コンパニオンVS仲居 第十二話
第十二話 コンパニオンVS仲居
企業の懇親会など、男性ばかりの宴席には、時々コンパニオンさんがいらっしゃいます。各卓にひとつずつ、コンパニオンさんのための椅子も用意します。
その日、私が担当する卓にも一人、コンパニオンさんが付きました。
まず、私がこの卓持ち仲居だとわかっているのに、しれ~っとしていて挨拶もない。自分が挨拶を受ける側だと勘違いされているようです。
この時点でカチンときました。
あなた方は呼んでもらっているんです。来て頂いたのではありません。
料亭は格を重んじてナンボの世界。
ここでは仲居の私達より、あなたの方が格下です。
それとも美人は自分から頭を下げるなんてこと、仕事でもしたことがないのでしょうか。
100%のやっかみで、ムカムカっとしていたところに、お客様にオーダーされたのか、彼女が焼酎の水割り入りのグラスを塗りの盆に三つ乗せ、私の卓に運んでいます。
えっ? 何? どうして? いつのまに?
パントリーの出入り口にいた私は慌てて自分の卓に直行しました。すると、コンパさんはお盆を卓に直置《じか》きしたじゃありませんか。私は思わず声を張ってしまいました。
「お盆をテーブルに直置きしないで下さい! 配膳台がありますから! 卓から一番近い配膳台にお盆を置いてから、グラスはひとつずつお客様の右手側に出して下さい!」
配膳の仕方もわかんねぇなら、オーダーなんか取るなよな!
お客様に頼まれたのなら、卓持ちの私に報告して下さいと、コンパさんに言いました。
なぜなら、お客様のグラスが空になったと致しましょう。
当然私は「お飲み物のご用意を致しましょうか?」と、お訊ねします。
その時、お客様に「さっき、あの子に注文したから」と、コンパさんを指さされたと致しましょう。
これは大変な無礼にあたります。
お客様に対して、仲居は基本的に『二度聞き』してはいけません。お客様だって、何度も同じことを聞かれたら、うっとうしいでしょ。それなのに!
私はコンパさんに「どの席のお客様から、どんなオーダーを受けたのか、全部報告して下さい」と言いました。コンパさんは、ぼけら~として突っ立って、はいとも、すみませんとも言いません。
あんたには口がないのか! と、腹の中で毒づく私。
そして極めつけに、お客様のお膳から、彼女は空になったお皿を勝手にパントリーに下げてきてしまったんです。
この時、私は怒りの沸点を超えました。
一枚だけ下げてきて、「これ、どうすればいいんですか?」と、私に言います。
つまり、次のお料理が出る前に、お盆を空っぽにしてしまったんです。
お盆にお皿が乗っていない状態を空盆《からぼん》といい、これも日本料理の作法に反します。
基本中の基本です。
和食の宴席に呼ばれることもあるはずなのに、知らんのか。
「料理とお飲み物に関しては、私が全部しますから。お客様へのお酌や歓談などをお願いします」
私は口からブシャーッと火を吐いて、鬼の形相になっていたはず。
忙しいのに、なんでコンパの世話まで焼かなきゃなんねぇんだよ。コンパニオンは用意された椅子に座り、ナイスミドルのおじ様方の武勇伝に耳を傾けるのが仕事でしょうが。
なんで一言も卓のお客様と話さないんだよ。
なんのために呼ばれたんだよ。
周りを見ると、主賓卓《しゅひんたく》についたコンパニオンさんは、お客様とお客様の間に膝立ちをして、お二方とお話をしていらっしゃいます。
さすがプロ! これがプロです。
床に膝立ちしていらっしゃいますから、膝丈のタイトスカートから伸びたふくらはぎと、ピンヒールがお美しい。
彼女は見事な宴席の華です。素晴らしい。
舞子さんも、各卓のお席についたら滅多に腰を上げません。
お客様のお話に、じっと耳を傾けていらっしゃいます。私達は舞子さんから「熱燗二本、用意して頂けますか?」などと、頼まれて用意をし、卓に運び、お酌は舞子さんに任せます。
話術がないなら、せめて卓に座っていてよ、と思いました。
彼女は手持無沙汰な顔をして、卓から少し離れた所でぼけら~として突っ立ってます。
美人が同席してくれたのなら、おじ様の方から話しかけて下さいますから。
そして私、もしかして立派なお局になってませんか?
なってますよね?
なっていました。完全に。
こうして局と呼ばれる女がまたひとり、料亭に誕生するんです。