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無理しないと私には価値がない〜採用したのはワタシ〜








いつも不安で生きてきた
アラフィフみよちです


心の病みで真っ暗だった50年



そこから一転


本質的な幸せを感じられる心を
取り戻すことが出来た

 

そんな私の
過去や今のストーリー
を綴ったブログです






私は東北で暮らす、50代のパート社員。

離婚して、今は高一の次男と暮らしている。

長女、長男は父と暮らしている。





昨日、職場で咳が出はじめた。
アレ?鼻声も治ったし、朝も何ともなかったけれど…。よく、「朝は眠って良くなった様な気がするだけ」とか聞くな…。




そんなこと考えたてたら、鼻水がスーと流れてきた!これはマズイ!!



ちょうど職場では人余りで、数人休んで欲しいと話しになっていた。



公休真ん中に挟んで…三連休を申し出た。





私は小さい頃から、親に「少しぐらいの熱なんてなんでもない!」って一蹴された。具合が悪いなんて言えば、心が弱いだの何だの言われる。




風邪をひいたり、病気になると父から【弱いから鍛え直してやる】などと言われ、おちおち、風邪引いたなんても言えなかった。





そしていつも二日酔いだの、風邪気味だのなんだの、寝込んでいるのは親の方だったけど。









子供の頃からそう育ったから、それが当たり前になっていた。




少しぐらいで休めない。




働くときにも、母から言われた。少しぐらい体調悪くても我慢して働くんだよ!体調悪いなんて言って、休まされたら大変だ!【要らない】なんていわれたりする!この子はすぐ休むなんて言われない様に!って。





【無理しないと私には価値がない】





…。





大人になってもコレを【採用】してきたのは私なんだけれど。








自分を大事にするなんて、ほど遠い世界だった。



私は幼少期から心が傷だらけだった。…50年も放置していた。



心の傷を手当して、歪んだ認知や心の囚われ…。自分に向き合ってきたけれど。




身体からのメッセージも来ていた。




十数年前、突然左目が色しか見えなくなった!人が着ている服の色だけ、あとは肌色。砂で出来ているような…。



ぶどう膜炎だった。



治療をしてもらい、失明にはならなかった。



だけどいつ、発作が起きるかわからないからとも言われた。



〜引用始まり〜
病気や問題 : 目の障害

考えられる原因・内的要素 : 見えるものが気に入らない。

新しい思考パターン : 見たいものがみえるような生き方をする
〜引用終わり〜
ライフ・ヒーリング



その当時にこの本を読んでもサッパリ理解できなかっただろう…と思う。


結婚して子宝にも恵まれているのに【見たくない】なんて…なんのことやら?だっただろう。



今ならよく、わかる。



【見たくない幼少期を繰り返し生きている】



私にとって、父はとてもいい人だった。

周りの人も父のことを…

仏様の様な人。
あんな穏やかな人はいない。
お年寄りに優しくていい人。
あんな素晴らしい人はいない。


あんな素晴らしい人を怒らせるあなたって相当…。



そんな中育った。


だけど…。私達子供と暮らす父は母が水商売にでかけると、【正義】【道徳】【美徳】【躾】それらの仮面をつけて日々攻撃された。自分の中の葛藤を子供にぶつけてくる。


とってもよくわかる。私も心の葛藤を子供達にぶつけてきたのだから。





それなのに、なぜ50過ぎまで父親に対する憎しみを抑圧していたのかが、理解できる本にも出会えた。





〜引用始まり〜
【心の殺人者としての親】

例えば父親である夫が神経症者であるとする。妻との関係がうまくいかない。妻に憎しみを持つ。

しかし父親は弱いからそれを認識できない。無意識の領域に憎しみを追いやる。そこでイライラする。

そのイライラを子供に向けて発散することで解消する。

神経症者的傾向の強い親は心理的につらい。何かを「すべき」だという「べきの暴君」に苦しむ。

すると、そのつらさを子供にプレッシャーをかける事て解消する。
これは精神分析に関する数々の名著があるカレン・ホルナイの言う「内的強制の外化」と言われる心理現象である。つまり子どもの心を縛っていく。「べきの暴君」と言う用語もカレン・ホルナイの言葉である。

そうしたときには、親は確実に子供の「こころの殺人者」として現れている。
いずれにしろ神経症的傾向の強い親は、その子どもによって心理的バランスを維持できている。

その子どもがいなくなれば生きていけない。

したがって子どもの心にプロメテウスが動きだしたことを察知したときには、神経症者的傾向の強い親は殺人的憎しみで子どもに立ち向かう。

親は殺したり殺されたりという激しい憎しみで心理的にパニックになっている。

つまり神経症的傾向の強い親はみずからの生命の維持に、「感情の掃き溜めとなる従順な子ども」を必要としているのである。

子どもの側からすれば「殺されるかもしれないという恐怖感」を持つのは当たり前である。


しかし従順を強いられている以上、
その恐怖感を意識することはゆるされない。

無意識では親を恐れ憎んでも、意識では親に対して「立派な親」であることを感謝していなければならない。

しかし、どんなに意識の上で親に感謝をしても、この「殺されるかもしれないと言う恐怖感」は無意識の領域で確実に息づいている。
〜引用終わり〜
言いたいことが言えない人 加藤諦三





私の父は、いつも言っていた。

俺ほどいい親はいないと、声高々に…。

そして私は聞かれてもいないのに、言って回った。



【私の父は素晴らしい人です】と。



真逆のことをして生きてきていた。それが本心だと思っていた。本心では憎しみと怒りで渦巻いていた…。


【意識と無意識の乖離】


この差が開けば開くほど不安が大きくなると聞いた。




…。



そして、また、父と同じ様な男と結婚して言って回った。



【私の旦那は素晴らしい人です】と。


外では子羊
家では狼…。

父と同じ様な男だった。




【歯を食いしばって同じ様に生きている】


…繰り返して生きているのだった!


時を超え、人を変え…。




【見えるものが気に入らない】


まさに、その通りだった!!


身体からのメッセージって本当大事。

大事な自分のことを教えてくれるのだから。




どんなに歯磨きをしても、甘いものを食べてなくても、自分の歯が自分の歯を【食いしばり】で壊していっていたことも、最近歯医者さんに教えてもらった。



ずっとなんでこれほど、私は歯が【悪い】のだろうって。【悪い】どころか、私が自ら壊していたなんて…。





今、本格的に【風の時代】に入った。と、いろんな方が発信している。




もう【我慢】も【無理】もしなくていいんだ。


【歯を食いしばって】生きなくてもいいんだ。




ベッドで休みながら、50年も痛みつけた心と身体を労っている。







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