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リアル料亭・ガチ仲居 第十二話

第十二話 元キャビンアテンダントVS支配人


 仲居の研修と称して、毎月数回、元CAだったというコンサルタントがやって来ます。

 そのコンサルがどうにも腑に落ちない発言をした為に、コンサルと支配人の間でバトルが勃発。
 それは、正面玄関のアプローチへの打ち水です。

 打ち水とは『お客様をお迎えする準備がすべて整った』合図として、玄関前に水を撒くこと。そして同時に『お浄め』の意味も含まれます。
 これも元はといえば、茶道における作法のひとつ。

 個人宅でもお客様を迎える時など、玄関先のアプローチにちょっと水を撒いておくと、粋に見えます。ぜひ、お試しください。

 その打ち水をコンサルは「お客様の靴を水で濡らしてしまうのは、いかがなものか」などと言い出しました。コンサルの提案としては「打ち水をするのはアプローチの左右のみにして、中央は避けましょう」とのことでした。

 私ですらも「へっ?」となりました。この発言には。
 いやいやいや。それは逆でしょ。打ち水をして、お客様の靴底を水で『お浄め』するんです。
 
 よく、ヤクザが組を抜けて真人間になることを『足を洗う』と言いますよね。
 呪術的な意味合いとして、穢《けが》れは足の裏に付着する。だから水を撒くんです。
 お客様と一緒に『穢れ』が店を脅《おびや》かしたりしないようにとの心得です。

 ここは飛行機の中ではありません。
 料亭です。

 こんな茶道の初歩中の初歩すら知らないCAに、私達は何を教われと言うのでしょう。
 長年サービスマンとして勤務してきた支配人は怒り狂い、「あんなヤツに来させるなんて、金を溝《どぶ》に捨てるようなもんだ!」と、私の前で激昂されていましたよ。
 
 私、なぜか支配人に娘のように可愛がって頂いていたんです。
 たぶん、私が誰の悪口も言わないからでしょうね。老舗の暖簾を継いだだけの、典型的な三代目のバカ社長の我儘を、安心して罵倒したりできたのでしょう。
  
 しかし、支配人の健闘《けんとう》虚しく、社長と女将のお気に入りのコンサルの主張が通されてしまいました。
 アプローチの左右は水打ちされているというのに、なぜか中央だけが渇いている。まるで左右に大量の立小便をされたかのような趣《おもむき》が……。

 念の為に、私は市内の著名な料亭の玄関先を覗きに行きました。

 すると、仲居さんがアプローチにホースで水をじゃばじゃばに撒いてる場面に出くわしました。ほらね。やっぱりー。
 濡れた靴底なんて玄関に敷かれたマットで拭えばいいんです。

 かつての料亭には、お客様の靴を御預りする下足番さんがいらっしゃいました。
 ですので靴底が濡れていようが濡れていまいが、なんの問題もありません。

 近年になって、靴のままでお上がり頂く料亭の方が多くなってきた為に、元CAさんに多少の混乱が生じたのかもしれません。ですが、こんなことはググればすぐに解決できます。

 その手間ですら惜しんだかのように感じられ、私も非常に不愉快でした。
 だから、もうちょっと勉強してから出直して来てもらいたかったな。コンサルタントを名乗りたいなら。

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