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49 なんとなくスリランカ①(キャンディのナカオカ先生) 

 ずいぶん後になって知ったのだけど、ナカオカ先生はスリランカの日本人バックパッカーの間で有名だったらしい。でも、お会いしたときはまったく存じあげず「むむ・・・なんか不思議なおじさん・・・」だった。

 スリランカへは、話せば長いのだけどなんとなく行ってみることになっただけで特段目的はなかった。
 波乗りの友人から「ヒッカドゥワの海、最高」と勧められていたのだが、わたしはマリンスポーツもやらないし、ひとりでビーチってのもなぁと思い、コロンボに降り立ったらバスで内陸のキャンディへ直行した。

 1軒目の宿であからさまに断られ、イヤな感じ。第一印象の悪い町はおしなベて良いことがない。キャンディ(もしくはスリランカ)とは相性悪いかも。どんみりした気分で、次にセバナ・ゲストハウスを訪ねてみる。と、日本人に人気と謳われているだけあって快くきれいな部屋に案内されたので、とりあえず荷を解く。
 オーナーは「夕方、ジャパニーズの先生に紹介します」と嬉しそうだ。
 はい?

 日が暮れて、宿の食堂で夕食(昼間に予約しておくと作ってくれる・有料・素朴な家庭料理)を待っていたら、ひょこひょこと小柄なおじさんが帰ってきた。階上の部屋に住んでいるのだった。オーナーが、今日チェックインした人だとわたしを指すと、
「あなた、ワープロ打てますか?」
 いきなり尋ねられた。
「えっ、は、はい・・・」
「じゃあね、日本大使館に出す手紙を書きますからね、それ、ワープロで打ってくれますか」
「ええっ、ああ、は、はい・・・」
「私はこういう者です」
 渡された名刺には
        SRI LANKA  NIPPON CLUB 
               PETER  NAKAOKA
 とある。ピーター・・・。
 そして、「明日2時からここで日本語教室がありますからね、それも手伝ってください」と畳み掛けられ、そういうことになってしまった。

 翌朝早く、アザーンが聞こえて目が覚めた。宿のすぐ近くに立派なモスクがあったのだった。
 町にムスリムの多いのが意外だった。スリランカのことはほとんど何も知らず、インド的カオスを勝手に想像していたのだけど、ぜんぜん違った。
 キャンディを散策した印象は、全体にきちんとしてる、というか、イスラム教徒とヒンドゥー教徒と仏教徒が、仲良くというよりは、それぞれが戒律を守って厳粛に暮らしているという感じ。

 さて。
 午前中、仏歯寺を見学に行き、宿に戻るとロビーにパイプ椅子やら丸椅子やらがびっしり置かれ、もう地元の若者たちが集まってた。ざっと20人ぐらい。
 そして午後2時、ナカオカ先生が助手のスリランカ青年(日本語達者)を連れて現れると拍手が起こった。
 じつはわたし、若い頃に趣味で日本語指導講座を受講し日本語ボランティアをしていたことがある。それで教え方の基本は習得していたつもりだけれど、ナカオカ先生の授業は日本語の基礎とかそういうの全く無視のハチャメチャで、適当な会話文をみんなでわいわい言い合うだけだった。それでも生徒さんたちは大盛り上がりで、わたしは会話の練習相手になり、なんかもう、どおおおっと収拾つかない感じで2時間経って、全員と握手して終わった。
 この教室を毎週やっているとのことだった。

 ナカオカ先生は真顔で「あなた上手ですね」と褒めてくれたのかなんなのか、よくわからないが、「これから私、友達の家に行きますから一緒に行きましょう」と、また、なし崩し的にそういうことになってしまった。

 ナカオカ先生はプライベート・ドライバーを雇っていて、移動は車だった。
 キャンディを出る前に DEVON RESTAURANT という高級店で夕食をご馳走になったのだが、当時の日記に「高そうだけど、なんかなあ・・・」と失礼なことが書いてある。
 その日記によると、先生の友達の家はGAMPARAという村にあり、車でもずいぶん遠かった。途中、雑貨店でビスケットとチーズをお土産に買い、到着した頃には暗くなっていた。林の中の一軒家で先生は家族と飼い犬に歓迎されていたが、わたしは所在なく、早く帰りたかった。
 ところが、先生は「もっと犬と遊びたいから今晩泊まります。あなた、運転手と一緒に帰って、ゲストハウスの人に伝えといてください」と言って庭に消えてしまった。な、なんで・・・・

 ドライバーは先生の気まぐれに慣れているようで、何事もなかったかのように遠い道のり、わたしをゲストハウスに送り届け、また明日、とにっこり、帰って行った。宿のオーナーに「ミスター・ナカオカは、えーと・・・」と英語を考えていたら、「ノープロブレム!」今晩帰らない旨の電話があったと言う。ああそうですか。もう、何なんよ、先生・・・。

 10月初旬のキャンディは薄寒く、時おり小雨が降ったりもして、到着2日目にして体調を崩してしまった。喉が痛くて鼻水が止まらず、熱っぽい。
 キャンディとは相性が悪いようだ。なんだか落ち着かず居心地が悪い。早めに次の滞在先を検討しよう。
 が、翌日けろっとした顔で帰ってきたナカオカ先生に、さらに翻弄されることになるのだった。

②へつづく


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