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【連載小説】黒い慟哭  第7話「汚物遊戯」

それじゃ、朝会を始めるぞ。
矢神優《やがみすぐる》が司会を進行する。この男が作業長という立ち場でこの工場では、そこそこの権力を持っている俺達の上司である。
 今はまだ若いが、この男は社長の息子でいずれその地位にくりあがる男だ。今の社長である矢神哲郎《やがみてつろう》は二代目であるが、哲郎が会長になり優が社長になれば、大体の工場は三代目が会社をメチャクチャにしてその代で会社を潰すとよく言われている。というのも二代目社長の哲郎はお金には厳しく客先などの揉め事やトラブルの時も話し合いで事を収めようとする。それ以外でも必要経費とみなした物にしか経費を出さない。一ミリでも必要がないと感じたら、びた一文も出さないのに対して優はトラブルをすぐお金で解決したがる性格だ。昔に多いタイプの人間だ。
 優は俺達より5歳年上だ。適当な性格は頑張らずとも自動的に出世できる安心感からではないかと思うのだがそれがかえって、他の社員の不安要素でもあった。会社が無くなれば自分達は途方に暮れる。
 つまり、生活に困るのだ。
朝会も終盤に差し掛かり安全唱和のため、起立した時に「城木はどうした! 誰か知らないか?」悠介と賢治が目を合わせた。それを見た優がこちらに向かって「たしか、お前ら城木と仲よかったよな?」
あとで連絡する旨を伝え「今日も安全第一で無災害」いつも三回唱和する。朝会が終わり悠介がロッカーの方へスマホを取りに行った。
『金属加工株式会社ヤガミ』では、過去にスマートフォンを操作中の脇見でロールに巻き込まれる事故があった。それ以来、現場にスマホの持ち込みが禁止されている。
 その被災者は命は取り留めたものの、右腕を失ったという。安全唱和を3回するのも注意力が散漫にならないように体に染み込ませるものだと、過去の事例の教訓なのだ。
 賢治も心配そうについてきた。
「勝のヤツ、電話に出ないな」
寝坊か? 珍しいな?
「日曜日に撮った動画もまだアップされていないし、あの夜のアイツの挙動も異常だったよな」賢治が険しい顔で言った。
「たしかに! 心配だよな、今から、アイツの家まで行ってみるか?」悠介は異様な胸騒ぎを感じていた。
「だなぁ、許可を取りに行こうぜ!」
2人は事務所に直行した。
事務所のドアを開けると重苦しい雰囲気の中デスクが向かい合わせに6つ置かれていた。手前にパート事務員の山口さんが必死にキーボードを叩いている。
 2人の姿を見るなり山口さんが怪訝そうに見てきた。おそらく仕事の依頼かクレームを言いに来たのかと思っていた。
この工場特有の事務所と現場の一線引いた見えない『壁』で仕切られているのだ。
 2人はそのまま通過して一番奥のデスクで書類に目を落とす矢神優がいた。
「矢神作業長! 城木は電話に出ません!」
悠介が眼鏡を上げながらいった。
「まだ、寝ているのか? たるんでるヤツだな!」書類から目を離して立ち上がった。
「心配なので、俺達で城木の家に行ってみます!」
腕時計に目を落とした矢神が溜め息をついたあと口を開いた。
「いや、2人とも行かなくていい!」
「高松と木口は持ち場に戻れ。アイツの家はここから近い俺が行く!」
アイツに何かあったら、俺にも責任がある。そう言ってドアに向かった。
矢神が振り返り早く持ち場に戻れ! 呆然とする2人に強く叱責した。
2人は残念そうに肩をすくませ現場に向かった。
 1台の社用車が城木の住むワンルームマンションに向けて発進した。

 利用客が絶えず列をなす友香が勤める銀行ではめずらしく客足が途切れた。
「先輩なんか雰囲気変わりましたね?」
 友香は聞こえていないのか書類の整理していた。
「黒川先輩!」森口は再度呼んだ。
「えっ? なに?」亜美は友香の仕草が白々しく感じた。
「無視しないで下さいよ先輩! 何かあったんですね?」そういいながら亜美からは、見えにくい左薬指を確認しようと背を伸ばしたり縮めたりしている。
「さっきから何よ?」怪訝そうに目の端で訴えた。
「だって、黒川先輩ったら名前呼んでいるのに反応ないから何かあったのかなぁと思って」どうでもいい雑談に花を咲かせて話せるほど暇ではない。
強いて言えば面倒それだけだった。
「べ、別に何もないわよ!」婚約指輪をしてくるはずもなくため息をついた。
すると、自動ドアが開いた。
話を中断できるいいきっかけが生まれた。
「こちらにどうぞ」お客を自身の窓口にうながした。今日は利用客が少ない整理券など皆無なのだ。亜美は無言で正面に顔を戻した。
 利用客が途絶えた時、課長が吠えた!
「佐藤はなぜ来ていない!」
「誰が! 知らないか!」と首を辺りに振りながらわめいている。
その場にいた一部の社員が気になるなら自分で何とかしろ! 微妙な空気が流れた。
すると、1人の社員が「寝坊でしょ?」と呆れるように云った。
別の社員は「先週は何だか浮かれていたから、彼女でも出来たんじゃないっすか?」と面白半分で口にした。
すると課長が富山《とやま》を睨みつけ注意した。
 これには、富山もさすがに怯む。
蛇に睨まれた蛙のように肩をすくめ自重した。課長を敵に回すほど馬鹿ではない。
その地位は一般社員が束になっても勝てやしない。
 その後しばらく課長の視線を背中に受けながら、仕事をした。課長がスマホを耳に当てたその時だった。 

「ちょっと、いい加減にしてくれる!」
静かな店内に怒号が響いた。
窓口は、ともかく隣のキャッシングコーナーにまで声が響き渡り一斉に視線を集めた。
「さっきから、何なのよ! 人の事ばかり気にして、あなたには関係ないでしょ!」
友香が立ち上がり森口を責め立てていた。それを見かねた課長の顔がみるみる青ざめていく。
急いで二人のもとへ駆け寄り小さく縮こまる森口の肩を叩きジェスチャーで慰める。
「黒川君、ちょっと奥まで」課長が後ろの扉を指で指した。
 友香の背中にあっかんべーをする森口亜美の子供っぽさに富山が笑った。
扉を出ると喫煙所がある裏手に出た。今から課長の説教が始まるのかと思い溜め息が漏れた。以前、悠介との電話でも訪れた場所だった。
 ちょっと、黒川君、困るよ大声なんか出して、お客様もいるんだから! と社員に問題があればこうして叱責される。
「すみません」と一礼した。
でも、どうしたんだい? 黒川君が大声なんか出してよっぽどの何かあったのかな?
「あの、私……どうしても彼女とはどうも合わないみたいで」うつむきながら本音をこぼした。
課長は溜め息をつき「分かった、配置替えを検討する」そう言って踵を返した。ドアノブに手をかけたところで振り向き「早く入りたまえ、外は冷える」ドアを開けて待っていてくれた。
 噂によると課長は厳しいがアメとムチを上手に使う。「失礼します」一礼して中に入ろうとした時、課長の左手が私のお尻を撫でるように触れた! その手つきは慣れていた。
「きゃっ! 何をするんですか!」
課長が不気味な笑みを浮かべていた。
(セクハラおやじ)
小走りでその場を去った。
窓口に戻ると富山が森口を慰めていた。
森口がキッと涙目でこちらを睨んできた。
(富山君、お気の毒に)泣き真似なんて迫真の演技ね。
なんだか女優さんみたいねと呆れた。
森口が泣きながら課長のもとへ向かい何やら話をしている。その次の瞬間、私の神経を逆撫でした。頭を撫でながら反対の手でスカートをめくり上げタイツ越しにお尻をまさぐっていた。 
「今日の森口は体調がよくないようだ。今日は早退する!」代わりの佐藤もいない、富山が代わりを勤めろ!
この会社の闇を見た気がした。課長に逆らえないとわかってやりたい放題だった。
 課長が森口の肩に手を回して二人が出ていった。行き先は大体わかっていた。
 気まずい雰囲気がひしひしと伝わる窓口の業務を富山と2人でこなしていた。
富山が大丈夫ですか? と声をかけてくれた。
「ありがとう」一言添えたあとすぐに「ごめんなさい」と詫びた。
「僕はへっちゃらですよ」富山が笑顔で返してくれた。
気まずい雰囲気を少しでも明るくしようと彼なりに考えてくれたのだろうが、効果はなかった。
 昼食の時間が迫っていた。午前中は佐藤君は出社してこなかった。今日は休むのだろう? それくらいにしか思っていなかった。

 しっかし、勝のヤツ大丈夫かよ?
「まだ出社してこないぜ!」
悠介と賢治が食堂で食券を買っていた。
悠介はカツカレーを賢治がきつねうどんを注文した。
 優のヤツも家に行ったものの居留守を使われて大変ご立腹だしな。
何で緊急連絡先を使って親に連絡しないんだろうな? たいして心配してねーのかもな。
「まぁ、どうせトラブルが起きたら金で解決しようって腹だろうし」
「たかが作業長がいい身分だよな、社長に話つなげつーの」二人は愚痴をこぼしながら、ゲラゲラ笑っていた。
「ここ、座ってもいいかな?」突然声をかけられた。
「どうぞ! どうぞ!」 と裏返った声がハモった。
声の主を見て二人は姿勢を正した!
『矢神 優』だった。
一体どこまで聞かれていたのか、二人は恐る恐る話を聞いた。だが、それには触れられず城木の車についての話だった。
 勝の車はたしか黒の軽ですよ。たしかワゴンRだったようなぁ? あまり詳しくないので、うろ覚えですが……
「ワゴンRか!」
その軽が家の駐車場に止まっていなかったというのだ。2人は顔を見合わせた。
 その時! 食堂のテレビからニュースの速報が流れた。

【それでは、速報です! 先程ムラサキ公園に不審な黒の軽が長時間停まっていると通報がありました。日曜日に同じ車が一度停まっていたことから、不審車両という事で辺りの捜査を行いました。現在車の持ち主を調査中との事です。何か分かり次第続報を入れます】
 賢治がテレビを睨みつけた。続きをよこせと言わんばかりにうどんを一口啜った。
その途端に悠介が「勝が何か事件に巻き込まれたんじゃ……」眼鏡を外してテーブルに置いた。

「課長……私の家まで送って下さる?」得意の上目使いで相手を翻弄する。
「あぁ、いいとも!」ニヤけ面で言った。
このような経緯で亜美の家に招かれた課長の運命は佐藤隆史よりも過酷で凄惨さを極める事態になる事をこの時はまだ、知る由もなかった。
                
 課長がリビングに入った瞬間から上着を脱ぎネクタイを緩めていた。
奥の部屋からなかなか出てこない亜美に苛ついた課長がリビングから口を開く。
「森口早くしてくれないか!」カッターシャツを椅子に掛けた。
「私はすぐ、仕事に戻らなければならない」ベルトを外した。
奥の部屋から返答がない。
「私を早く満足させろ! そしたら給料の査定を改めてもいいんだぞ!」ズボンを下ろした。
「おめかしなんかしなくていいぞ!」椅子に腰を下ろし靴下を脱いだ。
「おい! 何とか言ったらどうだ!」肌着を脱ぎ捨てた。
ブリーフだけになり準備万端だと言わんばかりに急かした。
「課長……リビングの電気消して下さる?」
奥の部屋から聞こえる声に荒い鼻息でスイッチを押した。
この男は53歳で独身だ。バツすらついていない正真正銘の孤独者なのだ。もし自分に娘がいたら亜美くらいの歳だろうか?
(ふっ、そんなことはどうでもいい)女を抱けるチャンスはめったにない。久しぶりの生の女体だと口角を曲げた。
奥の部屋のドアが開いた。
妖しいシルエットが課長が鼻の下を伸ばして亜美の姿を凝視していた。
 佐藤隆史の時と同様に男性物のカッターシャツにショーツ姿を披露した。
興奮した課長がテントを張ったブリーフを揺らしてこちらに向かってくる。
その姿を捉えた亜美は奥の部屋に誘うように課長を誘導する。暗闇に吸い込まれた。
 森口亜美を押し倒しベッドに沈んだ瞬間、布団とは違う感触がした。それは、どこかナイロンのような感触だった。
課長が怪訝そうに視線を細めた先にはブルーシートが敷かれていた。
そんな事より暴走した右手が亜美の乳房を揺らした。
その刹那背中に激痛が走った!
 痛みに跳ね上がりのけぞったあと腹部に激痛が走った! 課長が前後に白い吐息を吐きながら激しくのたうち回っている。
腹部に突き刺さっていたのは、赤い柄のハサミだった……エアコンがついていない部屋の寒さが痛みを倍加させた。
 そのまま半回転して仰向けで倒れた。
かろうじて息をしている課長の眼球に二枚の刃が迫る。すると、亜美が口を開いた。
「課長、ダメですよ!」不気味な影が視界を覆った。ハサミの切っ先が今にも眼球に触れそうだった。
「そう簡単にやらせるわけないじゃないですか」色を失った瞳が一層闇を濃くした。
「も、森口、何を言ってるんだ?」
「独身の人間がいつ死んでも大丈夫よね?」
その言葉を発した森口の表情が怪物に見えた。そのあと、視野が暗くなった。
(痛い……何も見えない……)
ハサミで両目を潰されたのだ!
しばらくすると、亜美がベッドの脇に立っている気配を感じた。
右の太ももをハサミで何度も突き刺した。「何なのよ! あの女!」振り上げられる度に血しぶきが飛び散った。
 牛乳瓶の中から残りのムカデを菜箸で取り出している。無理矢理口の中にそのムカデを投入するとガムテープで出口を塞いだ! 両手、両足をバタつかせ、身をのけ反らせ左右に身をよじらせたりして忙しなく動いている。
 喉奥を異物が這い回っている。唾液を呑み込み喉が上下に動くたびに奥へとさらに奥へとムカデの進行速度が速くなる。
時折、食道に噛みついてくる鋭い痛みが走る! 再度腹部にハサミを突き刺すと刃を横に広げた。傷口が横一文字に鮮血を滲ませた。課長がうめき声を漏らした。
 横に開かれた傷口を支点に次は縦方向にハサミを入れた。感触はまるでぶ厚いゴムを切るような弾力がありその道中骨に当たり進行を妨げたが、軌道を変えながら少し斜めになったが、胸部まで切開することができた。切り込みに指をねじ込み力いっぱい左右に開いてみる。バリバリと布テープを指で千切る音に合わせて課長の背中がひときわ大きく弾み手足の痙攣が断続的に続いていた。
「私が何をしたっていうのよ!」殺気に満ちた双眸が狂気を生んだ。
「ただ、お話がしたいだけなのに!」課長のうめき声が漏れた。まだ、息があるとは生命の神秘を感じた。
 課長の体が理科室の人体模型のごとく露出した。腹部を見る。風船のようにパンパンに張った大腸の働きが固形物を肛門へ押し出すように蠕動している。8メートルはあろう大腸の動きをくまなく鑑賞していた。
 やがて、それにも飽きてハサミの先端を大腸に突き刺す! ソーセージをフォークで刺す感触と同時に糞便が吹き出し粘膜がダラリと垂れた。腸壁が破裂したのだ! 悪臭も気にせず亜美は何かを待っている。
それは、先程口に入れたムカデが腸を通過する瞬間を待っていた。
 まだなの? そろそろ来る頃でしょ?
ムカデを腸に導くためにハサミで胃袋の機能を止める。もし、胃で足止めをくらっていたら胃酸で消化さてしまう! そう、亜美は体内の中から、弱らせず生きたままムカデを救出しようとしているのだ!
 別にスペアのムカデだから死んでも構わないが、どうせならしっかりと遊びたい。
すると、腸の内部から盛り上がっている箇所を発見した! それが、下へ下へと動いている。先程破裂した箇所から
糞便に混じってモゾモゾと頭を出したムカデがこちらを見ていた。
亜美は菜箸でおでんの大根をカットするように大便を左右に割った。救出したムカデを摘むと『キュウッ』と鳴いた。
 その鳴き声がかわいくなかったので余計に腹が立った。
課長の裂いた臓器の上に先程のムカデを生きたままハサミで細切れに切断していく。のたうちながら体を丸くして菜箸によじ登ろうとするが、ムカデのカラダが一口だいにカットされどんどん短くなっていく。ムカデの一部がパラパラと機能を停止させた臓器の上に落ちていった。
 そのままブルーシートの上でハサミによる解体作業が始まった。

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