【コラム】成長するキャラ
中山美穂さんがお亡くなりになったというニュースに大変驚いた。親族でも友人でも知人でもない方の訃報に思うところは様々であると思う。大抵の場合は数日で意識から離れてしまうのではないか。しかし私は訃報から1週間以上経っても、彼女が亡くなったという事実がどんよりと心にこびりついて離れない。
彼女に関する一番古い記憶は「毎度おさわがせします」というドラマで、主人公を演じた木村一八さんの隣に住んでいる生意気な少女の役だ。そこから文字通りの快進撃が始まる。
私は彼女と同世代で、おそらく同世代の人の多くは彼女に対してある程度の熱量を持っていると推測している。それは彼女がドラマや映画といった虚構の世界で成長するキャラであり続けたためだ。
彼女は1970年の早生まれであると記憶している。彼女と同い年というか同級生は1969/4/2~1970/4/1生まれの人たちだ。10代から20代にかけての彼女は
実年齢である1969/4/2~1970/4/1生まれの人物を演じ続けた。デビュー作の「毎度おさわがせします」では実年齢より下の役だったと思うが、高校生以降はほぼ実年齢の役だったはずだ。「おいしい関係」で実年齢ではない役を演じたとき、違和感を感じたことを覚えている。
これは極めて難しい事だと思う。何故なら彼女ありきで長期間、脚本が作られる必要があるからだ。時代のニーズもあったのだろうが稀代のスターだった証左だろう。
80年代から90年代にかけて彼女は同世代の、憧れ、理想の自分、友人、もう一人の自分、もう一人の姉妹であり続けた。あるいは親世代からは、もう一人の娘、いたかもしれない娘であったのかもしれない。つまり虚構の世界で長きにわたり実年齢と共に成長していくキャラだったのだ。
実年齢に加えて演じている役の多くが身近にいそうな人物設定だったことも虚構の世界に生命を吹き込んでいたのかもしれない。
現実世界の中山美穂さんが結婚してパリに移住してから、虚構の世界の彼女を観る機会が減っていき、いつしかたまに思い出す友人くらいになっていった。
一昨年、「死刑にいたる病」という映画を観た。シリアルキラーの証言を大学生が調査するという話だ。中山美穂さんの出演を知らずに鑑賞していたら、思いがけず大学生の母親役で彼女が登場した。
若き日のキラキラした彼女ではない。田舎の、家父長制の匂いが染み込んだ古い住宅に住む、疲れた母親だ。彼女は成長するキャラだということを急に思い出した。そうだ、この感じだ、彼女が帰ってきたと嬉しくなった。若いころを知っていて、現在の姿とのギャップを感じられるということはキャラのリアリティを何倍にもするのだ。いまの日本に住んでいる同世代の中年女性を体現できているではないか。
家賃どうやって払っているんだろう的な部屋に住む、普通のOL、というバブル期スタンダード女子、の彼女はかつての友人。生活臭のする、暗い台所でビールを飲む、疲れた母親、の彼女はいまの友人だ。
同じ時代を共有する、同世代を体現するキャラの後半生が始まったと期待していた矢先のご本人の訃報。ご家族、関係者の方々には迷惑な話だと承知しているが、虚構の世界の彼女をこれからも観たい、時間を巻き戻して事故を防ぎたいと妄想している。