未収録作品『手風琴』
『手風琴』現物を入手したのであらすじを書いてみます。いわゆるネタバレです。
※ストーリーの結末まで記載されていますのでご注意ください。また、何かあれば消すかもしれませんのでご了承ください。
<登場人物>
柔三郎(じゅうざぶろう)…主人公。予備校生。
飛鳥(あすか)…ヒロイン。柔三郎の従姉。
アレキサンダー…金髪に青い目の外国人。
少女…外国人の少女。
柔三郎の友人たち…予備校の仲間。
<舞台>
現代(1970年代)の日本
<扉の紹介文>
愛する心のせつなさが胸にしみいる珠玉作
<本編>
夜の海でボートに乗る素性不明の二人。
「殿下 砂浜の砂文字はあの女性に?」
「いまのわたしにはあれしか伝えるすべがない……」
(すまない……飛鳥 だが必ず君を迎えにくる わたしを信じて待っていてくれ…待っていてくれ……飛鳥)
海岸を走る少女と、それを追いかける少年。
「飛鳥姉さん!!」
「アレキサンダー アレキサンダーどこ? 返事して」
「飛鳥姉さん」
「や 約束したのよ 約束したばかりなのよ 黙って行かないって…つい……さっき……信じて…いたのに うそつき!!うそつき!!」
少女の足元には、砂で書いた文字があるが波で消えかけている。
(きれいで優しくてしとやかで、子供心にも飛鳥姉さんは、ぼくの理想の人だった そこへ、あんちくしょうがやってきて、事態はすべて変わっちまったんだ 最後のヤマトナデシコだった姉さんは、最新のプレイガールになってしまった 7年前の、あの晩を境にして…)
7年後。
道端で、友人たちの制止も聞かずに、通りすがりの外国人を馬乗りになって殴る柔三郎。
「やめろ!!おい!!柔三郎」
「アレキサンダーてめェここであったが百年目!!」
「No!! I’m Tom!」
「やめ!!柔三郎!!」
ボロボロになって慌てて逃げていく外国人。
「まーったく青い目のブロンドとみりゃつっかかってくんだから おまえのアレキサンダー病にも困ったもんだ!」
「アレキサンダーってのはおまえの何だい?親の敵か恋敵か?」
「かんけェねェだろ!」
「ああそうかい 友だちがいのないやつだ!!友情を信じないんだな!死んでしまえ!」
「短かったなよなぁ おしい雀友をなくしたもんだ マージャン…もといアーメン」
「わかったよ話すよ!!ガォワォクソォ」
「ほえるなって」
「思い出すのもけったくそ悪い」
柔三郎は過去の出来事を語り始める。
「おれが11の時のことだからあれからもう7年になるかな……
その夏休み おれは従姉の飛鳥姉さんとふたりきりで海辺の別荘で過ごしていたんだ 毎朝日の出をみるのがおれたちの日課のはじまりだったんだが ある朝……」
「きゃっ!!柔三郎ちゃんみて!!」
「外人だ!!」
「あいつはアコーディオンを浮き袋代わりにしてどこからか流れてきたんだ
引き上げてみると意識がもうろうとしているわりにしっかり歩くんで おれたちはひとまず別荘に運び入れた」
ベッドに男性を寝かせて、警察と医者の手配をしようとする飛鳥。
「駐在さんと それから少しケガをしているようだからお医者さまも呼んできてね」
「オーケー」
しかし男性が飛鳥の手首を掴む。
「……誰にも 連絡……するな」
「あ 飛鳥姉さんの手をはなせ!!」
怯える飛鳥。
「こわが……らないで 連絡……する なら……出て いきま……す」
何か事情があるのだろう、と察する飛鳥。
「いいわ 柔三郎ちゃん」
「でも 飛鳥姉さん!」
「だって柔三郎ちゃん この方が寝入っている間に この方の望まぬ行為をするのは やはり卑怯でしょ」
1日経って回復した男性。男性が元気になって喜ぶ飛鳥と、憧れの従姉との夏休みを邪魔されて不機嫌な柔三郎。
「お元気になられてよかったわ。 ね!柔三郎ちゃん」
(フン!なにが!! せっかくふたりきりで楽しくやってたのに)
「昨日は失礼しました それからこの指輪……売って使ってください……あ…あつかましいのですが できればあの…このままいま少し……おいていただきたいのです」
「図々しいぞ ケガがなおったらさっさと ン?これダイヤ?でっけェなー おまえどろぼうだろう」
「柔三郎ちゃん!! どうぞそんな心配なさらずに お金には困っていませんから」
「すみません おせわになって」
(今にして思えばずいぶんりゅうちょうに日本語を話していたから
留学生かなんかだったんじゃないじゃないかと思うんだ)
「サツにたれこんでやろうか でもそんなことして飛鳥姉さんに嫌われたらぼく……」
(ふたりの間にどんな会話が交わされたのか詳しくはしらないし よく覚えてもいない…… ……でもふたりは……)
「飛鳥」
「はい」
「飛鳥」
「はい」
日を追うごとに親しくなっていく二人。
アレキサンダーが来てから2週間が経ち、ケガは治ったのに一歩も家を出ないし自分の事は一切明かさないから、きっと悪党だ、と日記に書く柔三郎。
「それにあいつときどき けんかの前みたいなすごい目をする 飛鳥姉さんは女だからわかんないんだ」
(そりゃ一見紳士風ではあるけれど だけど絶対くさいぞ なにかある)
居間からアコーディオンの音が聞こえてくる。
「アコーディオンは陽気な音楽だとばかり思ってましたけれど なんだかさびしいわ」
「かなでる手ときく耳は心に左右されます アコーディオンにあたる日本語はないのですか?」
「たしか てふうきん といっていたと思いますけど 今はあまり使っていません」
「どういう字を書きます?」
「手(て) 風(かぜ) 琴(こと)」
「そのほうがいい 日本語は美しい」
見つめあう二人。
「飛鳥」
「は はい」
飛鳥に口づけをするアレキサンダー。それをうっかり見てしまう柔三郎。
「そんなことがあってから 二人は夜だけ人目を忍んで浜辺を散歩するようになったんだ おれ 飛鳥姉さんを横取りされてあったまきてたんだけど 飛鳥姉さんの幸せそうな顔みてたらなんにもいえなくてよ それにあいつも本気のようにみえたんだ 本気のように見えたんだよな くそ!」
「遊びだったってわけか」
「ある晩 二人が浜辺にいる時 家から電話がかかってきて おれ呼びに行ったんだ」
「飛鳥姉さん どこォ 電話だよ」
浜辺で何かを話す二人。
「4句は悲しすぎる」
「だって…だって悲しい歌しかできないわ」
「電話だよ 飛鳥姉さん」
「あ…はい…」
柔三郎に見つかって顔を赤らめる二人。
「それきりさ 浜辺にもどってみると やつは消えていた あんにゃろう おれが呼びにいく直前に飛鳥姉さんに約束したばかりだったんだぜ だまって姿を消すようなことはしないって その舌先もかわかぬうちに消えやがった!恩知らず!」
「そうすっとアレキサンダーの素性も なんもかも わからずじまいの しれきれとんぼちゅうことか」
「残酷だな わけのわかんないままふられたんじゃ アレキサンダーにも何かわけがあったんじゃないのかい? ま それにしたって一言もないってのはあんまりだけど」
「で おまえの飛鳥姉さん どーなった?」
「ウ・ウン…飛鳥姉さんは古風な育てられ方をしたし そんなふうに人に裏切られたのは初めてだったから…」
クラクションの音。すっかりプレイガール風の外見になった飛鳥が車でやってくる。
「あれっ?飛鳥姉さん」
「ハイ柔三郎ちゃん 1週間ほど君のアパートに居候させてね」
「えーっ!?どうしたっていうのさ」
「四面楚歌!! すばらしくしつこいのにつきまとわれちゃって特大閉口よ めんどうだから逃げてきたってわけ」
「しつこいのって また気のあるそぶりしてからかったんだろう」
「まあね 退屈しのぎに5 6人!」
「君たち この子すぐ遊びたがるからよく指導してね 麻雀なんか猫に鰹節なんだから」
「お おれ浪人中だぜ そのためにアパートまで借りてるのにサ そ そんなことするかよ!なあみんな は・は…」
「ははは(苦しい笑いだ)」
「フフフン 冗談ポイよ 楽しく生きた方が勝ち!! 鍵!」
ふたたび車で走り去る飛鳥。
「な なんか すごいな」
「み 魅力的ではあるけれど 悪魔的だ 危険がいっぱい」
友人たちに平手打ちをくらわす柔三郎。
「ばーろーっ!? てめーら昔の飛鳥姉さんを知らないくせに!」
「そういったって柔三郎ちゃん 現実を見ろ現実を!!」
「アレキサンダーをぶんなぐるのは賛成だけど それであの人もとにもどるかい」
「どうしたらいい?どうしたらいいと思う?」
「そ そんなにまじに迫るなよ おれ達にわかるわきゃないだろ」
(そうだよな おれだってわからなかったんだ 7年間ずっと……
そんなにふっきれないもんあんだろうか それとも ふっきったからこそ あんなふうに生きるようになったんだろうか わっかんねェ…)
「あ いっけね 飛鳥姉さんにいい忘れた!! ガス栓ぶっこわれてるんだ!」
柔三郎の部屋でファンシーケースの上にスーツケースを置き、悲しげな表情で物思いにふける飛鳥。
「飛鳥姉さん 暑くても日本茶飲むから アセッアセッ 飛鳥姉さ……」
スーツケースに手をかけたままうなだれている飛鳥。
「?だいじょうぶ?」
「ただのたちくらみよ 忘れ物?」
「ン いい忘れ…ガス栓こわれてるんだ 都市ガスはあぶないから…」
「心配してくれたの?わたしを? ほんとにちっとも変わらないのね わたしの止まり木(パーチ)さん」
「hello!!」
玄関のドアを開けて立っていた柔三郎の横に、いきなり金髪の少女が現れる。
「ワッ!横文字!!」
ニコっと微笑む少女。
「わたくしお願いがあってまいりました たいへん困ってます」
「に、日本語話せるんじゃん!」
「困ってるって?」
「わたし アメリカンスクールの生徒です 現代日本女性の意識構造について各自調べてくるよう宿題がでました 路上でアンケートとろうと思いましたが みなさん言葉がだめだといって逃げてしまいます さきほど女の方がこの家にはいられるのを見ておたずねしました」
「変な宿題ね…… とうとうと流れでた日本語はまるで暗記したもののようだし……」
「いいじゃないアンケートぐらいなら 困ってるようだしさ」
「フン しかたないわね 家主の顔をたてましょう あなたね 東京には人喰い狼が山ほどいるんだから こういう訪問はここきりになさいね」
「はい」
心の中で(わりと良識あるじゃない)と考えている少女。
少女が持参したカセットレコーダーを使って質問が始まる。
「お年は?」
「25」
「ご趣味は?」
「つれづれなるままにいろいろと」
「人生に対する姿勢は?」
「虚無……」
「将来の夢と希望は?」
「夢や希望は私のものじゃないわ 私は運命(さだめ)のものよ」
「結婚について一言」
「無関心…」
「か 考えられたことはないのですか」
「皆無…人間嫌いなのよわたし 人間と深くつきあう気はないわ 自己防衛ね」
「あなたを愛する人があなたを望んでも?」
「わたしはだれも望まない」
「いま 愛してらっしゃる方はいないんですか」
飛鳥の脳裏にあの海岸が思い浮かぶ。
「次の質問をしてちょうだい」
「だれも愛してらっしゃらないんですか」
「そうよ フフン 愛なんてばからしいわ」
青ざめる少女。
「きみ たちいり過ぎるぜ」
「ご ごめんなさい」
「柔三郎ちゃん頭痛薬ない?」
「あ 明日またうかがってもよろしいですか」
「あら気にしないで 私の頭痛は年中なんだから」
「あしたまたきます」
慌てて部屋を出ていく少女。
「へんな子!! なんじゃいありゃあ!ずいぶんなもののいいようじゃないか!!」
「若いだけよ いい子だわ あの頃の女の子はみんな潔癖症でね 私みたいなのはたまらないのよ 私もそうだったんだから」
ファンシーケースの上に置いた荷物に目をやる飛鳥。
(人が…人が悲しいのは孤独だということを知っているから それに気づいても気づかなくても みんな ほんとうは知っている だから一人きりから 孤独から にげようと 友人を恋人を 懸命に求める… 助け合い かばいあい 慰めあい 生きてゆく お互いがお互いの止まり木になって…… 止まり木のない人は悲しい 止まり木になれない人はもっと悲しい 群から離れてたった一人 思い出だけにすがって落ちるまで飛ぶしかない そして そんな人が持っている思い出は…… 悲しいものにきまっている…… よそう 何も考えたくない これ以上じぶんを嫌ったらもう生きていけない)
「飛鳥姉さん 頭痛ひどいの?薬買ってこようか 顔色悪いぜ」
柔三郎を見つめる飛鳥。
(みんな…みんな私から離れていったのに ただひとつ折れずに受け止めてくれる小さな止まり木)
「ありがとう ありがとうね」
「? ? う うん …じゃ買ってくるよ…?」
金髪の少女が車に乗っている。
(ショック!ショック!報告書以上に!想像以上に!“愛なんてばからしい”ですって なんて人!!)
夜になり、ベッドに横になる飛鳥。柔三郎は受験勉強をしている。
「ね ラジオの電池切れちゃってるけど眠れる?おれ歌でも歌おうか?」
「薬飲んだからグッスリよ」
「薬はやめろよ それにしても静かだと眠れないなんて……ほんと変わってるな」
(……聞きたくないから 忘れ… 波の音を聞きたくないから…… ほら……また聞こえてくる …忘れたいのに…)
まどろむ飛鳥は7年前のことを思い出している。
「日本語に訳せば連想詩とでもなりましょうか わたしの国の詩人や恋人たちの遊びです 第1句をわたしが吟じますから それから連想して第2句を吟じて下さい」
「わたしにできるかしら」
海にむかいて 海のみを眺むるものはなく
過ぎし日々をその波間に眺む
よせる波音も 時に波音にあらず いとしき人のささやき声
かえす波音もまた ときに悔恨の独白(モノローグ)
4句は悲しすぎる
だって
飛鳥…
はい
いまは何も話せないが信じてくれ わたしは後悔するだろう あなたを愛したことではなく あなたに思いをうち明けたことを
約束します
もう一度 飛鳥 詩を…
飛鳥姉さん電話だよ
あなたはわたしを休ませてくれる止まり木だ
目をとじて思いのうちに打ち沈む
この思いのうちに うち寄せる 息絶えだえの楽音のもの哀しきは手風琴
その旋律は昼ににて その余韻は夜に似る
それは出会いしなの別れの予感… ひいてゆく波の音
約束します 飛鳥 いまは何も話せないがけっしてあなたを裏切らないと
約束します 飛鳥… 信じてください…
アレキサンダー アレキサンダー どこ!?
アレキサンダー
ア…
「飛鳥姉さん!!」
「ひどい夢を」
「アレキサンダーのこと 呼んでた…」
「呼んでたんじゃないわ ののしってたのよ やーねすっかり忘れてたのに」
アパートが地震で揺れだす。
「地震だ!!外へ!!飛鳥姉さん!! ここの1階はやばいんだ 飛鳥姉さ…」
地震はすぐに止んだが、飛鳥はスーツケースを抱きしめてうずくまっている。
「そのスーツケースと心中する気かよ ぶっつぶれなかったからいいようなものを」
「それいつも持ち歩いてるけどサ なにがはいってるんだい」
クスッと笑う飛鳥。
「女ってあさはかね あわてるとなにをするか…これランジェリーがはいってるのよ 見る?」
赤面しながら柔三郎は(わっかんねェな飛鳥姉さんって……)と考える。
次の日。
「予備校休んで半年ぶりに掃除してまってるのにこないわね あの子…」
「へんないい方よしてくれ!おれはいつだって飛鳥姉さんのナイトだからね あの子がまた変な質問したらとっちめてやるんだ」
「わたしはこんななのにどうして心配してくれるの?昔のわたしはもういないのよ」
「いまだの昔だのってこだわるこたないよ 人間なんてかわるんだから」
(フン おれはいい時ばっかつきあうっての好きじゃねェんだ)
「じぶんの心なのになぜ思うようにならないのかしら 人間失格だわ」
「元気出せって 考えこみすぎるんだよ 飛鳥姉さん」
「私に優しくしないで そんな価値ないんだから……」
そこの昨日の少女がやってくる。
「昨日は失礼しました わたしはセラティといいます 今日はお話があってきました」
「はなし?」
「サーレシアというギリシア沖の島国をご存じですか?」
「くわしくは知らんけど かつての皇太子がクーデターを起こして独裁者をぶっつぶしたってとこ?予備校の女の子たちが騒いでた」
「はい 国民が人質のようなものでしたから 彼らに牛耳られて以来ここに至るまで7年かかりました」
「7年……」
そうつぶやき、何かに思い当たったような表情の飛鳥。
「そうです日本に留学中だった兄が載っていた船を爆破され暗殺されかかったのも7年前」「船…爆破 けが!海!あいつか!あんちきしょーアレクサンダー」
柔三郎を平手打ちするセラティ。
「兄の侮辱は許しません 兄は時の皇太子 現国王 アレクセイです」
「こ 国王!?」
「じゃあ女の子たちが騒いでいた皇太子ってのが」
「兄がじぶんのことをなにも話さなかったのは じぶんとかかわったことであなたに災難がふりかかるのを恐れたからです 長い地下活動で兄をささえ続けたのはあなたへの愛でしたのに あなたを信じてがんばりとおした兄でしたのに 最近あなたの周りにつきまとっていた者たちはわたしが手配した調査員です」
自分に付きまとっていた男たちを思い出し、動揺する飛鳥。
(あのしつこい連中…)
「あなたに関する報告をきいても信じられず兄より一足早く会いにまいりました いっそご結婚されていたら」
「やり方がきたねェぞ!!なんでェ!いきなり姿消して7年もほっぽっといてよくもそんなことがいえるもんだ」
「兄の言葉を信じなかったのはそちらでしょう」
「ことば?」
「いえ ごめんなさい “まっていてくれ”というだけの不確かな言葉を信じつづけろというのがそもそも無理な話なのですから でもしかたなかったのです あの夜 突然敵方に囲まれた兄が残せる唯一の方法が砂文字だったのです 兄はそれでもあなたならきっと待っていてくれると」
「ちょっとまてよ 砂文字ってなんのことだ」
「兄が浜辺にかいた砂文字です “まっていてくれ”と」
「そんなものなかったぞ」
「ほんとうにごらんにならなかったのですか?」
「な 飛鳥姉さん もしかしたらあの夜あたりから満ち潮だったんじゃない? もし……ね…その砂文字を見ていたら…」
「フ…関係ないわよそんなもの 見ようと見まいと あんな昔のこと!! でも…ふうん…メルヘンチックでいいんじゃない?おきさき様なんてサ 王さまがまだその気なら遊んであげてもいいわよ ン?」
「飛鳥姉さん!?」
「あ 兄はテープも報告書も信じませんでした でもいまのあなたの言葉をきけばきっと」
「フフ 録音なさいよ もういちどいってあげるから」
そこにアレキサンダーが現れる。
「飛鳥……」
「アレキサンダー」
「お兄さま ここへは明日いらっしゃると」
「こ…な…いで…」
飛鳥の顔に触れるアレキサンダー。
「何も信じないぞ きみが変わってしまうはずがない」
「約束したおぼえはないわ 束縛されるのは大きらい わたしはみてのとおりよ」
「波間にあの日々ばかりをみてきた 二人で作った連想詩をおぼえているだろう」
「フン!いっさい記憶にございません」
「手風琴はどうした?」
「捨てちゃったわ」
(おかしい!あんな言葉使いをする飛鳥姉さんじゃない なにを考えている どこまでが本心なんだ?)
「お兄さま もうやめて」
「満ち潮に気づかず申し訳ないことをした 私を恨んだだろう?君の悲しみの日々をつぐなわせてくれ 私の気持ちはすこしもかわっていない」
「しょってるわね 恨んだおぼえはないわよ 正体もわからない人を本気で好きになるわけないでしょう?一夏のプレイ それだけのことだったわ いまさら… いまさら…愛情のおしつけなんてめいわくよ」
「し 信じられない それは君の本心か!!」
「あー まずったわ うまくとりいって妃におさまれば有名になれたのに」
「飛鳥姉さん!?」
「なーによ みんなして不景気な顔しちゃって 柔三郎ちゃん わたし踊ってくるわよ お人よしの王様!!お幸せにね」
「なんてことだ」
外に出て塀にもたれかかり、泣く飛鳥。
(ア…… アレキサンダー だって だってああするよりしたかないじゃない… あなたの手は変わってないのにわたしは…わたしはこんなだもの…)
走り去る飛鳥。それを見かける柔三郎の友人たち。
「あれ?おいあの女性(ひと)柔三郎の」
場面転換で部屋の中。
「いってくれ柔三郎!ほんとうにあれが飛鳥の本心なのか?」
「わ わからないよ 飛鳥姉さんは7年前から心を閉じたままなんだもの だけどさっきの様子はいつもとちがう」
「ちがうってどう!?」
アレキサンダーに詰め寄られて後ずさる柔三郎。ファンシーケースにぶつかり、上に置いてあった飛鳥のスーツケースが落ちてくる。
「お兄さま うえ!!」
落ちて来たスーツケースを手ではねのけるアレキサンダー。
スーツケースが開いて出てきたのは手風琴と、何かを書き留めた紙だった。
「これは…いったい…」
「あ 飛鳥姉さんのスーツケースだよ いつも鍵かけていつもそばにおいていた… な なにが“捨てた”だ!! くそ ばーろーめ だから地震の時これをかかえて動かなかったんだ」
セラティが落ちていた紙をアレキサンダーに渡す。
「お兄さま これ…」
「連想詩だ!!」
期待に満ちた表情のアレキサンダー。
(…飛鳥…やっぱりきみは…)
飛鳥を追いかけるために外に出ようとすると、柔三郎の友人たちがやってくる。
「おい 柔三郎 おまえの飛鳥姉さ……ン?」
「青い目ブロンド…もしや?」
「誤解はとけたんだ さきをいってくれ」
「様子がへんだからあとつけたらタクシーに乗ってどこかにいっちまったぞ」
「泣いてたみたい」
「いくぞ柔三郎」
「いくってどこへ?」
「きまってる あの海岸だ 飛鳥の心がどんなに屈折していようと この手風琴がすべてを物語っている そうだろう?」
(そうだ!!それが答えだ!裏切られたと思い込んでいた飛鳥姉さんはアレキサンダーを最後まで信じようとしなかったじぶん自身をいまは許せないんだ!プレイガールへの転身はごまかしだ!なんでエその実変わらずに愛し続けていたんじゃないか)
「わたし…わたしが飛鳥さんを追いつめてしまったんだわ 恥ずかしいわ うわべだけ見て……」
「泣かなくていいよセラティ きみのおかげかもしれないんだから」
(す 素直ないい子じゃん!ムフ それにアレキサンダー……こいつも思ったより熱血漢タイプのいい男だ! あーあ おれの初恋もいよいよご臨終だな アーメン)
海岸にたたずむ飛鳥。
(止まり木を折ってしまった ああどうしよう ここまできてようやく気付くなんて わたしはあなたに同じことをしてしまったんだわ あなたの愛がわたしの思い出をきれいなものに変えてくれたのに わたしはあなたの思い出をつらいものに変えてしまった もうとりかえしがつかない… 7年前のここでの日々とあなたの止まり木を折ってしまった今日を背負って……また生きてゆくのだろうか 生きてゆけるのだろうか)
アレキサンダーが近づいてくる。気づく飛鳥。
アレキサンダーは持っていた手風琴を海に投げ捨てた。
悲鳴を上げ、慌てて手風琴を取り戻そうとする飛鳥。
「飛鳥!!あれは私ではない!! 私はここにいる 飛鳥……わたしはここにいる 呼んでくれ 答えるから」
「ア……」
(フン!思い切ったことしてくれるよ さてさて…拾いにいくか 最高のプレゼントになるぞ…)
The End
<最終ページの欄外コメント>
7年の空白をうめて、今、ひとつの愛が…
<勝手に考察>
未収録の理由は不明ですが、冒頭で柔三郎君が無実の通行人に暴力行為働いているのは完全アウトです。路上で馬乗りになってぶん殴ってます。それが未収録の理由だったりして?
水樹節(今、勝手に名付けましたすいません)全開という感じのモノローグが多く続きますので、元々自分の作品を見返すのが恥ずかしい先生にとっては封印したい作品なのかもしれません。そこがいいのに。
<超個人的な感想>
序盤、あれだけ思慮深い態度を見せていた飛鳥さんなら、漂着時のアレキサンダーの状況(外に出ない、警察病院にも知らせないでと懇願する)を考えて、いなくなった=誰かに連れ去られたと考えそうなものだけど、そうすると物語が始まりませんので突っ込むのはナンセンスですね。あと、飛鳥さん、すっかりプレイガールな見た目になって実際、飲酒・喫煙・夜遊びなどはしていたようですが、身体的には堕落してない(婉曲的表現)と思います。だって水樹作品ですもの。
そこらへんは置いといて、中盤の飛鳥とアレキサンダーが連想詩を交わす場面は水樹作品の中でも屈指の抒情的なシーンだと感じました。