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冒険ダイヤル 第15話 ゲームの始まり

みかんまんじゅうを食べたあと四人の高校生たちは夏休みの写真を見せ合うことにした。
静岡旅行に行った駿と陸は蒸気機関車の前で記念写真を撮ってもらったようだ。あっけらかんと笑って写っている。半袖の下に日焼けの跡が残っていた。
絵馬は二人で衣装交換したときの写真を見せていかに自分がセンスよく深海を変身させたかというコーディネートのコツなどを説明し始めたが、ファッションにうとい男子たちは「専門用語がわからない」と恐れおののいている。

「あんたたちの鉄道用語の方が圧倒的にわからないんだけど?」
「そんなはずはない」駿は深海に目をやって「な?」と助けを求めた。
「ごめん。私もC56とかスロフとかラックレールとか90パーミルとか全然わかんない」
「おれと魁人が話してるのをあんなにずっと横で聞いてたのに覚えてないのか?」
信じられないものを見るような目でにらまれて、深海はつい笑ってしまった。
「私が駿ちゃんたちの会話を全部理解してると思ってたの?」
「思ってたよ」
駿は心の底からがっかりしているようだった。

「りっくんは撮り鉄っていう人種なの?」
わからないなりに絵馬は情報収集を試みていた。
「そう、僕は撮れればいいの。乗れなくてもいいの。乗れたら乗るけど」
「どっちなのよ、なんだかいい加減だなあ」
「臨機応変って言ってよ。ところでエマちゃんさ、僕これからりっくんて呼ばれるの?」
「りっくんと駿ちゃんでいいよね?あたしのことはエマでいいよ」
「だったら僕もふかみちゃんのこと呼び捨てでいい?」
「それは待って。先住民の駿ちゃんに許可を得ないと」
「おれは別に…ふかみはどうなんだよ?」
「私は陸君がそうしたいならいいけど」
そんなことをあらためて聞かれるとどぎまぎしてしまう。
「あー、じゃあこうしよう。ふーちゃんっていう呼び方はあたしの特権ね。駿ちゃんもりっくんも、ふーちゃんて呼んだらだめ」
「なんなんだよ、その独占欲」と駿が呆れる。
「これを認めないなら駿ちゃんだって独占欲まみれってこと」
「別に独占してないし」
駿は絵馬の攻撃にたじたじだ。

深海はまだ駿とどのくらい親しく接していいのか手探りしていたのだが絵馬があっという間に距離を縮めていくのにつられて、いつの間にか次の休みにみんなでどこかへ遊びに行こうという話になっていた。

「いい感じに懐かしい雰囲気の駅があるんだ。エマちゃんとふかみちゃんも一緒に撮影に行かない?エモい写真が撮れるよ」
陸は風情のある古い無人駅の写真を見せてくれた。
「あたし新しいところのほうがいいな」
「新しいとこはこれからいつでも行けるよね?でも建て替えられそうな駅は今すぐ行かないと二度と見られないかもしれないよ。季節限定のお菓子だってそうだろ?」
「陸、そのたとえは変だ。季節限定のお菓子は人気が出ると定番になることもある」
「駿ってどうでもいいことにツッコむよね」

深海は寂しい風景は苦手だった。ただでさえ駿といるとつい感傷的になってしまうのだから。
「私も古い駅じゃないところがいいな。次に行ったとき失くなってたら悲しいじゃない?」
「悲しくならないようにきちんと見納めして別れを言うために行くんだ」
駿がそう答えると、絵馬は「へえ」と冷めた相槌を打って口をつぐんだ。内心はどう思ったのか後で聞いてみたいものだ。

「新しくはないけど当分消えそうもない路線ならどう?たとえば都電荒川線だったら車両もレトロで可愛いし、近くの遊園地にも行けるよ」
「りっくん、いったん鉄道から離れようよ」
深海もつい、りっくんと呼んでしまった。

陸はめげなかった。
「僕たちどうせどこへ行くのも鉄道を使うしかないでしょ。だったら乗ってるだけで楽しいところを選びたいじゃない?」
「荒川線は路面電車なんだ。路面電車って乗ったことあるか?一度乗ってみろよ」
駿までそう勧めてくる。

「沿線に可愛いカフェがあるなら行ってもいいよ」
絵馬が言うと彼らは高速でカフェを検索しはじめた。
「あるある、ほらここなんかどう?パンケーキが美味しいお店だって」
パンケーキの引力はすごい。
絵馬は早くも行く気になっているようでグルメサイトでおすすめメニューの値段をチェックしていた。

駿がお土産にみかんまんじゅうを選んだのは、深海と話して魁人を思い出したからに違いなかった。
浮かれた顔をしていながら駿と自分だけが重い鎖をぶら下げているような気がした。鎖の先は深い海の底に沈んだ同じ錨につながっている。

   *

その夜、眠れなくなった深海はフェイクニュース・ノートを手に取った。
最後のページまでくるとやっぱり心をかき乱される。
何か大事なことを忘れているような気がしてノートの最後の行をじっとみつめた。

 〈芦名魁人は世界一周の旅に出る〉

ウォークラリーの最後の謎解きの答えはこの町の名前だった。外国の名前の後にどうして鶯町を選んだのか少し違和感があった。
ひょっとしてウォークラリーのときにはもう魁人は町を出ていくのを予感していたのかもしれない。
黙って行ってしまったことが悲しくてまるで見捨てられたような気持ちでいたけれど、彼だって好きでいなくなったわけではないだろう。
両親の都合だったに違いない。
最後に駿ではなく深海に会いに来たのは、駿には隠し事を見抜かれてしまうからだ。
引き止められないように深海を選んだのではないだろうか。
自分は何も気付けなかったし何もできなかったのだ。
「ごめんね、魁人」
深海はノートの上に突っ伏した。

しばらく涙が流れるのにまかせていた深海は最後のページを濡らしてしまったのに気付いて我に返った。
「ああ…何やってるんだろ、私」
急いでタオルで拭き取ったが、ますます引っつれて紙が波打ってしまった。自分の馬鹿さ加減に腹を立てながらアイロンを出してきて丁寧に端から紙を押さえた。
するとページの余白が薄茶色に焦げてきて、深海はあわてた。
アイロンの温度が高すぎるのかもしれない。
設定温度を下げて一度アイロンを脇に置いたが、焦げた部分が妙にはっきりしていることに気が付いた。
 
よく見るとただの焦げではなく茶色の線が浮かび上がっている。
ドキドキしながらもう一度ページ全体にアイロンをかけた。思ったとおり、そこに魁人からのメッセージが記されていた。

《 171
 8月30日から9月5日 》

   *

「駿ちゃん、これって災害用伝言ダイヤルのことだよね?」
翌朝学校に着くとすぐに深海は駿のところへ飛んでいってノートを開き、勢いよく机を叩いた。
「この日付は体験利用ができる日なんだよ」
学校で配られた防災パンフレットを広げて見せる。大きな声をだしたので近くにいたクラスメイトがびっくりしていた。
「どうしたんだよ、急に」
学校で深海のほうから話しかけたことはなかったので駿は面食らっていたが、ノートに浮かび上がったあぶりだしの文字を見るとだんだんと顔色が変わった。

今日は9月2日だ。
駿は腕を組んで考え始めた。
「そういえばウォークラリーは十二月一日だった。体験利用ができるからこの日に決めたんだ。他にもできる日があったんだな。きっとこの日付けに171を聴けっていう意味だ」
「私もそうだと思って昨日の夜かけてみたの。でもつながらないんだよ」
ノートを前に黙り込んでいるうちに予鈴が鳴った。
授業なんて全く頭に入らない。早く休み時間にならないかとじれったい。駿の方を見ると彼も机の下で貧乏ゆすりをしていた。
休み時間がくると深海は駿を廊下に引っ張り出した。

「駿ちゃん、かけてみて」
スマホをスピーカーに設定して171にかけた。自動音声案内の通りに魁人の家の電話番号を入れたが、つながらない。
ふたりが頭を突き合わせて悩んでいると、後ろから陸がいつの間にか覗き込んでいた。
「ねえなにしてんの?僕も混ぜて」
無邪気に首を突っ込んでくる。
「ずっと連絡がつかなかった人とつながりそうだったのに、うまくできないの」

災害伝言ダイヤルについて簡単に説明すると、陸は「う〜ん?」とおでこをかきながら首を傾げた。
「それってさ、誰に伝言するのかどうやって指定するの?」
「相手の電話番号を使って録音する」
「その人は今でもその電話を使ってるの?」
「ああ…そうか、もう番号は変えてるだろうな」
駿はうなだれた。

「私があぶりだしに早く気が付いていればよかったんだ」
深海がつぶやくと駿は首を横に振った。
「ふかみのせいじゃない。おれがノートをちゃんと読まなかったから」
落ち着いて一緒にノートをよく調べるべきだった。

やがて駿は低い声で言い出した。
「こんなにあわてて電話したって、今さら連絡とれるはずない」
伝言は期間中に再生しなければリセットされてしまうのだ。五年前の伝言を聞くことはもうできない。

「あいつ頭いいくせに馬鹿なんだ。これで伝わると思ってんのかよ」
「そうだね。みんな自分と同じくらい頭がいいと思ってるんだよね」
ふたりが下を向いてしまったので陸はノートを持っておろおろした。
「あのさ、余計なことかもしれないんだけど、その魁人くんってどういう人なの?こんなやり方する意味がよくわからないよ」
「りっくん、ごめん、私たちも実はよくわかってないの」
陸は納得がいかない様子だったがそれ以上は言わなかった。

「そういえば、りっくんは駿ちゃんに用事があったんでしょ?」
暗くなった雰囲気を打ち消すように深海が尋ねると陸は少しほっとした顔をした。
「うん。今度どこに行こうか相談したくて」
「じゃあエマちゃんも誘うね」
放課後、四人はファーストフード店で待ち合わせすることになった。
過去にあった悲しい出来事よりも今から始まる楽しいことを考えたほうがいい、と深海は自分に言い聞かせた。

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