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【連載小説】真・黒い慟哭第5話「殺戮の斧」

 毎日アルファードの位置を変えて3日が経ったある日、助手席の刑事から肩を叩かれて目を覚ました。
ラジオを指していた。俺は耳を澄ませて聴いた。
【繰り返します。トンネル近くのマンホールの中から女性と思われる遺体が発見されました。昇降用のハシゴに引っかかった右脚から見て犯人に切断されたあと証拠隠滅を図ろうとマンホールの中に死体を遺棄された女性の衣服からは警察手帳が発見され高井紗絵(49歳)と判明しました。なお扁平になった頭部がトンネルを抜けた一軒家の郵便受けに押し込められており『ポストから人の髪の毛のようなものがはみ出している』と不審に思った通行人が警察に通報したことで、今回の事件が発覚しました。】
 ラジオにしがみついた牧瀬が苛立ったように舌打ちをした。
「俺としたことが! どうりで繋がらないわけだ!」別行動は高井の提案だったが、それを了承した自身に当たり散らかした。
しまった! 犯人は反対側にいる! 3日間も張り込んだことが無意味だったのだ! (五階からどうやって外に出たんだ?)なんてマヌケな。世間に知れ渡ったら恥をかくレベルではない。助手席の刑事に見張りを任せるように肩を叩いて牧瀬はトンネルの方向へ走っていった。
(犯人は複数いる可能性が高いのか?)刑事とはどんな時でも常に疑う組織だ。
トンネルに着いた時にはすでに息が切れていた。
マンホールの蓋が半開きになっていたので、ライトを照らして中を覗いてみる。ライトの光が届かないのか奥までは見えなかった。見える範囲でライトを走らせるとハシゴにぶら下がっている右脚それにいたるところに血痕がついていた。トンネルの中は肌寒く強い異臭が漂っていた。固唾を呑んで歩を進める。ライトを照らす手が震えていた。犯人はトンネルを抜けた先にいるかも知れないのだから、いっさい気が抜けなかった。300メートルほど続いたトンネルの出口を慎重に出るとすぐさま左右に気を配り人の気配がないか確認すると安心して一歩踏み出そうとした瞬間だった! 『誰かに見られている』そんな気がした。
 なんとなく犯人と遭遇する気がした。
刑事の勘とかそんなものではない! 現に視線を感じながら歩いているのだ! 後ろでもなく側面からでもない。視線を感じるのは正面である。
だが、眼はいつも以上に冴えわたっているが何も捉えられていない。
(オカシイ? 何かがオカシイ?)
前方の一軒家で血の付いた郵便受けを見つけた。
その郵便受けは口が少し広く郵便物を入れやすい構造になっている。中を確認しようにも臭いが酷かった。大きな荷物も容易に入るだろう。犯人はこの家の郵便受けの口が広いと知っていたのか?
家の周辺を見渡すとわりと広い庭に駐車場には黒い車が止まっていた。表札には岸本きしもとと書かれていた。
「あの……?」突然背後から声をかけられて思わず驚いてしまったが、振り返ると家の住人だろうか? 若い女の子が立っていた。
「あの……刑事さん、犯人は捕まったのでしょうか?」女の子が呟いた。その右手には大量の血が付着していた! 
「その右手は?」その問いに郵便受けを指して示してきた。
(なるほど、ここの住人の娘さんか)と思い犯人はまだ捕まっていませんので家の中にお戻り下さいと呼びかけると女の子は不吉な笑みを浮かべた。
「あの、ご両親はいらっしゃいますか?」
うなずいた女の子に「じゃ、呼んでもらえるかな? 事件のことで色々聴きたいので」女の子が家の中に入りしばらくして出てきた。玄関から手招きしている。入って来いというのだ。
 家の中に入ると「リビングに居るよ」と呟いた。牧瀬を先頭にリビングに入るとそこは阿鼻叫喚の血海になっていた。
肉片と臓器が散乱して足の踏み場が無かった。リビングに一歩足を踏み入れると異臭が鼻腔を刺激した。辺りを見渡すと背後の影が壁に伸びたシルエットが振り上げたが振り向いた牧瀬の目に映ったのは振り下ろされてからだった。
 視線の正体がわかった。それからは何も思い出せなくなった……
犯人は捜査を撹乱させるために刑事の死体をペースト状になるまで、すり潰して家族の遺体と混ぜた。刑事の着ていたスーツを細かく切り刻み警察手帳とスマホだけ持ち去って行った。

 助手席に座っていた刑事が牧瀬の帰りを待ちわびていた。車から降りるとポケットからたばこを取り出して火を点けると煙を吐き出しながら、アルファードの前を行ったり来たりして落ち着きがなかった。あれから3時間が経過していた。
団地の方はおっさん数人が出入りしただけで、それ以外は特に動きはなかった。本当にこの場所で合っているのか? 疑いたくなるほど何も起きなかった。
牧瀬に電話をかけても留守電に切り替わるだけだった。立っているだけで汗が吹き出るので車の中に戻ることにした。
 エアコンの吹出口に顔を近づけハンカチで汗を拭いていると団地の踊り場に頭が見えた! 誰かが階段を降りてきている。4階から女性が降りてきた。その女性は赤のワンピースに黒のラインが入ったタイトなワンピースに赤いピンヒールを履き紙袋をぶら下げてアルファードの脇を通過した。刑事は悟られないように目の端で女性の姿を追いバックミラーで後ろ姿を確認すると、手帳を広げ目を落とた。
【大阪の大通りから脇道に入った一棟しかない団地の五階に住む女子中高生を張り込め!】
 女子中高生? さっきの女性は明らかに化粧がケバく感じたので、中学生はないだろう? メモと違う4階の住人だ! 関係なくはないと思いスマホを取り出して念の為、電話を入れる。
「もしもし、片桐かたぎりです。現在、張り込み中で4階の住人が先程外出しました。服装は赤と黒のツートンのタイトなワンピースに赤のピンヒール姿です。牧瀬がまだ帰ってきてないので高橋さん応援お願いできますか?」
高橋が管轄が違うが少しだけならいいと、ありがたいことに来てもらえる事になった。
 通話を切りおっさんが1人また1人と階段を上がっていく。みんながみんな5階を目指している。
(5階の部屋におっさん? 女子中高生?)
なるほどな。高橋さん達は殺人事件を追っているが、俺と牧瀬は女子中高生のパパ活を張り込んでいるのか? そんなバカバカしい! 窓を開け煙を吐き出してシートにどっしりと深く腰掛け態度をLにしてダッシュボードに足を持ち上げるとふてくされた。
運転席から窓ガラスを叩く音がして振り向くと若い女性が「片桐さん、たばこは外で吸って下さい」頭を掻きながら、助手席から出ると車の後ろから高橋が団地を見上げていた。「高橋さんお疲れ様です」と予定より早く着いた事に困惑しながら、高橋に口を開いた。
「高橋さん、いくらなんでも中学生のパパ活の見張りなんて」言葉を濁すと「違う! この団地の5階に住む女子中学生が殺人鬼の可能性が高い!」ハッキリそう言い切ると片桐を睨んだ。
「4階の女性は動きがあったんですが、五階にはおっさんが出入りしてるだけで今のところ動きはありませんよ」
「トンネル内で高井が殺人鬼に殺られたんだ!」片桐がギョッとして、牧瀬が一人で向かったことを伝えると「バカヤロー! お前は刑事失格だ!」真里花まりかと残って張り込んでろ! 語尾を荒げて走り去っていった。
「そんなに怒らなくても高橋さんの言う殺人鬼は5階にいますよ」高橋さんも歳をとったなぁと思った。
 額の汗を拭いながら、一気に駆け抜けた。トンネルを越えた辺りから空気が変わった。
例の血まみれの郵便受けを見つけると部屋の中に入った。玄関が開いている。
こういう時は要注意だ! 犯人が潜伏している可能性が高いのだ、慎重な足取りでリビングまで進むと目に飛び込んできた光景に愕然とした! 
 血肉のヘドロがいたるところにと飛び散っている。(一体、何人分だ?)
ペースト状の中に黒い切れ端がいくつも散りばめられていた! ハンカチで口を押さえながら摘みあげる。(間違いない。スーツの切れ端だ)直感に頼るしかなかったが、牧瀬が殺されたなんて思いたくもなかったが、俺はまた部下を守れなかった、名森、高井に続いて牧瀬までもが犠牲に一体、俺の周りの人間をどれだけ殺せば気が済むんだ! 怒りが押し寄せると同時に自責の念が覆いかぶさってきた。
すぐさま本部に伝えて応援を要請した。

家を飛び出した輝樹が木口賢治きぐちけんじと合流していた。お互いが引き寄せられるようにこの団地に来たのだ。最初2人は別々に張り込んでいたが、最初に話しかけたのは賢治の方だった。お互いの事情を話した。輝樹は玲香の事、賢治は垂れ目の女の事、すると意外な事に輝樹はその女の事を知っていたのだ! 
「ここに住んでいるのか?」賢治が様子を見ながら聞いた。
「はい、間違いないです! この団地に僕のクラスメイトの玲香って女の子が住んでいます。そのおばさんとは知り合いみたいでバスで刑務所がどうこうって話をしていました」壁に背を預けた賢治が「そのババァは何か持ってなかったか?」
「玲香と話をしている時にチラッとムカデが見えました。おそらく木口さんが探している女性だと思います」即答で答えた。
「垂れ目の女だ! 当時のニュースでアホほど顔を見たんだ! 忘れもしねーよ」
ビビって距離を取る輝樹にすまんと右手を立てた。
「高橋さんには伝えている。あの女を見つけたら連絡が来るようになってるから、俺達はできるだけ安全な場所で待機するぞ!」頷いて2人は素早く移動した。ビジネスホテルの一室を借りることで解消した。賢治が支払いを済ませて一番安い部屋にスタンバイした。
それはを監視できる場所だった。
しばらく双眼鏡で様子を見ていると、やたらとおっさんが5階に出入りしているのが目立ったが、この時まではそれがパパ活とは思わなかった。
「ちょっと見ていてくれコンビニで何か買ってくる」そういって賢治が出て行った。僕は双眼鏡を手放すことはなくずっと団地の方を見ていた。
 賢治がたばこを吸いたい理由で買い物と言う口実で外に出ると薄闇が広がり雲行きが怪しくなった空を見上げると「もうこんな時間か」と呟きコンビニを探しながらフラフラしていると女性の悲鳴が劈いた!
 その場所に向かうと買い物袋を持ったワンピース姿の女性がしゃがんで目の前に落ちている箱の中身を何度も斧で振り下ろす人影があった。その女性は泣きながらバラバラに切断され絶命した何代目かの百丸の姿に身を挺して庇った時、振り上げられた斧が止まった。グッと力を溜めた斧が物凄い勢いで振り下ろされた。
 女性の首めがけて打ち込んだ。女性の悲痛な断末魔が響きわたった。だがギロチンのように簡単に首は落ちなかった。首骨で止まったナマクラな切っ先を抜き振り上げる。前傾姿勢で倒れ込む女性のもげかけて今にも落ちそうな首めがけて再度打ち込んだ。鈍い音を立てて地面に落ちると、転がった垂れ目の顔がこちらを向いていた。
 その後も執拗に女性の体を刻むと満足したのか人影はしばらく傍観していた。
残ったのはフルティーな香りだけだった……
賢治の復讐心が萎えるとジワジワと恐怖が迫り嗚咽を押し殺して高橋にメッセージで伝えた。
震える指でメッセージを送り終えたあとすぐに輝樹から連絡が入った。画面を見ると『5階に動きがありました!』すぐに向かうと送り高橋の声が背後から聞こえた。
「賢治くん! もうすぐ本部から応援が到着するからここは任せて! それまで彼女を説得してみる」
「よろしくお願いします! 向こうでも5階に動きがあったみたいなので、片桐さんに対応してもらいます。沢北輝樹が心配なので、僕はそちらに向かいます」
高橋が背中越しに右手を上げた。それが合図で駆け出した。

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