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とある覚悟の日

「入院する前に、もう一回会える…?」

自閉スペクトラム症などが原因で、なかなか社会に馴染むことができない彼は、これまで何度もトラブルを起こしてきた。
特に中学に上がってからは、周囲の理解を得られずかなり辛い日々を過ごしていた。

そんな彼が、閉鎖病棟に入院することが決まった。
その前に、もう一度だけ会いたいとの彼からの希望があった。
私は仕事の合間をぬって、夕方に少しだけ時間を作った。

彼は公園で、自作のラジコンを思いっきり走らせていた。
入院のことは何も話さない。
猛スピードで車体が駆け抜けた後には砂埃が舞い上がり、夕陽を浴びてキラキラと輝いていた。
モーターは激しく唸り声を上げているのに、なぜだか妙に静かだった。

彼は入院について、自らの意志で決めたという。
「これから社会の中で生きていかなければいけないから、そのために必要なことを身につけるためにいくのだ」と。
「そうか」と私は答えた。

13歳のその小さな肩に、彼は一体どれだけのものを背負っているのだろうか。
彼にとってこの世界は、苦しく、生きづらく、歯を食いしばり立ち向かっていかなければいけない世界だ。
きっと彼はこれまで、いっぱい傷つき、いっぱい悔しい思いをしながら、その重荷を背負ってきた。
本当なら、友だちと無邪気にTVゲームに興じているような年齢だ。
しかし彼は、この運命に立ち向かうと、その重荷を背負い続けると、この日決めた。

公園には誰もいなかった。
ただ一人、私だけがその覚悟を見届けたのだ。

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