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第6話『ドント・ルックバック』(2024年11月18日のこと)
~第6話の前に~
前回、自信のなさについて書きました。
でも、実は自信のある人なんていないんですよね、きっと。
"私は自分を信じ、そして愛してます”なんてこと、誰もなかなか言えないと思います。
『強い者などいない。強くあろうとする者。いるのはそれだけ』
これは、日清カップヌードルのCMで使われた言葉です。震災の年に流れました。
自信を持つということは、つまりこういうことなのかも知れません。
強くなくてもいい。強くあろうとするだけで本当は充分なんです。
でも、僕はそこからも逃げていました。
妻はそんな僕の姿勢や態度がとても嫌だったのだと思います。
妻からの離婚宣告は、自分と向き合う機会を与えてくれました。
とても辛いですが、そういう意味では、今は価値のある時間を過ごしていると思っています。
今回は、ある曲にまつわるお話しです。
どうしても書き残しておきたい、不思議な体験でした。
では、第6話です。
どうぞ。
僕たち家族は、表面上は何ら変わらぬ毎日を過ごしていた。
家の中も重苦しい雰囲気など少しもなく、
妻の告白なんかなかったんじゃないかと錯覚してしまうほど、軽やかな会話が飛び交っていた。
僕も子供たちも現実を直視したくなかったからなのかも知れない。少なからずその影響はあっただろうと思う。
傍から見たら幸せな家族そのものに見えていたはずだ。
そんな11月のある日、長男がスマホを片手に僕のところへやって来た。
「お父さん、ほら、このマンガ。お父さんが観に行ったやつだよ」
あるマンガを編集した動画を長男は観せてくれた。
そのマンガは、数ヶ月前に公開され、話題を集めたアニメ映画の原作にあたるもので、僕はその映画を映画館で観ていたのだ。
僕は長男が持つスマホを覗き込んだ。
「あー、ホントだ。これいい映画だったなー・・・あれっ?!この曲・・・!」
僕の耳がすぐに反応した。
動画のBGMとして、聴き覚えのある曲が使われていたのだ。
聞けば原作のマンガは、この曲をモチーフにして作られたらしい。
映画の主題歌になっていたわけではないので、その経緯を知る動画の制作者が使用したのだろう。
長男が僕の言葉に応える。
「この曲いいよねー。オレ好きになっちゃって最近毎日聴いてんだあ。最高にかっこいい!」
なになに??!!
僕は声をあげて驚いた。
「ホントかよ!?これ、お父さんも大好きな曲だったんだよ!!お前、毎日聴いてんの??!」
僕の耳が反応し、長男が最高と言い、動画のBGMとして使われていたその曲とは、イギリスが誇るロックバンドOasisの『Don't Look Back in Anger』という曲だった。
19年前、僕は結婚披露宴でこの曲を流した。
皆んなの注目が一心に集まる、ケーキ入刀のBGMで使用したのだ。披露宴で僕が選曲した唯一の曲だった。
その曲を長男が毎日聴いているという。
「へー、お父さんも好きだったんだねー」長男もびっくりする。こっちのセリフだよと思いながらもなんだか嬉しかった。
それにしてもよりによってこの時期にこの曲を息子が聴いてるなんて・・・。
夜、家族が寝静まったあと、あらためて『Don't Look Back in Anger』を聴いた。もう何年振りになるだろう。やはり名曲だ。
<そう言えば、これどんなこと歌ってたんだっけ?>
和訳といったものを、昔、読んだことがあったはずだが、内容はすっかり忘れていた。
あらためて歌詞をなぞりながら曲を聴き、僕は息を飲んだ。
印象的なサビのメロディにのせて歌われていたのは、こんな内容の歌詞だった。
And so Sally can wait
(サリーは待っていてくれる)
She knows it's too late as we’re walking on by
(もう一緒に歩くことは出来ないと分かっていても)
Her soul slides away
(彼女の心は離れていく)
“But don't look back in anger” I heard you say
(「でも、過去を悔やまないでほしいの」そんな彼女の声が僕には聞こえたんだ)
<なんだこれ?!>
そう、その歌の内容は正に今の僕たちの状況そのものだった。
「こんな歌を披露宴で流してたのかよ」自嘲気味に笑いながら、一方で、実は自分でもこうなることを知っていて選曲したんじゃないかという気もしていた。もちろんそんな訳はないのだが。
ただ、ちょっと面白い歌詞だなあと思った。
『一緒に歩けない』『心は離れていく』と歌ってはいるのだが、サビの出だしは『待っていてくれる』で始まるのだ。
なぜ?
アンビバレントな歌詞である。
でもそこに妙な深さと説得力があった。
喜怒哀楽のどの感情もあるし、逆にどの感情もないようにも取れる。
<『待っていてくれる』僕はこの言葉を信じよう>
暗闇の中で、遠くに灯る明りを見つけた時のような、そんな微かな希望を僕はこの曲に感じていた。
その日の夜は、何度も何度も繰り返し曲を聴いた。
眠りに落ちる直前まで。何度も何度も。
*
後日、Oasisの来日公演が発表された。日程は来年(2025年)10月。これもまたすごいタイミングだ。
僕と長男は狂喜し、早速、2人分のチケット抽選に申し込んだ。
数日後。結局、その抽選には漏れてしまった。
<息子と2人で『Don't Look Back in Anger』が聴けたらいいなあ>という願いは叶わなかった。
でも、長男と素敵な時間が共有できたことを、とても良かったと今は感じている。また次の機会まで夢は取っておこうと思う。
そして実はもうひとつ、この曲についてのエピソードがある。
若い頃、『Don't Look Back in Anger』を聴くといつも頭の中で再生されるある映像があった。
それは、妻(当時は彼女)が台所で料理の準備をしながら、僕へ笑いかけている映像だった。なぜか古い8ミリフィルムのような粗い画質のもので、まるでMVを観るような感覚でいつもこの曲を聴いていた。結婚披露宴で使ったのもそれが理由だったように思う。
いつか実際に妻をモデルにMVのようなものを作りたいとすら思っていたほどそれは鮮明だった。ちなみに映像制作の経験や興味などは僕にはまったくない。ただ、この曲には、そんな思いを駆り立てさせる強い何かが宿っていた。
なんとも不思議な縁の曲である。
期せずして再び出合ったあの日から、僕は毎日この曲を聴いている。
ドント・ルックバック。