金木犀
季節が変わった。
少し和らいだ日差し。日傘を使わずに歩けるのはいつぶりだろうか。
柔らかな風にふと、金木犀の香りが混じっていた。
そうか、もうそんな季節か。
もう少しで冬になる。
街にはイルミネーションが溢れ、ふわふわキラキラで彩られる。
これまでなら「さぁ、今日はどこへ行こうか」そんな期待に胸を弾ませ、
すれ違うカップルや夫婦が笑いあう姿を見ることが幸せだった。
そう、これまでなら。
彼に会いたい。
隣に並びたい、手をつなぎたい、冗談を言って笑いあいたい。
ただ焦がれているだけ。それでもやはり恋なのだ。
少し肌寒くなった風も、遠くで語らう鈴虫たちも、数週間前と違って
早く訪れる夕暮れも、季節の変わり目を知らせる金木犀も。
これまでの私がわくわくしていた、五感で感じるすべてが切なく胸を締め付ける。
あぁ、彼に会いたい。
好きだと言えたら、どれだけ楽になれるのだろうか。
そんな未来が訪れる、期待を持ちはするが、現状先が見えない状態に
また胸が苦しくなる。
さみしい、皆がそういうこの季節を少し理解した気がした。
恋とは、難しい。
目が合うとそれだけで世界は輝いて見えるのに、会えない期間が長くなれば、途端に水中から出された魚のように、苦しくなる。
人生で初めて、恋をした。
幸せで、あたたかくて、苦しくて、泣きそうな。
そんな恋。
少し遠い存在に感じているけれど。
それでも、私は彼の隣に立ちたいと、
「涼しくなったね」なんて笑いあいながら、
私よりも体温が高めの大きな手で、私の冷えた指先を包んでほしい。
そんな希望を持ちながら、いつかふと消えてしまいそうな彼に不安を抱きながら、それでも私はきっとずっと。
目の前で、顔を寄せ笑いあうカップルを見ながら、私にもそんな未来があるといいなと、そう思ったときにまた、甘く切ない香りがした。
こんなところにも咲いていたのか。
まだ、白い息は出ない。