていたすべての籤を繋げたら今の自分に繋がっていた。
その時は辛いかもしれない
なんで私だけこんなことに、と思うかもしれない
でも、どんな籤を引いたとしても受け入れるとか受け入れないなんて人は選べない。
だけど、そんなすべてのことを含めてこれが私の人生なんだね。
私の立つ舞台はここなんだ。
夫のように兄のようにハズレを誰かに押し付けて自分の舞台を暗転させて生きて(逃げて)いく人もいるけれど
私はそうなりたくない。
これまでのように不安でたまらなくても結局は
大丈夫になるまで生きるしかない。
舞台なら暗転してそれで終わりで良くても
現実は暗転しても人生は終わらない。
自分で自分の人生の舞台を明転するしかない。
みのりはそう決意を固めた。
小説のラストシーンは地震で停電していた街に電気が灯る。
まるで舞台が明転したかのように。
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きっと、みのりは夫が現実から逃避して、去ったとしても
お腹の子供を産んで育てていくのだろう。
それは決して容易いことではないけれど、
もしかしたら押し潰されそうな日々になるかもしれないけれど
みのりにとってお腹の子供を失う選択はないのだから。
ハズレ籤か当たり籤なのかは他人が決めるものではなくて自分で決めればいいんだ。
この作品を読んで私はそんな気持ちになりました。
この作品のタイトルが『籤』だったのであえて籤と表現しましたが
人生という言葉に置きかえてもいいのかな。
62歳の私自身も「なんで私だけがこんな目に合うんだろう」と嘆き悲しんだことがいくつもあります。でもそれらを乗り越えてきたから今があるんだと感じました。もちろん、いまだに色々と悩みや心配することはありますよ(笑)
朝井リョウさんの作品の主人公たちは
一見すると要領が悪かったり、不器用だったり
弱い立場に見える人が
実は心が強い人、何かに気づいて成長できる人
そして自分の価値観で幸せを感じて生きていける人だと私に教えてくれるんです。
あなたの貴重なお時間に長文を最後まで読んでくださりありがとうございます。
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