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借りた恩

例えばテレビを見ている時や
YouTubeを見ている時、
どうしてそんな事するんだ 
とバカにして笑った経験が誰しも一度はあると思います。

では、笑われる側になったことは?

これから話すのは私が実際に経験した転落劇です。

その日、私は大学の授業が午前中で終わりだったので午後から先輩と遊びに行く約束をしていました。
昼食を食べ終わり、集合まで1時間ほど余裕があった私は暇を持て余していました。
そうだ、タバコでも吸うか。
と思った矢先、先輩が吸わないから今日は持ってきていなかった事に気がついたので、仕方なく
YouTubeでも見よう、
そう思いおもむろに画面を見た時にふと目に入ってきたのはバッテリーの残数。

ー46%ー

頭をよぎったのは今日のこれからの予定でした。
水族館を楽しみそのあとは居酒屋でご飯を食べ酒を飲む。なんでもないありふれた一日。

私は人といる時はあまりケータイを見ないので充電が減りにくいタイプでした。
だから大丈夫だ。普段ならそう思ったでしょう。
しかしなぜかその日は、帰る時に音楽を聞けないと嫌だなという考えが頭をよぎり、心配性の僕は唐突に必要のない不安にかられたのです。

ー45%ー

こうしている間にも刻々と充電は減り続けます。
そうだ、学校に来ている友人に充電器を借りよう。友人達に連絡をしました。
がしかし、午後からの授業を取っている友人は誰一人としておらず、そんなバカな、
と自分の友達の少なさとコミュニケーション能力の無さに絶望しました。

そうだ、近くの友人の家で充電させてもらおう。
でも、そんなことしたら僕が彼を都合の良い奴だと思っていると勘違いされてしまうのではないか。そうなればここから先の大学生活が一気につまらないものになってしまいかねない。大切な友達をそんな都合のいいように使うなんて僕にはできない。
じゃあ、どうすればいいんだ。

ー43%ー

ゆっくりではあるが着実に減っていくバッテリーを眺めながら、私は一つの可能性を思い浮かべました。

何気なくいつもとは違う選択をし、あとから後悔した事なんて今まで数えきれないほど経験したはずなのに。だけどこれは今だから言える事なのかもしれません。

バッテリーの残数、

ー41%ー

僕を愚行に走らせるには充分すぎる値でした。

電車の駅やコンビニの中、
さまざまなところに設置されているそれ。
誰しも一度は見たことがあるでしょう。

その名も、レンタルモバイルバッテリー。

私は人生で初めてモバイルバッテリーをレンタルしたのです。

まあコンビニとかで新しいモバイルバッテリーを買うよりはマシだろうと思い、大学の最寄駅で手続きを行い無事レンタル完了。
借りてみれば、
なんだ、別に大したことないじゃないか。
むしろ便利で素晴らしいシステムじゃないか。
おかけでバッテリーも充分で、一つのストレスも無い状態で先輩と遊びに行くことができました。

その日は文字通り、時間を忘れるほど楽しくて気がついたらもう帰りの電車でした。先輩が僕の最寄り駅より前の駅で降りていきました。挨拶をしたあとは再び一人きりの時間。
音楽を楽しむ時間だ、と意気込んでケータイを取り出しました。

ー27%ー

これはまずい。最寄りと言っても自宅からはかなり離れているし、バスを待つ時間もあるし、どうすれば…
でも大丈夫。今日はレンタルモバイルバッテリーがあるから!
カバンからモバイルバッテリーを取り出してすぐさま充電を始めました。

ー30%ー

今日は本当に楽しかなったな〜、
と余韻に浸りながら音楽を聴いてレンタルモバイルバッテリーのありがたさを噛み締めました。
いつもならきっとレンタルしていなかったでしょう。もしもあの時、いつも通りの気持ちでレンタルをしていなければ…そう考えただけでゾッとしました。

ー65%ー

家に着いたのは夜の10時頃。
明日も学校だったので、いつも通り風呂に入り
歯を磨き、寝る支度をする。
もろもろ片付けたあと布団に入ったのは11時半頃でした。
布団に寝転びながら、
今日楽しかった!ありがとう!
などと他愛もない会話をした僕はいつも通りYouTubeを軽く見たあと眠りにつきました。
今日がいつもとは違う事にも気づかずに。

目が覚めたのは朝の10時頃。
アラームを止めてご飯を食べ、顔を洗い家を出る支度を済ませた僕はいつも通りの道で学校に向かいました。
昨日は目一杯楽しんだことだし、
今日は久しぶりのグループワークなので
いつも通り頑張るぞ!と意気込んでいました。

さまざまな意見が出て最終的に、どのような方向性で進めていくか決まったところで今日の授業は終了。なかなか良い感じに話し合えたことだし、1週間頑張った自分へのご褒美のスイーツを買って帰ろうと思いました。

今週は久々の学校で疲れたなー
そんなことを考えながら電車に乗り込んだ僕は、
いつの間にか車内で寝落ちしてしまっていたようで、気がついたら最寄りの駅に着いていました。僕はドアが閉まる前に電車を飛び降りました。
間に合ってよかったと安堵しながら帰路につきました。
家に着く頃には僕は、やりきったなー
というような達成感に満たされていました。

明日はバイトだったので、
晩御飯を済ませた僕は早めにお風呂も済ませて歯を磨き、あっという間に布団の上でした。
そしてもはやルーティンのようになっている
寝る前のケータイいじりの時間が始まりました。
そんなこんなしていると時刻は12時に。
いつの間にか日を跨いでいました。
そろそろ寝ないと、と思い電気を消して瞳を閉じます。思い浮かんだのは、
今週もいつも通り頑張ったぞ!という感想でした。

『いつも通り』
その言葉に違和感を感じたのはこの瞬間が初めてでした。

何かが頭の奥を一瞬だけ触れていったようなゾワっとした感覚に襲われた僕は、懸命に記憶をたどりました。
すると直感が僕に告げたのです。
何かを忘れている気がする、と。
そして間も無く、その直感が奇しくも正しかったことに気づいた頃にはもうすでに手遅れだったのです。
消したばかりの電気を付けて、何かに導かれるようにカバンの中を探るとそこには…

モバイルバッテリー。

僕はその時初めて気がついたのです。
自分も"そっち側"の人間だったんだ、と。

僕の好きな芸人にめぞんというコンビがいます。ボケである吉野おいなりという男は、ADHDの究極系とも言うべき、常軌を逸した生活力の無さを持つ男です。
彼は以前、芸人仲間の同居人にこんなことを言われていました。

こいつは生活力が無さすぎるあまり、スマホの充電ができないので、
常にレンタルモバイルバッテリーを持っている。
そしてADHDすぎてそれを返却することを忘れてしまい、今まで買い取ってきたレンタルモバイルバッテリーが部屋にいくつもあってキモい笑。

僕はその動画を見ていた時、笑っていました。
なんでそうなるねん!おかしいやろ!笑
思わず声に出してツッコんでしまうくらいにバカにして笑ってしまいました。

その時のツッコミがブーメランとなって今の僕に帰ってきました。
あの時笑っていた画面の中のあの人。
僕はその人と同じタイプだったんだ。
僕は笑われる側の人間だったんだ。
絶望に打ちひしがれました。

後悔というのはどうしていつも手遅れになってから訪れるのか。
いや、手遅れだからこそ後悔なのか。
そんなことを考えながら呆然と、電池切れのモバイルバッテリーを眺めていました。

結局、翌日のバイト終わりに返しに行こうと思いましたがそのまま忘れて家に帰り、返却できたのはさらに翌日のことでした。
無事に返却を終えてトボトボと歩きながら
空を見あげてなんて無駄な時間だったのだろう。と思い耽っては、自戒の念にかられていました。

きっかけはどこにでも転がっています。
YouTubeやテレビを見て
なにバカなことをしているんだ、
と笑っているそこのあなた。

あなたは本当に笑える側の人間ですか?
人を笑うという行為がどれだけ罪深いことなのか、今一度考えてみてください。

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