アナログ派の愉しみ/音楽◎ホルスト作曲『惑星』

そこには人類が古来抱いてきた
宇宙への畏敬さえも刻み込まれている


車の運転中、ラジオがラグビーのワールドカップにちなんでと告げて、『惑星』のなかの「木星」の有名な旋律を流しはじめた。なんでも1991年以来、この部分に世界の団結を訴える歌詞をつけた「ワールド・イン・ユニオン」という歌が、ラグビー・ワールドカップのテーマソングになっているそうだ。

 
このときラジオで放送されたのは、カラヤンがウィーン・フィルを指揮した演奏で、珍曲のたぐいだった『惑星』が世界的に普及するきっかけになった名盤として知られている。この録音が行われた1961年は、ソ連が初の有人宇宙船ヴォストーク1号を打ち上げ、ガガーリンが「地球は青かった」と第一声を発して、人類の宇宙進出がスタートしたタイミングであったこともこの曲をクローズアップさせる一助となったのではないか。

 
イギリスのグスタフ・ホルストが1914~16年に作曲した『惑星』は、大編成のオーケストラにオルガンや女声合唱までもが加わった壮大な組曲で、つぎの7つのパートから成り立っている。

 
「火星」戦争をもたらす者
「金星」平和をもたらす者
「水星」翼のある使者
「木星」快楽をもたらす者
「土星」老いをもたらす者
「天王星」魔術師
「海王星」神秘主義者

 
カラヤンとウィーン・フィルの組み合わせののち、人気が高まるにつれて、さまざまな指揮者とオーケストラがこぞってレコードを世に送り出し、1976年には冨田勲によるシンセサイザー版も話題を呼んだ。また、カラヤン自身が再度、ベルリン・フィルとデジタル録音した1982年には、アメリカのスペースシャトル「コロンビア」が初めて宇宙へ飛び立ち、こうした本格的な宇宙時代の到来に呼応して、『惑星』も地球の外部から太陽系を眺めわたすかのような、音による絢爛豪華なパノラマが主流となって、いっそう耳を驚かせる演奏になっていった。わたしが実演に接したときには、「火星」の冒頭のコル・レーニョ奏法による弦楽器群とティンパニが5拍子を刻みはじめた瞬間に、そのエッジの立った響きに身震いしたものだ。

 
ところで、ホルストが『惑星』を完成した1916年は、奇しくもアインシュタインが一般相対性理論を発表した年でもあり、ということは、作曲者にとってこの革新的な宇宙観はおよそ理解の外で、同じイギリスの地に誕生したニュートン力学がまだ安泰だったことになる。

 
こうした事情を端的に示すのが、ホルスト本人がロンドン交響楽団を指揮して録音した自作自演盤(1926年)だ。今日一般に耳にするのとはまるで印象が異なっている。軽やかな足取りで疾駆する「火星」にはじまり、深い呼吸で民謡をうたいあげるような「木星」へと進んでいく、その演奏には古代ローマから受け継がれてきた占星術の神秘と、目の前のリンゴの木から落ちた赤い実が天上の宇宙とひとつながりになっていることへの驚きや歓びが満腔の思いで綴られているのだ。そして相対性理論の出現によっていまやすっかり色褪せてしまった、人類の宇宙に対する畏敬さえも刻み込まれていると思うのだが、どうだろうか。
 

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