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14 国境越え アメとムチ 後編(ネパール→インド)

 ネパールは居心地良いことこのうえなかった。
 西の国境からインドへ抜けるK君をポカラで見送り、ひとりでカトマンドゥに戻った後、パタンやバクタプルに出かけ、またカトマンドゥでのんびりし、のんびりしすぎてもうすぐビザ切れる、というぎりぎりのところでようやく東の国境、カカルビッタ行きのバスを予約した。
 カカルビッタから出国し、インドのラビガンジに入る陸路の国境越えだ。

 しかし、これがまた。

 夜行バスは「店の前から出発するから、発車の30分前に来ておくように」と、予約した旅行代理店(カトマンドゥのツーリストエリアに乱立している)で言われて安心していたのに、当日、行ったら頼りなさそうな兄ちゃんが、「レッツ ゴー」と立ち上がって、ついてくるように言うではないか。嫌な予感。
 通りに出ると流しのテンプー(トゥクトゥクみたいなやつ)を拾って乗り込み、わたしも乗せられ、どこまでも走らせる。うぉぉぉ・・・どこ行くんや。もう、これだから旅は油断できないのだ・・・。

 30分近くテンプーに揺られ、やっと降ろされたそこは、まったくもって英語表記なし、旅行者の姿なしのローカルバススタンドだった。
 わたしの乗るバスはどれや。カカルビッタ行きはどれや。ひしめくバス、ひしめく人々の間を縫って、チケットを見せながら聞いて歩く。旅行代理店の兄ちゃんも聞いて歩く。っていうか、それおかしいやろ。きみがバス探してどないするん。

 そして、やっと係員らしき青年を見つけてチケットを見せると、
「おお・・・ディス バス gone」と気の毒そうな顔をしたのだった。
 な、なんでよーーーっ
 わたしは代理店の兄ちゃんに関西弁でまくしたてた。
 もうgoneやんか どうしてくれるん あんた店の前からバス出るって言うてたやん こんな遠いとこまで来るからバス出てもーたやん これからまたカトマンドゥへ帰れってこと? ゲストハウスもチェックアウトしてしもたやん 宿代出してくれるん え、どーなん?

 兄ちゃんは何も言わず、しょんぼりぼんやり立っているだけである。なに、どうしたの、なんか外国人が騒いでるね、って感じで周りに人が集まってくる。係員が事情を説明したらしく、「大丈夫、大丈夫」「バスはまだあるよ」みたいなことを口々に言う。ネパール人は優しくて穏やかだから、みんな、憤るわたしを必死でなだめようとしているのがわかるのだけど、恥ずかしくて余計に腹が立つ。

 と、別の係員が走ってきて、
「ディス バス、オーケー」
 目の前で発車しようとしている、満員のバスを指した。そして、中に向かって大声で何か告げると、運転手が「いいよ、乗れ乗れ」みたいな仕草をわたしに向けた。みんなも「そうだそうだ」「乗れ乗れ」と(おそらく適当に)相槌を打つ。ほんまか。ほんまに行くんか。
「カカルビッタ?」
「イエス、ゴー!」
 運転手もオーケー、オーケーと言う。もうどれだけ確かめてもオーケーしか言わないと思われる。どうにでもなれと乗り込んだ。が、満席だし通路も荷物山積みだし、どこに乗れっちゅーねん。いらいら。
 今思い出すと本当に恥ずかしい。いちばん前の、窓際の男性が席をあけて、よろよろ荷物をかき分けて奥へ移動してくれたのにお礼も言わず、通路側のお婆さんに挨拶もせず、不貞腐れたままリュックを抱えて腰を下ろした。

 腰を下ろすとバスはほどなく発車した。窓の外に旅行代理店の兄ちゃんが相変わらずしょんぼりぼんやり立っていた。

 バスは夕焼けを追いかけてごとごと走る。西に向かっているのだった。カカルビッタは東端の町だ。方向、違うやん。もうええわ。着いたところでカトマンドゥ行きに乗って引き返したらええわ。今日はもう疲れた。

 バスは途中何度も故障して止まり、止まっては修理され、走り出してはまた止まる。真夜中にドライブインみたいなところで夕食休憩があったけれど、降りるのが億劫でバスに残った。
 隣のお婆さんが、指先をつぼめて口に持っていく仕草をしたので、ああここではそれが”ごはん食べる”ってことかと思った。
 ”日本では右手に箸、左手に茶碗を持つ格好をして、こうしてかきこむ真似するんやで”
 と、普段のわたしならやってみせるところだが、何しろ不貞腐れている。まだ機嫌が悪い。だって、ツーリストプライスでダイレクトバスのチケットを買ったのに、ローカルバスでどこに連れて行かれるかわからないんだもん。
 
 お婆さんが他の乗客たちに、「この人、ごはん食べないって」みたいなことを言うと、「コカコーラ(もあるよ、それだけでも飲んだら)?」「とりあえず降りようよ(ジェスチャー)」などと心配そうにしてくれる。もうなんでそんなに親切なんだ。ほっといてくれ。ああ今わたし最悪に嫌な日本人。

 みんなが夕食から戻ってくると、バスはまた走り出し、故障し、また走り、わたしはいつのまにか眠り、ざわめきで目を覚ましたら、朝5時半、バスは朝日に向かって走っていた。ああ 東だーーー。
 地図を広げると、昨夜西へ向かっていたのは、町から幹線道路に出るための迂回路だったようだ。よかった。きっともうすぐカカルビッタだ。おはようお婆さん、おはようみなさん。ゆうべは失礼な態度ですみません。

 しかし、カカルビッタは遠かった。
 もうすぐ、と安堵した途端、バスは停車し、みんな荷物を引きずってぞろぞろ降り始めるではないか。道でだ。バススタンドですら、ない。
 なんでよ。ここどこよ。片側は山、反対側は草原である。
 運転手に「カカルビッタ?」と聞くと、もちろん「ノー」、そして、うんと前方のバスを指差した。乗り換えってことか。くーーっ・・・・・・

 とぼとぼ歩いてバスに辿り着き、「カカルビッタ?」一応確かめてから乗った。
 地元の人がぽつぽつ座っているだけで、風通しがいい。と、発車直前に駆け込んできた青年と目が合った。「フロム ジャパン?」
 おお 英語だ。この人はときどき現れる旅のカミサマではないか。
 バスはゆるゆるとカカルビッタに到着した。イミグレーションまで青年カミサマが連れて行ってくれた。ありがとうカミサマ。できれば夜行バスに乗る前に現れてほしかった。

 ネパールのイミグレーションは、コダリで入国したときと同様のんびりしていた。係員に「来たの? 出るの?」と問われて、出ますと答える。ノーチェックで出国スタンプをポン。
 そして川にかかる橋を渡れば(コダリの小川と違ってけっこう川幅があり、長い橋)インドのイミグレーションだ。オフィスに人影はなく、しばらく待っていたら職員がやって来た。
「来たの? 出るの?」
 来ましたと答えると、
「ウェルカム!」にっこり、ビザに入国スタンプを押してくれた。
 ああ・・・簡単だった・・・

 旅はしんどいことのほうが多い、と思う。
 でも、イミグレーション職員の「ウェルカム!」のような一瞬があるから、続けてしまう。
 不機嫌なわたしを晒してしまったネパールのバス同乗者のみなさん、本当にごめんなさい。



 

 

 

 

 
 

 

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