71 それは、マサラい。
ずいぶん遠い昔だけれど、1990年代後半、インドのケララ州、コヴァーラムビーチはバックパッカーに人気があって日本人もおおぜい長居していた。
ある夕刻、顔見知りになった数人で食事に行くと、ひとりの青年がプレーンライス、いわゆる " 白ごはん "を頼んだのでびっくりした。お腹こわしてるん?
聞くと、「いやもう俺、マサラ味が駄目なんすよ」。
インドに来たばかりの頃は美味しかったのに、長く居るうちに何故かだんだん食べられなくなってきたらしい。で、マサラ気のないプレーンライスやイドゥリ(米粉の蒸しパン。無味)で空腹を凌いでいるとのこと。
彼という個体の、マサラ許容量を超えたのだろうか。
「中華と思ってチョウメン(焼きそば)食べたらマサラ味でしたからね、油断できないっす」
そうか? たしかにチョウメン辛めだけど、マサラは入ってないんちゃう?マサラ過敏症になっていて、なんでもマサラ味に思えるんちゃう?
それで、わたしが食べていたベジタブルビリヤーニだったかフライドライスだったかを、「これ全然マサラ味しないから、食べてみたら」とお皿を回した。ほかのメンバーも味見して、ああこれマサラじゃないと口々に言う。
そうして、彼もひと匙、口に入れた。
ところが、「ああっ やっぱりマサラですっ! みんなもうマサラに麻痺してて、マサラ食べてもマサラ感じないんですよっ」
えーっ、入ってないよ。
入ってますって。マサラですって。
マサラじゃないって。
マサラです・・・・・・・
彼が過敏症なのか彼以外がマサラ麻痺しているのか。
答えの出ないまま、コヴァーラムビーチの夜は更けていったのだった。
さて、前回、東南アジアのとくだん辛旨かったモノについて幾つか書いた。
今日は毎度のことながら別枠で、インドの辛旨に触れようと考えたわけだが、しかし、インドの辛旨とは・・・・。
それはまあ、インドのおかずは辛いか辛くないかと言えば辛いものが多いのだけど、単に” 辛い "のとは違う気がする。
なんやろね、マサラいとでもゆうたらええのか。
東南アジアでも南アジアでも、辛さの度合いは唐辛子でコントロールするわけで、赤いのやら緑色のやら、その量で決まってくる。インドで「モア、スパイシー」と言うたら唐辛子が追加されて、けっきょく辛さは唐辛子なんやね。
しかし、しかしだ。東南アジアと異なるのは、そこへマサラ即ちさまざまなスパイスが絡むこと。絡んで甚だしく複雑な味になることである。
いやいやタイ料理だってインドネシア料理だって複雑な味やんか。と仰る方々もおられよう。でも、タイとかインドネシアとかは、ナンプラーなりサンバルなり市販の調味料やペーストが出回っていて、日本でも手に入るし、複雑な味の料理が自宅で再現できる。あの旅のあの屋台で食べたアレ、とか、作れる。
でも、インドの味は自分では作れないのだ。マサラいから。
辛さを唐辛子で調節し、クミン、コリアンダーなど入手しやすいスパイスを使えば、そこそこマサラい味つけは出来るのだけど、なんかね、なんか足りない。カルダモン、グローブ、カレーリーフ、ココナッツミルク、マスタードオイルまで駆使しても、なんか誤魔化してる感が。
いつからかニッポンにスパイスカレーなんて妙な名称の料理が定着し、香辛料に詳しい方々も多くいらっしゃると思われるので、わたくしなどがここでぐぢゃぐぢゃ書くのも何ですが(でも書く)、インドのマサラにはインド人にしかわからない決まりがあって、この素材(例えばじゃがいもとカリフラワー)にはこのスパイスとスパイス、この素材にはアレとコレ、みたいな、アーユルヴェーダ的な、知らんけど、絶対的な組み合わせの掟があるんじゃないか。と思う。
コルカタ滞在中、朝食に通っていたチャイ屋台でいつもは置いてないバナナがあったので、チャイとバナナを注文したら笑われた。
「チャイは身体を温めるけど、バナナは冷やす。お前はどうしたいねん」ということである。
そういう、食べ合わせにも諸々の決まりがあるようなので、スパイスならなおさら厳しそうではないか。
そういえば、タイ、バンコクのフルーツシェイク屋台でも、マンゴーと何と何だったか忘れたけどミックスを注文したら屋台のおっちゃんに「そんなコンビネイションは無い」と却下されたことがあった。食の掟は奥深い。
というわけで、インド料理は辛くてマサラい。
いちばん辛かったのは、コルカタのニューマーケット近くの立ち食いカレー屋、PANJABI SNACK BAR かな。
いちばんマサラかったのは、ラーメーシュワラムのベジレストラン、
Sri Murugabhavan。
どちらも写真は*あの旅のあの味4 インド カリーランキング *でアップ済みなので省略。
あと、ガントクの坂道の食堂のプリー&カリーは辛マサラかったなぁ。
ああ 食べたい。
次のエピソードにつづく