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【コラム】数学は背後霊
私は数学が好きではない。嫌いとまでは言わないが、それ自体が好きではない。noteの記事に数式を載せてはいるが得意でもない。現象を考えるのが好きなのだが、そこに数学が背後霊のように付いてくるので使わざるを得ない。
「自然科学における数学の不条理なまでの有効性」という言葉まであるほど科学には数学が使われる。自然科学だけではなく経済のような社会科学でも有用とされている。何故かは分からないが事象の記述に数学が有効だ。数学を使わずに事象を記述できるとよいのだが、使わないとより難しくなったり手間が膨大になったり予測が困難になったりする。「数式を使わず説明する」と謳っているものは情報が欠落していることが多いので注意が必要だ。
何かを始めると数学が付いてくる。そして困惑することが多い。私のように数学に苦手意識を持つ人は多いのではないだろうか。自身の経験から主に理由は二つあると思う。
一つ目は数学は概念であるということだ。勉強嫌いだった私でも、虫を取ったり、メダカを飼ったり、ジャガイモを育てたりするのは好きだった。実験も楽しかった。勉強嫌いでも理科は好きだったのだ。理科で扱う対象は実体を伴っている。見たり、触ったりできるのだ。一方、算数・数学は実体がない。数という実体を伴わない概念を頭の中でこねくり回す。7という生き物はいないし、太さのない線というものは現実には存在しない。これが受け入れがたい。みかんやリンゴと切り離した3とは一体何なのだ!?
二つ目は本質的に難解で躓くと次に進み辛くなるということだ。数学で挫折せずに社会人にまでなった人は少数派だろう。小中高大のどこかで殆どの人は挫折する。多くの人は小学校で最初の挫折があるのではないだろうか。私は桁の多い計算や小数点が出てくる計算で挫折した。やる気が失せた。中学でなんとか持ち直したが、高校では一年生で脱落し受験勉強を始めるまで放置した。高校数学は新しい概念が次々登場、ボリューム過多、授業のペースも速い。数学に限ったことではないが、高校の授業は難し過ぎるので文科省は何とかした方がよいと思う。
斯様に扱いに苦慮する数学を使わないと知りたい現象、例えばマグカップの中のコーヒーの動き(麗しのコーヒー その2)を予測できない。何という悲劇だろう。別の銀河にいる宇宙人であっても同じ宇宙にいる限り数学から逃れられないはずだ。現象を理解しようとすると漏れなく数学が付いてくるのだ。
更に悪いことに数学を使っても紙と鉛筆では現実にある問題は殆ど解けない。解けるのは様々な条件を付けて簡単にした特別な場合ばかりだ。数学なんて何の役に立つのだと言われる最大の要因は現実の問題=複雑系の問題を解くことができないことだろう。洗濯して干したシャツの10分後の状態を計算できる人はいない。
難しいが使う必要がある、使っても知りたい答えが得られるとは限らない、という困った存在である数学という名の背後霊。あなたの背後にもいるかもしれない。