「人にやさしいままでいたい」第1話

〈あらすじ〉
思春期と中二病が終わらない20歳の少女、立花真理。
ローズマリーとしての使命、マデリンの暴走、迫りくるテロリストたちとの戦闘、怒りのゼミ旅行、戦慄のクリスマス。
瞳の奥の夢を生きる彼女が、現実と向き合って、考えて、大人になっていく様を描いたヒューマンドラマ。



 12月7日

「グラリチン!グラリチン!グラリチン!」

「ふふ…クラリチン」

 挑発的な女と、金髪の女が、教室でなにやら言い争いをしている。

「どうしてさ、あたしの母校であなたが教員なんかやっているの?マッド・デリング・デーモン」

 挑発的な女は不敵な笑みを浮かべて、金髪の女を問い詰める。 

 金髪の女は相当追い込まれているみたいだ。着用している白衣ははだけ、タイツは破れている。破れた箇所からは出血もしている。
 彼女は挑発的な女の問いには答えず、青ざめた表情で、低く構えた拳銃に弾丸を装填し続けている。

そんな金髪の女を挑発的な女は攻めるようにまくしたてる。

「マデリンはまだ神になろうとしてるんでしょ?相変わらずだね。昔から果て無き空を飛び越えようとする。でもさ、あたしたち悪魔だよ。本分を忘れちゃ駄目でしょ」

 挑発的な女の言葉に金髪の女=マデリンは怒りを表す。 

「うるさい!!ッ」

 それと同時にマデリンは準備していた拳銃を発砲した。弾丸は目前の挑発的な女へと真っすぐ進んでいく。貫くまで一秒もかからない、女を確実に屠れるとマデリンだけでなく弾丸だって思っただろう。

だが、その時だった。 

「クラリチン」

 挑発的な女が一言、そうささやくと、彼女の背負っていたミニリュックが巨大な翼へと変貌し、弾丸をあらぬ方向へと弾き飛ばしてしまった。

「うそよ…ゼロ距離射撃まで通用しないの…」 

 絶望するマデリン。

「ありえない…ありえないわ…まさか…グダイのバドエモンに手を出したのね!?」

 挑発的な女は下を向き「ふふふ」と笑いをもらしている。

「答えなさい!ローズマリー!!」

 挑発的な女=ローズマリーは顔をあげる。その表情からは先ほどまでの不敵な笑みが消えさり、怒りのみが蔓延していた。 

「あたしを怒らせないでって昔から言ってるよねマデリン。デスロードに連れていかれたいの?」

 マデリンは恐怖に包まれ、震えが止まらなくなる。
その様子を見たローズマリーは再び不敵な笑みを取り戻す。

「あなたを殺したくないわ。あたしたち600年来の仲じゃない。ね?もうバカなこと言わないでよ?」

 ローズマリーはそう言い残すと、りんご飴をかじりながら教室を出ていった。

「くそぅ!!」

 マデリンは固く握った拳を黒板に叩きつける。

 悔しそうな彼女を横目に、意気揚々と廊下の窓から外へと飛び降りるローズマリー。
翼を展開し、月明かりに照らされながら、怒りの星へと帰っていくのであった…


「本当に飛べたらいいのにな」
 ローズマリーこと立花真理たちばなまりは心の片隅でこう思う。この思いが浮かんだとたん、
「いいや間違いなく自分は飛んでいた、飛んでいる実感があった」
という思いがどんどん膨らんでいく。そして、さっきまでのちっぽけな思いをこちらが上回ってしまうのだ。
別に現実から逃げたいとかってわけではない。ただ、今はまだ夢の世界で生きていたいから、懸けてみたいから、立花真里は夢想を続けるのだ。 

「ふふふ…ふふ…」

 真里は不敵な笑いをもらしながらマデリンの職場であり、かつての自分の母校でもある青山高校を去っていった。



 自宅に到着した真理。彼女は都内の木造アパートで独り暮らしをしている。部屋に入ったらまず玄関で身をかがめ、リビングの方をじっと見つめる。常に警戒を怠らない、それが怒りの悪魔・ローズマリーとしての生き方なのだ。こうやって暗闇を見つめていると、闇の中でお利口に座り、こっちを見つめているかわいいお目目を発見することができる。

「ただいま、ハンク」

 そう言うと真理の愛犬、ジャーマンシェパードのハンクが駆け寄ってくる。数分ハグをした後、やっと電気をつけて部屋の奥へと進んでいく。
 荷物を置いた真理は、すぐに作業机へと向かった。二か月前から取り組んでいるスリーブガン作成の仕上げに取り掛かるのだ。
銃を袖下に隠しつつ、腕を構えた途端、瞬時に手元に呼び出させる装置「スリーブガン」。
どうしてこんなものを作っているのかというと、大統領候補のシークレットサービスと抗争になったときに、瞬時に対抗し得る武器が欲しいなと考えたからだ。

カーテンのレール、アルミ板、連結器具、革ベルト2本、ボルトとナット、接着剤、etc…

 なんだかよくわからない材料と大学ノートを広げ、真面目な顔でせっせっと作業を続ける真理。
 だいたい2時間くらいたっただろうか、真理は形になったスリーブガンを自身の腕に装着し、動作確認を行い始めた。銃をレールの上で念入りに動かす。それが終わると、意を決した表情で腕を大きく構える。彼女の手元に瞬時にモデルガンが呼び出される。

「くく…くくく…」

 笑いが思わずこぼれる。

「やったぁ!できたよぉ!」

 真理はハンクにスリーブガンを見せつけ、ハグをしてやった。

 ミリタリージャケットを羽織り、鏡の前に移動する真理。腕を組む。サングラスを忘れていたことに気づき、取りに行く。
鏡の前に戻って来てもう一度腕を組む。今度はサングラスもばっちりかけている。 

「なに?あたしに何か用?」

 質問に応答し、不敵な笑みを浮かべる。

「あたしに言ってるの?ホントに?あたしに?」

 瞬間、構えを取り、ガシャン!とスリーブガンを機能させる。

「あたしのが速いよ、バカ」


 部屋の中央でフラフープとストレッチを行う真理。怒りの悪魔・ローズマリーは理想の体型を維持し続けなければならないのだ。

「よし!」

一つ大きな声を出すと、次は釣り道具の準備をてきぱきと始める。

「ハンク、行ってくるね」

 午後10時ごろ、真理は夜釣りへと出かけていった。部屋を出たところで、仕事帰りであろう隣人の増田とすれ違う。

「こんばんわぁー」 

 軽く挨拶をし、階段を駆け下っていく。
その真理の後ろ姿を増田はじっと見つめているのであった。

 自宅から自転車で10分くらいのところにある川で夜釣りを行う。狭い川なので釣れるのはだいたいハゼやシーバスといったものであるが、たまに大きなキビレが釣れることもある。
 真理はどこか温かさを覚えるこの川が好きだった。日々の生活でこんがらがった脳みそをこの時間でリセットするのだ。
竿を垂らし、上を向く。黒々とした夜空に星が浮かんでいる。

「ふふ、綺麗…」

 真理は微笑み、目を輝かせた。



 桐谷亜希きりたにあき、23歳、趣味はパズルと映画とモデルガン集め。好きなバンドはユニコーン。
劇団員の両親の影響で、幼少期から何かになりきることが彼女の日常だった。
その日々が募ってか、自然と将来の夢は役者になった。役者になっていろいろな人物を演じてみたかった。いろいろな世界で生きてみたかった。物語の世界は、自分にたくさんの感情を教えてくれた。愛、勇気、恐怖、感動、同情、プライド。自分だけじゃない、それが終わった後、見た人はみんなそれぞれの何かを胸に帰っていく。この瞬間も大好きだった。
自分もこの大きな流れの一部に加わって、「なんにだってなれる」ってことを多くの人に伝えたかった。
でも、この考えがはっきりしたのはつい最近だ。

「よぉおおおし」

 朝5時前、亜希は重い瞼をかっぴらき、気合で立ち上がった。そのまま真っすぐ洗面所に行き、豪快に顔を洗い、豪快に歯を磨く。
歯を磨きながら亜希は考える。毎朝、立ち上がるまでが死ぬほどつらい難題だ。目は覚めていても立ち上がれない。どうしたものだろうか、と。
「誰かが洗面所まで私を運んでくれたらいいのに。そしたら負担は一気に減る。でも待てよ、これからは機械化の時代だから、私のことを運んでくれるロボットもマジに誕生するかもしれないぞ。もしできたらなんて名前を付けようかな。ロボ助かなぁ」
適当なことに思いをはせていると歯を磨き終える。なんなら今日は磨き過ぎたぐらいだ。磨くのと同じ勢いで力強く口をゆすぐ。「ぺっ」ではなく「ばぁ!」と吐き出す。とにかく勢いが大事なのだ。そうしたら勢い余って水が鏡にはねてしまった。「はぁー」とひとつ息を吐き、鏡を吹く。鏡の中の自分と目が合う。なかなかいい女じゃないか。彼女は彼女にニカッと笑いかけた。

 電車に揺られ職場に向かう。亜希は青山高校で西洋史の授業を行う新米教師だ。
 最寄り駅につく。ここからは歩いて5分もかからない。今日はプリントを作成するため、いつもより早い出勤にした。だからまだ学校にはあまり人がいないだろうと踏んでいたが、どうやら先客がいるみたいだ。人影が見える。その小柄な人影は校内に入るわけではなく、校門横の木に一生懸命登ろうとしている。
「不審者か?いたずらキッズか?」
小走りで現場まで駆け寄る。さっきは遠くてわからなかった人影の正体が見えて、亜希は思わず笑いを漏らした。人影の正体は真理であった。

「昨日の続きをやろうってわけね…!」

 真理に気づかれないよう木陰に移動する亜希。しゃがみ込んで目をつむる。
今日もわざわざ非合法の制服姿でここに来ているらしい。とんだサービス精神である。それに異物感を出すためなのか、真冬だというのに夏服を着用している。なかなかに肝の座った不審者だなぁと感心する。亜希はおかしくて、楽しくて、たまらない気持ちになる。
おや、どうやら木登りが終わったみたいだ。彼女の不敵な笑い声が聞こえるてくる。
亜希はあの頃と同じように目を開く。

 マッド・デリング・デーモンはローズマリーの元へとゆっくり向かっていった。


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