未収録作品『その名も耶蘇君!!』

『その名も耶蘇君!!』現物を入手したのであらすじを書いてみます。いわゆるネタバレです。
※ストーリーの結末まで記載されていますのでご注意ください。また、何かあれば消すかもしれませんのでご了承ください。

<登場人物>
斎木秋緒…主人公。父の都合で入学させられた青竹高校に馴染めず、飼い猫のミイを心の拠り所にしている女子高生。

東条耶蘇…秋緒の通う学校に転入してきた少年。天真爛漫、天衣無縫な性格。

ミイ…秋緒の飼い猫兼友達。たびたび外へ脱走する。性別は不明。

秋緒の父…私立青竹高校の教頭を務めている。秋緒を青竹に入学させるが、そのせいで秋緒との仲がギクシャクしており悩んでいる。

秋緒の母…夫と娘を優しく見守る穏やかで家庭的な女性。

木崎…青竹高校の校長の息子で秋緒のクラスの担任。秋緒を狙っている。女生徒からは人気があるが、耶蘇が転校して来てからは自分の人気が耶蘇に移ってしまったと思い逆恨みする。

同級生たち…富裕層の子女で、進学も就職も心配ない、今で云うパリピタイプの生徒たち。しかし、性格が悪いわけではない。

番長グループ…耶蘇を目の敵にしている不良たち。

<舞台>
現代(1970年代)の日本

<扉の紹介文>
巻頭カラーでおくる長編ラブコメディ!
★転校生の耶蘇君は、とびきりやさしくとびきりハンサム。だけど、頭の方がチョット変わっているの…!?

<本編>
もうすぐ高校2年生に進級を控えた春。秋緒は脱走した飼い猫のミイを探していた。猫の鳴き声が聞こえる角を曲がると、そこに居たのはミイを抱えた少年。さっきの鳴き声はこの少年が発していたのだった。

ミイを秋緒を渡し、「にゃい にゃい(バイバイ)」と言って去っていく少年に、秋緒はあっけにとられる。帰宅して事の次第を両親に語る。

「…というわけなの」
「信じられないわ 人見知りのはげしいミイが知らない人の腕の中で眠ってたなんて…」
「信じられないのはその男の子よ 眠ってるミイのかわりに ニャーニャーって返事してるんだもん」
「そろそろ春だからな 変なのがでてくるんだ」
「失礼ね!ちっとも変じゃなかったわ」
「あ 赤くなったな 赤くなったな 秋緒!! 結婚なんてお父さん絶対許しませんよ!!」
「お おとうさんたら」
「ひ 飛躍しすぎです教頭先生!!」
「う 家ではお父さんと呼んどくれってば!!」

すぐ思考が飛躍する父を教頭と呼ぶのは、秋緒のささやかな抵抗だった。

「転校させてくれたら敬意をこめておとうさんと呼ばせてもらいます」
「転校なんてとんでもない!!教頭の娘が転校なんかしたらますます青竹高校の評判がおちるでしょう!!」
「評判なんかとっくに地べたはってるわよ 青竹高校!!別名アホダケ高校はできのわるい金持ちの子供のふきだまりだって」
「あ あほだけ」
「だ だからできのいいおまえに刺激剤になってもらいたくて入学させたんじゃないか 青竹のように のびやかに しなやかに まっすぐに」

父の教育に対する情熱は分かるが、そのせいで自分が青竹高校に入学させられてしまったことに秋緒は不満でしょうがない。
同級生はみな富裕層の子女、大学もエスカレーター式だし就職もコネが利くブルジョワばっかりでやる気がない。昼休みもクラブでも一人きり、放課後に同級生と遊ぶこともなく、いつも孤独を感じている。

「ねェミィ」
「にゃー」
「友達はおまえだけよ」
「にゃい にゃい」
秋緒の脳裏にあの少年の顔が浮かぶ。
「にゃい!? なによーこのー にゃにゃ にゃひひ」

次の日、いつものように秋緒は渋々登校する。
(わたしってアホアレルギーになってしまったみたい あー転校したい!!同じレベルの人達と知的な会話がしたい!)

そこに担任の木崎先生が現れる。

「やあ おはよう秋緒君!!」
「あ…おはよーございます木崎先生」
「最近きみそっけないな 君が教頭の娘でぼくが校長の息子だからって特別意識してさけることはないのだよ」
「別にわたし 特別意識していませんけど」
「No!! 君は意識しているのだ!!ぼくの日記にはそうかいてある」
「きゃー木崎先生 きゃー きゃっ きゃー 木崎先生 おはようございまーす」
「やあ!!おはよう」

(フン!!八方美男め)

「先生は学校が楽しそうですね 教えがいのない生徒ばかりだっていうのに」
「そりゃー君…」
(君がいるから…こっち向け!!見ろって!!君の好きな知性がほほをそめている…)

「先生!!全女生徒にもててうれしいのはわかりますけど赤面するなんてみっともない!!校長にいいつけますよ」

父の事を出され、みっともないと言われ、ずっこける木崎先生。

授業が始まるが、教室内では男子生徒がボール遊びをしたり、喫煙したりとやりたい放題。秋緒の後ろの女生徒同士はいつものように恋愛話をしている。
「ねーェあたしまた婚約しちゃった」「で いつ解消するの?」
「あたしは木崎先生だけ」

そんな会話しかできないのか、うるさいとイライラしながら、秋緒は昨日出会った少年のことを思い出している。

(あの人… ……近くに越してきたのかな…
“あの人とならエスプリのきいた会話ができそう”
…なんて勝手に理想化したりして)


同級生が、うちのクラスにすごい美形の転入生が来るだと騒ぎだす。

(また白痴美がひとりふえるのね う…頭痛が)

しかし教室に入って来たのは、まさかの昨日の少年だった。

「えー 急なことで先生も驚いたのだが仲よくやってくれたまえ 名前は東条耶蘇君 PTA会長の旧知のお孫さんだそうだ」

「ぼく むずかしいことはいっさいわかりませんが 仲よくしてください」

「きゃ~~~~~」「あほでもいい」「美しければすべてが許されるのよ!!」
色めき立つ女生徒たち。絶望する秋緒。
「あ あの人も アホだったのね」

「しつも~ん 耶蘇ってキリストさまのことでしょー 東条君はクリスチャンかなにかですかー」

「そういうふうに勘違いされる度に 今は亡き名付け親の祖父がなげきましたのでちゃんと説明します」

「耶は耶馬台国からとりました 祖父は自分がその子孫だと信じていたので… 蘇はソ連を意味します 祖母がソ連の人だったので…ふたりともとてもいい人でした おわり」

「すってき じゃ、1/4ロシアの血が入ってるのねー」
「きゃー きっと貴族よ!」「しびれるヴォイス!!」

説明を終えた耶蘇がふらつく。
「きゃーーーっ」「耶蘇さまどうしたの!?」
「む むずかしい事言ったので頭痛が…」

予想を超えたアホさに絶望する秋緒。

(こんなのってあるう~っ アホダケ高校にだってあんなアホいやしないわよ~名前負けよ~キリストのたたりよ)

気が付くと教室が静まり返っている。
「ン?」
秋緒の目の前に、耶蘇が立っていた。

「猫さん 元気? ぼくたち もう友達だものね 名前おしえて…」
「…… さ 斎木秋緒…」

そのやりとりを見た女生徒たちが口々に「わたしの名前もおぼえてー」とまた大騒ぎを始める。

「う~む いっぺんには覚えられない」

男子生徒は「おもしろいのがきたな!」「からかいがいがありそうだ」と、耶蘇をいじりの対象にしようと思っている様子だ。

女生徒はさっそく「男生徒の嫉妬から耶蘇さまを守るためにファンクラブを作りましょう」と言い出したり、耶蘇の隣の席を奪い合ったりする。

収拾がつかなくなった教室で、木崎先生がポーズ付きで「し 静かに みんな黒板をみなさい 授業だ こっちを向いて!!知性こそ美しい!!」と呼びかけるが誰も見ない。今まで自分が女生徒の人気を一心に集めていたと思っていたのに、その地位が危うくなって慌てている。
「ぼ ぼくの地位が 全女生徒のあこがれの地位が」

「あっあっ秋緒君はあんなバカに近づいちゃいけないよ ばかがうつってしまう」
「わ わかっています」

学校から帰宅して、秋緒は今日の出来事に思いを馳せる。

(アホはもう食傷!! でも …意識してさけるのは意識してることになるから「わたしは少女趣味じゃない!!」ということを再確認して…認識しましょう …あの人の目…緑がかってたわ)

「教頭先生!!」 
「はい!! な なんだ秋緒…おどかすな」
「どうして今日あたしのクラスに転入生が入ること教えてくれなかったのよ!!も も もう あ あ あんな」
「おとうさんも今日知らされたのだ」

「なんでも 小さい時両親をなくして祖父母に育てられたらしいんだが そのおふたりも亡くなられて今は親戚の世話になってるらしい 世話になってるっていっても遺産が山ほどうなっているってことだから 苦労してるわけじゃなさそうだからね」

「苦労してるって顔じゃないわね 平和が人間のお面かぶってるみたい」

ボクタチ モウ トモダチ ダモノネ

友達…

(フン!勝手にきめないでよ 友達ってそんな簡単になれるものじゃないわ)

次の日の朝、駅前では赤い羽根募金が行われていた。
「赤い羽根にご協力くださーい」「ありがとーございます」

興味深げに近づいてきた耶蘇にドキッとなる女生徒だが、耶蘇はすみませんぼく今日お金ないんですと告げる。そして耶蘇は登校後、校内で自分のファンクラブを立ち上げる。

「入会金は二千円!!」
「耶蘇さま みんなにお言ばを」
「大好きです みんなのこと」

熱狂する女生徒たち。
そのやりとりを見て、秋緒はまたアホなことをやってると呆れていたが、近くに番長グループが来ており、耶蘇を敵対視している会話を立ち聞きしてしまった。
「たまに学校きてみれば めずらしく活気にみちてるじゃないか」
「あいつ こわしがいのある顔してるじゃん 卒業記念にかわいがらせてもらおうぜ」
「卒業式まで待てねェよ」

(や 耶蘇くんが番長グループに目つけられてる)
「どうしよー」

委員長として本人に知らせようとするが、耶蘇がファンクラブ会員の頭にキスをするサービスをしているのを見てしまい、忠告する気を失くしてしまった。
(頭うたれてりこうになりなさい もう一切関知しませんからね)

秋緒の顔に、風で飛んで来た校内新聞が張り付く。
びらっ 
「ぶっ」

「号外!! 号外!! 東条耶蘇のマル秘記事が載ってるよー 一部300円 アップの写真つき 斎木さん!!それ返してよ 風で飛んじゃったんだ どうせ読まないんだろ」

何故か300円を払ってしまって、自分が分からないと混乱する秋緒。

「ねェー号外みせてよー 売りきれちゃってサー」
「へェー小さいころはご両親と一緒にヨーロッパを転々としてたのー!?」
「七歳の時階段から落ちてアホになったんだってな おもしろいやつだ」
「でもそれまでは神童って呼ばれてたのよー」
「じゃもういっかい階段から落ちたら神童にもどるかもね」
「きゃーははは まーさか」
「でも神童の方があってるわよね なんたって耶蘇さまだもーん」

(神童のままだったらよかったのに…)

木崎先生は耶蘇が日に日に学園のアイドルになりつつあるのが気に入らず、さらに敵意を燃やし始めていた。
「いびってやる!! いじめてやる!! 恥かかせて泣かしてやる アホのくせにヒーローになるなんて許せない!!」

(それにしても耶蘇君…どこ行っちゃったんだろう)

始業時間になっても耶蘇が教室に現われないのでクラスがざわつく。

「東条耶蘇はどうした!?さっきまで校庭にいただろう」
「それがファンクラブの入会金もって校門でていったきりなんです」
「トンズラかよ」「もちにげー?」「30万は集まったんだろう?」

木崎先生はここぞとばかりに耶蘇を攻撃する。
「そ そらみろ それがやつの正体だ みんな目をさませ 美しいアホは金に目がないと醜栄社(しゅうえいしゃ)の辞書にかいてあった」

秋緒は思い余って「主観で辞書を冒とくしないでください」と抗議してしまう。

そこに耶蘇が現れる。上半身全部に赤い羽根を纏った異様な姿。
「きゃーーーっ」「赤い羽根!?」「きゃー?」
「耶蘇さま どーしたの?その赤い羽根」

(なななに?この人 アホの上にキ印だったの?)

この場面、個人的に水樹作品の中で最もカオスだと思います

「や 耶蘇さま も もしかして ファンクラブの入会金でその赤い羽根を」
「ぼくは一つでいいって言ったんだけど みんなでつけてくれたんです こんなにいっぱい」

(そりゃそうよ 30万円も寄付すりゃ…)

と とにかく君は みんなから集めたお金を みんなを無視して使ってしまったんだな君はなんて勝手な人間なんだ!!」

「かって…」
「え?え?」

「先生もこの赤い羽根買ってください そしたらぼくまた明日赤い羽根が買えます 気の毒な人のために みんなも買ってくれますか?ぼくはこの赤い羽根とってもきれいだって思うんだけど…」

みんなびっくりして教室は静まり返る。

「み みんな あきれてるじゃないか みんなのお金で買ったものを またみんなに売りつけようなんて そんなしょーもないこと よくも思いついたな」

「すみません ぼく いけない事ってわからなくて…」

「わたし 買います 耶蘇君…」
「秋緒!!」
(はっ や やだ!! わたし どうかしてる…)
「ありがとう秋緒」
(だって… ほんとに赤い羽根がとってもきれいにみえて)

Chu

「え?」
耶蘇は感謝の気持ちなのか、秋緒の手の甲にキスをした。
それを見てクラスメートは大騒ぎ。

「スクープ!!」「キャーッ」「才女陥落す 男も顔の時代 アホバンザイ」「わたしも買う!!」
「赤い羽根ってなんとなくナウよー」「わたしも買うから耶蘇く~ん」
「席につけーっ ヤケクソだーっ ぶつぞーっ」
「委員長!!耶蘇さまF・C(ファンクラブ)の会長になってー!!」
「グッドアイデアだわー ねぇ耶蘇さま」

「委員長が入ってくれたら はくがつくもん ね!! ね!! ね!!」

「よ… よ よして わわ わたし ファンクラブなんて入りません ばかにしないで そんなくだらないことに使う時間があったら勉強します」

・・・・・・

「ばかにしてるのは委員長じゃない!! そうよねー いつだってそんな目であたしたちをみてるわ」「そうよ」「そうよ」「そうよ」

あたし…みんなのこと…ばかにしてた…

友達なんかできるわけない 自分から壁つくってたんだ それもトゲトゲの壁 それでみんなのこと チクチクさしていたんだ

その日、秋緒はすっかり自己嫌悪に陥り、自分の部屋で落ち込んでいた。
階段を下りて居間に行こうとすると、両親の会話が聞こえてくる。

「なあ おかあさん 秋緒はもうずっとわしのこと おとうさんとは呼んでくれないつもりかね わしは非常に ヒジョーに寂しい…」
「あの子があんなにいやがってるんですから 転校させてあげたらどうです?きっと前のようにおとうさんて呼んでくれますよ」
「だがなー わしは青竹がかわいい 秋緒のほうがもっともっとかわいいがなー つらいなー」

それを聞いてますます秋緒は自己嫌悪に陥る。

(もういや!! あたしったらサボテンみたい!! 守るふりしてみんなにトゲさしていた)
唯一の友達である猫のミイは今日も家から脱走している。
(ミイ!! どこいっちゃったのよー あたし おまえになぐさめてほしいのよー)
ミイを探して外に出ると、曲がり角でミイを抱いた耶蘇にぶつかる。

「ご ごめんなさ  あ 耶蘇君」
「やあ このねこさん ぼくが気にいったらしくて」
「にゃ」
「あ!?」

何故か耶蘇は上半身素っ裸の状態。

「や やや やだわ どうしてそんなかっこしてるの 風邪ひいちゃうじゃない!!」
「大丈夫!!きたえてありますから」
「きゃーーっ そ その傷どうしたの すすごい… 迫力…」
「おじいさんが 頭がダメならせめて体をきたえろって… …それでおじいさんと真剣試合してる時に ぼく よけそこなってしまって…」
「真剣… タラ~~」
「ぼく 頭使うスポーツは苦手なものだから」
「そ それはともかく 洋服はどうしたの!?洋服は!?」
「寒そうにしてた人がいたのであげました」
「あ あげた?」
「遠慮深い人でズボンの方は受けとってくれなかったんだけど」
「絶句!!」
「もうじき春といっても まだ拭く風は冷たいから…」

通行人が耶蘇を見て笑っている。

「そんなのん気なこと言ってないで 早く家へ帰った方がいいわ みんなが変な目で見てくじゃない!!」
「どうしてかな」
「ど どうしてって…」
「ぼくは 君の名前しか覚えられない」
「え?(ドキン)」
「あそこがぼくのすんでるアパート」

耶蘇が指さした先にあるのはとてつもなく古いアパートだった。

「え?アパート!? うそ!? だって耶蘇君てすごいお金持ちだって」
「若いうちは少し苦労した方がいいって 親戚の人たちがひとり暮らしさせてくれてるんだ となりの食堂もおいしいし…」

隣の食堂も、アパートより輪をかけてボロボロだった。
大丈夫だろうかと秋緒は耶蘇を心配する。

「はっくしょん」
「秋緒の方が風邪ひきそうだな ぼくがあたためてあげましょー」
「あたたたたた」
(こ この人 邪念はないんだ)
「だ だいじょうぶ… 家へ帰って薬のむから」
「早く帰った方がいいよ あした日曜だし ゆっくり寝てればなおります」

「にゃい にゃい」
「にゃいにゃ…」
耶蘇の言動につられて、自分も猫語であいさつしそうになるが、通りすがりの子供たちがそれを見て笑っているのに気づいて慌てて止めた。

(や 耶蘇君といるとこっちまでおかしくなっちゃう)

(あした… あしたお父さんて呼ぼう… ごめんね 今夜練習するの なにせ1年ぶりだから… おとうさん おとうさん おとうさん おとうさん)

秋緒の心はすっかり軽くなっていた。


※長くなったので次の記事に続きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?