【連載小説】真・黒い慟哭第6話「ありえない誤算」
ビジネスホテルの部屋に着くと双眼鏡越しで震える輝樹の背後に声をかける。
「玲香がおじさんと腕を組んで出てきました」涙目で訴えてきた。1階に降りてきてまだ何やら話している。
「おれの復讐は終わったよ……あっちで殺人鬼が現れた。今、高橋さんに説得してもらっている、俺達も片桐さんに合流するぞ」その号令に輝樹も決着をつけるために動いた。
アルファードに着くと運転席に片桐さんがハンドルを握ってすでに玲香をマークしている目付きだった。助手席に真里花が座ってキョロキョロと目が泳いでいた。どうしたらいいのかわからずにいるのだ新人刑事にはよくあることだ。
片桐がドアから降りると賢治にうなずき玲香に向かっていった。玲香は場所を選ばずおじさんとイチャイチャしていた。お互い離れるのが寂しいのか接客タイムは続いていた。片桐の接近に気付くのが、遅れた玲香が危機感を感じたのか、目が合うなり一目散に逃げた。すかさず追いかける片桐は体力には自信があった。
「待てぇ! 止まれぇ! コラァ!」逃走犯を追いかけるベテラン刑事の悪い口癖だ。
相手を威嚇しながら、背後から恐怖を煽る事で相手の速度を緩めることができるちょっとした小技だが、これは若い子ほど効果が抜群で早くも減速した瞬間を見逃さなかった。追いつき肩に手を掛けたとき、「ごめんなさい!」2人は速度を下げ惰性のまま止まると肩で息をしていると思いもよらない言葉が飛んできた!
ごめんなさいとはどういう意味だ。
玲香は自身のパパ活がバレたと思い謝ったのに対して片桐は殺人鬼が逃走したと思っていたが、「パパ活? お前は町川友紀を殺害したんじゃないのか?」ついに発言してしまった。全ての疑いをかけてしまった。
輝樹が1人待ちぼうけするおじさんの背後に声を掛けた。振り返ると人差し指に乗ったイモムシを撫でながら「やぁ、輝樹くん」とニコリと笑ったあと撫でていたイモムシを自身の口に運ぶと柔らかい口当りとクリーミーな味わいを咀嚼するとまろやかな酸味が口の中に広がった。
浩二さんが玲香と……その後は声にならなかった。厭な気持ちが襲い脳に霧がかかったみたいに無気力になった。
(この先、玲香を許せるだろうか?)
片桐に連れられて玲香が戻ってきた。
開放された浩二はそのまま踵を返すと2度と僕らの前に姿を現さなかった。 5人はそのまま高橋がいる方へ駆けた。
雨が降りしきる中……シルエットが不気味に揺れていた。高橋の首をぶら下げていた。右手には血の付いた斧が握りしめられていた。フードを被ったヤッケ姿の人物の殺害現場を目の当たりにした5人が震えながら左右に揺れる高橋の首を見つめた。雨脚がいっそう強まり雷鳴がアスファルトを照らした。フードの下の顔が照らされた。
「安代ちゃん? 岸本安代ちゃん?」その顔は生気が抜け虚ろな表情で眼球だけが慌ただしく左右に動いていた。それですぐにわかった! 洗脳されている顔だった……自分の家はもちろん勝手に他所の家に侵入して人間を切断しまくった人間の数はざっと10名。
こちらに気がついた安代が大声で笑いながらジリジリと歩み寄る。それに怯えるように後ずさりをしていた時! サイレンが鳴り響き赤色灯の背後から「お父さん!」悲痛な声が聞こえ振り返るとそこには高橋の娘である高橋真里花が立っていた。その背後からは応援で駆けつけた警察官が盾となり真里花の前陣でシールドを構えた。
警察官がぐるりと安子を囲むようにしてジワジワと距離を詰めていく。賢治と片桐が真里花の横に移動して僕と玲香は後方の隙間から見ていた。殺人鬼との距離が2メートルを切ったその時、高橋の顔が投げつけられシールドに当たって地面に転がった。安代は奇声を上げたあと不敵な笑みを浮かべて身柄を確保された。その声は電話で聞いたことのある声だった……
のちに『成り行きに任せた無差別大量殺人』とニュースで報じられ平和な日常から物騒な日常へと変貌させた。
その後、岸本安代の取調中に明らかになった事だが、仲のいい同じグループの玲香とファミレスで女子トーク中に玲香が自身の家の話をしたくだりからオチのあと他の友達は一斉に逃げたが、私は逃げ遅れて彼女の手を握った日から洗脳を受けたと証言している。その会話に信憑性が全くのゼロだが、黒い車で切断したパーツを側溝にばら撒いたことや自身の家や他所の家に侵入して殺戮を繰り返したのだから、精神状態はまともではないことは明らかだった。安代は最後に口を開いた『恐怖は伝染する』そう呟いたそうだ。
事件はギュッと凝縮したように短いスパンであっけなく幕を閉じた。
警察署のソファで玲香は涙ながら悲願した。パパ活は生活するためにお金が必要だったと仕方なくやったと輝樹に話した。浩二さんは特に羽振りがよく常連さんだったと……それを聞いた輝樹は引っかかりながらも許すしかなかった。でも輝くんの事は大好きよと自身のお腹に手を当てた。僕は玲香を抱きしめた。
ゲテモノツアーのラインは冗談のつもりだったとあとから聞かされておばさんと2人で僕を探している途中で安代による殺人事件が発生して誤解を解きたくてと話した。私が犯人として疑われているのが、怖くて恐怖をごまかすためにパパ活を続けるしかなかった。
「もういい、それ以上言うな!」玲香を庇うようにして放たれたその一言が彼女と一緒になるきっかけを作った。玲香のパパ活は、俺と付き合う前の話だと割り切って俺達はたった今、付き合う事になった。その誓いであるかのように玲香の震える唇に自身の唇を重ねた。玲香が輝樹の手をとり自身のお腹の上に乗せるとその上に自分の手を重ねた。
ねぇ、あの日の夜の事、覚えてる?
数年後……
祝福のベルが鳴り響く中、輝樹が玲香の薬指にリングをはめると肩を抱き誓いのキスをした。拍手が2人の門出を祝った。玲香の薬指はダイヤモンドで輝いた。「ママ。きれい」九歳になる我が娘の沢北静香が背伸びをして小さな体で椅子の上から母のウェディングドレス姿に見とれていた。扉が開きゆっくりヴァージンロードを歩いていく階段の最上段からブーケが投げられた。過ぎた事を気にするのはよそう。この2人の笑顔をずっと見ていたいそういう想いで静香を持ち上げ玲香の腰に手を回しカメラに向かって笑った。イチ・ニイ・サンでシャッターが切られた。あの事件以来、俺の両親とは音信不通だ。一生の晴れ舞台両親に見せてやりたかったがそればかりはどうしょうもないなかった。
『沢北』の表札を一瞥すると門扉を開け中に入る。小さな庭を横切り玄関を開けるとシューズボックスの上に結婚式の写真が飾られていた。
「ただいま!」父の顔を早く見ようと急いで玄関まで迎えにくる静香の笑顔が仕事の疲れを吹き飛ばした。持ち上げると日増しに重くなる娘の成長がなにより仕事の活力になり励みになった。
「パパ降ろしてぇ」さすがに小学生だ。娘も恥ずかしいのだろう。照れた顔がまた可愛かった。降ろすとリビングの方へ走り去っていった。リビングからはいい匂いがした。匂いで何かわかるほど好きな匂いだった。
「今日は唐揚げかぁ」そう意気込んでリビングに入ると「ピンポ〜ン、大正解」玲香の楽しそうな顔に大好物の唐揚げが皿の上にてんこ盛りに載っていた。唐揚げの下にはレタスが敷かれその周りを半分にカットしたプチトマトが添えられていた。お茶碗にモリモリに盛られた白米が湯気を立てて待っていた。その脇にコンソメスープがジッと待機していた。ダイニングテーブルに緑茶が置かれると3人揃って手を合わせた。
昨夜は玲香と大喧嘩をしたことが気まずくて帰ってきたが、玲香は別段これといって気にしていない様子だった。むしろ気にしていないふりをしてくれているその気持ちが嬉しかった。玲香は専業主婦だが、家事に育児と懸命にしてくれているのだが、俺といったら土日だけいっちょ前に風呂掃除とたまにテラスの掃除をするだけで、俺の疲労がある一定のラインを超えるとちょっとした事が癇に障り理不尽に当たり散らかし暴言を吐き捨てる。目の前にいる静香もとばっちりを受けるが本当に疲労が溜まっているのは、玲香の方だと喧嘩中に我に返り鎮圧するのがいつもの事だ。悪いのは俺なのだ!
仕事をしている事をいいことに飯を食わせているそんな亭主関白な一面が露骨に現れる最低な人間を玲香は信じてついて来てくれているのだ。玲香も人間だ。いつ大爆発するかわからないのだ。自分は恐れているのだ。玲香と静香が俺の前から去っていくのがたまらなく怖いのだ。
喧嘩こそ少ないが、喧嘩の度に内容は濃くなっていく……自分でもダメだなぁと分かっているが止められない時がある。
「ねぇ? 輝くん聞いてる!」唐揚げを半分ほど齧って固まっていた俺は我にかえり玲香にピントを合わせると「何考えていたのよ!」お茶を一口啜った玲香が怪訝そうに見ていた。「いや、この唐揚げ美味しなぁって思っていたんだよ!」慌てる俺に疑いの眼差しで見つめる玲香に「いつもありがとう」玲香の目を見て言うと照れたようにうつむいて白米を少量口に運んだ。玲香の隣に座っている静香は口の周りをギットギトにテカらせて唐揚げを口いっぱいに頬張っていた。どうやらそこは俺に似たようだと微笑んだ。
玲香が「来週どこに行こっか?」話の続きだろうか、俺は近場だけど一泊二日で京都の天橋立を観に行こう。と笑顔で言うと「次は途中で帰らないでよ!」笑いながら冗談を飛ばす玲香にハッとさせられた。ゲテモノツアーがはるか昔のように感じられるほど静香が産まれてから一度も旅行に行けてない事に気づいた。
今では静香もだいぶやりやすくなっているので京都は咄嗟に出た言葉だった。
「えっ! いいの? 行こ行こっ♪」意外と楽しそうなのでホッとした。
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