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【連載小説】真・黒い慟哭最終話「絶望の夜に」

 今日は金曜日だ。
結局、京都のプチ旅行は無くなった。口だけのハッタリ野郎にドタキャンをかまされたのだ! これまでにない殺意が湧いたのはこれがきっかけだった。エプロンをきつく締めキッチンで家事を進めるうちにだんだんと視界がボヤケたあと強烈な目眩が襲い食器が割れる音、倒れ込む玲香が目を押さえて必死で痛みが去るのを待っていると車のヘッドライトでパッシングされたように2回、朦朧とする脳内にフラッシュバックした。それは、友香悠介の頭に袋を被せて苦しませている映像が巻き戻された。昔にリセットされたはずの記憶が突如として蘇った。もう1つは、おばさんとの記憶だ。おばさんの部屋でたった一度だけ私の体を百丸で凌辱された事だった。それも全て近所付き合いも含めておばさんと仲良くなる為の最初の試練だった。今になってムカデが這いずり回る厭な感触が蘇った。
キッチンでもがきながら突然、閃光のような強い光が5秒ほど続いた。そのあと真っ暗になり失明したかのように何も見えなくなった。
 少し起き上がると頭上を手探りでシンクに手を掛けるとそれを支えにして立ち上がる。未だ視力が回復しない焦りの中、壁伝いに歩くと、ふと足元を何かがよぎる!
驚き咄嗟に避けたがバランスを崩して壁に寄りかかると、足で払い寄せつけないように格闘していると急にドアが開きリビングに空気が流れた。
(んっ? 静香が帰ってきたのかしら? それにしては早すぎる)
戻らない視界の中で人の気配を感じた。
すると次は信じられないくらい悪寒が玲香を襲うとたまらず手探りでダイニングテーブルに手を彷徨わせるとリモコンに触れた。目が見えなくても長年住んでいるのだ、家具の配置や距離感は体が覚えている。手にしたリモコンでエアコンを切ると目の前を何かが横切った気配に恐怖を覚えキッチンに移動しようとしたその時! エプロンの裾を掴まれた。
硬直したように体が静止した。ゆっくり振り返ると視野がボヤケて見えた。
次第に視野が広がっていく。
いきなり目の前に垂れ目の女性がアップで映った! 
 驚いた拍子に壁に背を預けるころには完全に視力が回復すると目の前で百丸を振り子のように左右に揺らしていた。
「おばさん、亜美おばさん?」
揺れている百丸を受け取るとおばさんがハグをしてくれた。そのままおばさんが私の身体に沈み消えてしまった。その直後だった。
今度は激しい頭痛が襲った。頭を押さえ髪を振り乱し壁にぶつかりながらあまりの痛みに悲鳴が鳴り響くほどの激烈な痛みは10分くらい続いていただろうか? それ以上長かったかもしれないが、すぅ~と痛みが引いた。
 頭がスッキリとした。おばさんが残してくれた百丸を何の感情もなく握りしめて棒立ちしていた。
どれくらいそうしていただろうか? 床を見るとあのムカデはいなくなっていた……

 玄関が開き静香が学校から帰ってきた。「ただいま〜」リズミカルに階段を上がる音が聞こえるとその方向へ無表情で2階へと向かった。
しばらくすると娘の悲鳴が2階を震わせた。玲香は黒い物体を持って晩御飯の支度もせずにまな板の上で何かを突き刺していた。

「ただいま、残業で遅くなってすまない」輝樹が帰宅したのが、21時過ぎだった。
『グチャ! グチャ! グチャ!』
キッチンから異様な音が聞こえる。
(今頃飯を作ってくれているのか?)
キッチンに入るとむせ返るほどの異臭と熱気だった。薄暗いリビングの奥の方に人影が見える。キッチンの方だ! 輝樹が振り向くとその影がゆっくりとこちらに歩いてくる。
『ヒタ……ヒタ……』素足だろうか? 
その足音が不気味だった。
「玲香、どうしたんだ?」
「くっそ暑いんだから、エアコンくらい付けろよ!」
「……」
無地のタイトワンピを着た玲香が汗だくでワンピースが体に貼り付きボディラインがくっきりと浮き出ていた。下着を身に着けていないのか部分的に透けて卑猥な妄想を駆り立てた。玲香の姿を見上げるようなアングルだった。エアコンをつけようとリモコンを探すが見当たらなかったので、「玲香、リモコン知らないか?」と聞いたそばから思いもよらない言葉が飛んできた! 
「知るかよ!」ドス黒い声だった。
聞き間違いなのか? もう一度聞いてみる。返ってきた言葉は同じだった。今日は機嫌が悪いのか? 昨日の事なら謝るからと自ら謝罪すると「なんでいつもいつもこちらがわるくなるの?」目を見開き棒読みの玲香が不気味だった。右手に持っている物に目を落とすとウニャウニャとうねる小さな生物が指に絡まり逃げようとしているのを無理矢理指で押さえつけると『ギャッ』と気色悪い声を発した生物はムカデだった。玲香がしゃがむと、手に持ったムカデを自身の顔へ徐々に近づけてくる。
俺がムカデに気を取られているとフライパンで頭を打撃され意識が朦朧とした。

「お腹空いたよね?」
キッチンから聞こえる声に気が付いた俺は椅子に縛られていた。身じろぎするが、びくともしないくらい強く縛られている。どうやら逃がす気がないらしい……
キッチンから運ばれた料理はどれも胃の腑を刺激するような物ばかりだった。
 最初に運ばれてきたのが、丸い皿に載せられた切り込みだらけの歪な形をした肉の丸焼きに続き目玉と歯が浮いたコンソメスープとドリンクにと赤いスムージーが順番に運ばれてきた。メインディッシュにとぶつ切りにされたムカデと白米を混ぜ合わせたゲテモノ炭水化物をテーブルに置くと満足げに向かいの席に座った。
言葉が出なかった……
 汗が床に落ちる音だけがしばらく続いていたが、沈黙を破ったのは玲香の方だった。
「どうして、あなたはいつもいつも悪くないの? 私はがんばっているのよ、ねぎらいの言葉もないわけ?」抑揚のない声が響いた。
「いつも言ってるじゃないか!」声を張り上げる輝樹に対して「いつの話をしているの? そんなの最初だけだったじゃない、主婦は毎日言ってほしいのよ」冷静に口を開く玲香の背後に黒髪の女性がヌッと現れた。
 目を見開く輝樹の口が開いた。
「玲香、う、うしろ」顎をしゃくり促してくる夫。
「私のお母さんともかよ」あなたが声を張り上げるから心配して来てくれたのよ。ボソリと呟く。
意味が分からなかった。
「母が口を酸っぱくして言ってた言葉があるの、『なぜ、ありがとうが言えないのかしら?』ほんとにそれよ!」
「家事、育児を頑張る母を壊していくのは夫の怒鳴り声と嫌々のねぎらいの言葉よ。一度壊れた心は元には戻らないのよ」一方的に不満をぶちまける玲香に「お、俺だって……仕事が」その言葉に反応した友香の眉間に皺が寄った。
「男はいいわよね、そうやって言い逃れできるものね! 私が仕事しようとしたら慌てて止めていたもんね。自分のやることが増えちゃうもんね!」真顔で淡々と喋る玲香の表情に優しいかった頃の面影はいっさいなかった。
 絶句だった。もはや、何を云っても伝わらないのだろうと悟った輝樹はそのままうつむいて汗が落ちる数を数えていた……

 どれくらいの時間が過ぎただろうか?
目の前の料理がボヤケてよく見えない。
目の前にカッターシャツ姿の玲香が座ってきた。俺の太ももに足を乗せると目の前で股を開くように座ると薄いピンク色のショーツのシワが笑っていた。
「男はいつもいつも」ブツブツと独り言を繰り返す玲香の表情に般若が乗り移ったように歪んでいた。
スーパーの袋を取り出すと中に黒く蠢く物体のシルエットが袋越しに蠢動している。
「だいぶ前から準備していたの、私が鬱っぽかったのに無視していたよね」
「そんな時にネットでみたらいっぱい売っていたのよ。これをいっぱい呑み込んで死んでね」
その言葉が号令となり地獄への入口が開かれた。視界が狭まり覆いかぶされたその時、絶望を感じた俺は嘆いた! 必死で命乞いをした。「嫌だ! 死にたくない! 頼む! 次はちゃんとするから!」それを許さないかのようにあごの下できつく縛られた袋の口がもはや言い訳も聞かない輝樹の全てを拒否したように閉ざされた! 目の前に迫りくる黒いに顔を顰めた。黒光りするボディに徘徊するオレンジ色の脚がうねりをあげて接近してくる。
 あまりの気色の悪さに全身の毛が総毛立った。激しく首を揺すりくぐもった奇声を発しながら椅子が軋みを上げた。頭をダラリと垂らせて小刻みに痙攣している夫の首めがけてナタを振り下ろした。何度目かの斬撃で袋を被った首が床に転がった。食道を通過しているムカデの群れが首の切断面からウジュウジュと這い出ていた。天井を見上げて呟いた「おばさん、ムカデ事件が実現しましたよ」
『ありがとう』とおばさんが言った気がした。
そのあと、満足気に口角を曲げた玲香が血まみれのカッターシャツのまま自ら自首した。

【ただいま入った事件の詳細ですが、〇〇市〇〇〇町の一軒家で妻による残酷かつ凄惨な事件の一報です。現場には萩原はぎわら記者と繋がっています、萩原さぁ〜ん】

「はい、こちらはかなり静まりかえっています。空気が震えるほど緊迫しています。
現場の一軒家では規制線が張られており中に入ることはできませんが、少しだけ情報がこちらに入っておりますのでお伝えします。まず、2階の部屋で勉強机に座っている小学生と思われる女の子の遺体が発見されました。遺体の顔は両目がえぐり取られて歯が数本抜かれた状態で、右脚の太ももが欠落しており膝から下の部分が椅子の脇に転がっていました。机上では、電動エンピツ削りに左手の小指が入れられており。すでに右手の小指は削られて短くなっています。その途中で失神したのではないかと事件の発端として捜索を進めています。今にも鉛筆削りの電動音が響いてきそうです」そのまま次のファイルの書類をめくり一息ついてから続きを喋った。
「なお、1階のダイニングテーブル上には異様な料理が並べられており、夫と思われる人物の遺体が椅子に縛られて、スーパーの袋を被せられた首が床に転がっていました。首の付け根からは今もムカデが這いずり出ているとの情報ですが、一体何匹のムカデが体内に侵入したんでしょうか? 和室に置いてあるパソコンからネット購入した記録を確認してみるとムカデ数百匹と殺害用のナタを購入していることがわかり犯行に使用したと思われる凶器がまだ発見されていないため警察はナタの捜索をしていますが、未だに見つかっていないとの事です。なんとも痛ましい今回の事件の発端は家庭内トラブルによるもので警察は慎重に捜索を進める方針です。現場からは以上です」

【ニュースキャスターが絶句する中、なんとも言えない凄惨な事件ですね。女性のストレスが限界に達した最悪なケースの異常な事件のほんの一部だとしてゴキブリ事件を超えるムカデ事件として残酷かつ凄惨な事件の一つだと専門家は呟いた】その後は沈黙が続いてニュース番組にならなかった。

翌日の新聞には『黒い慟哭響く! 凄惨なムカデ事件』としてデカデカと一面を飾った。
〈人間の精神に害を及ぼす最も最悪な事件の一部として人々の頭の片隅に残り続けていた〉事件のあとしばらくしてユーチューブ配信者がこぞって『ムカデの家』で未だ見つかっていないナタを探す動画の撮れ高を期待して撮影に来ていたが、それもすぐに飽きられて今はただの無人の一軒家になった。

【女性《主婦》は家政婦でもなければ奴隷でもない!】

  のちにその彼女の言葉は暗く冷たい牢獄の中で慟哭するように木霊こだました。

                 完 


続編の真・黒い慟哭を最後までご愛読いただきありがとうございました。たくさんスキをくださった方々には心から感謝いたします。
皆様に励まされながら、全17話を無事に書き切ることが出来て大変嬉しく思っております。
次の作品もグロくてちょっぴりホラーなエンターテイメントを投稿できるように精進してまいりますので次回作でお会いいたしましょう! 
この度は最後までお付き合いいただきありがとうございました。
         
                  麿呂

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