映画「カラオケ行こ!」36回目を見る前の私的な覚え書き。
⚠ネタバレしかない。
⚠オタクの私的な覚え書き。
⚠オタクの妄言多謝。
⚠「カ!」原作は、映画を観る前と35回観終わった後に一度ずつ、読了済み。
⚠「ファ!」一度読了済み。
⚠「ファ!」雑誌掲載分は最新話含め、未読。
最近、めっきり秋ですな…
いや、本当に突然、朝起きたら、いきなり秋!って感じになってて、目が覚めた途端に首周りが寒くて寒くて、まんまと風邪をひいたオタクです。(虚弱か)
で、体調悪くて、ちょっと油断すると、あっちゅう間に脱水症状になる狂児世代…
水分貯蓄する筋肉大事。
でも、所持しておらず🥺
今一番欲しいモノ、それは筋肉。
努力がキライなオタクには、筋肉は一生手に入らない高嶺の花子さんやなぁ…
(諦めんの、早いわ。ちょっとは、がんばれよ)
そして、遅まきながら、Xで存在を知ったドリパスに登録し、今後はガンガンにリクエストを送ろうと意気込んでます。
大阪の轟音上映、羨まし…
秋葉原のキャパ、少なすぎでは???
やっぱり、聡実くんの♪紅は、映画館で聴くことに意味があると、信じて疑わないオタクです。
なので、今回の恵比寿の限定1週間、通いたいけど、平日は普通に仕事…
まぁ、ゆぅて、土日に行く気しかないけどな。
(♪戸惑いながら、覚悟している)
派遣先が都内になったおかげで通勤ラッシュに揉み込まれ、帰宅時、ヘトヘトになって、地元の電車に乗り換えたら、そこそこ混んでいたなかで、ぽっかり空いてるスペースを発見。
ぬるりと、そこにハマって、前に座っている人らを見たら、体育祭帰り?的な学校指定ジャージを着たカップルだったので「…青春やなー」と。
人目も気にせず、イチャコラしていて、中3か、高1くらいか…
まだ初々しさが残る感じなのに、小柄な女子に体格のよい男子が、もうベターーーッて、女子の右半身にもたれかかり、くっついていて、その状態に非常に既視感を覚え、あぁ……と気づいて、遠い目…
聡実くんから選曲リストもらったときの「肘、聡実〜(ハート)」ん時の893の人やん…
(デジャヴ、すご)
そんなこんなでオタクが真顔でスンとしてる合間にも、スマホをいじる彼女に対して、頭も顔もくっつけて、のめり込む勢いで、ひっつきながら、彼女の操作しているスマホを覗き込む男子、彼は「内田」くん。
個人情報入手ルートは、彼らが着ている学校指定ジャージのハーフパンツに、苗字の刺繍が明朝体で綺麗に入っていたので、バレバレ。
まぁ、普通にイチャコラしているだけなら、そこまで気にならなかったんですが、内田くんが、彼女のハーフパンツから出ている膝小僧を撫でまわしはじめたので、思わず、天を仰いだ…
内田くんよ、そんなんしてるのバレたら、おかんにひっぱたかれるんちゃうかな…
女子のほうは全く気にせず、内田くんの好きにさせてたので、2人のなかではコレがデフォなんか、ほーん…と、かなりドン引きしてたけど、そこそこ混んでる車内だし、イチャコラな彼ら、というか、彼女の膝小僧を撫でまわしてる内田くんを視界に入れるのが、やはり居た堪れなくて、そっと目をそらしたら、私の斜め前、カップルの横のドア側に立っていたお姉さんが、すんごい顔して、内田くんを見ていて、吹き出しそうになった。
あの合唱祭のシーンで、聡実くんが「ごめんなさい、歌えません…」って言ったときの和田くんみたいな『マジか!?信じられへん!なに、この人!!』みたいな、まさに漫画みたいな顔www
そのお姉さんの表情を見れたので、内田くんへのマイナスイメージと相殺して、気持ちよく電車を降りることができました、お姉さん、ありがとう(ハート)
以下、映カ!36回目を観る前に、自分のザワつく気持ちの整理と感情を鎮めるための、私的な覚え書き。
◆地雷的なモノについて
①狂児/カラオケで歌ヘタ王になり、組長にウンコレベルの入れ墨を彫られること
→個人的には、映画軸の狂児って、聡実くんの前では、結構ガキっぽく、喜怒哀楽を素直に出している感じはするが、怒りに関しては酷く冷静になりそうなイメージ。
だからこそ、冒頭のいきなりスイッチが入り「楽しいことあるか!!」と、声を荒げるほど、上記が嫌なんかな?と思う。
彫り師ではない素人な組長に、入れ墨を彫られる「痛み」が嫌なのか、ウンコレベルの「技術のなさ」が嫌なのか…
(情緒不安定すぎて、オタクにはついていけない…こわ…)
②聡実くん/合唱
→映画軸での聡実くんは、屋上のシーンで自分の声変わりについてを狂児に話してはいるが、個人的には、そもそも聡実くんが合唱をやっていなかったら、あそこまで声変わりについてを悩まなかっただろうとも思うので。
あとは、やはり、自分が3年間努力してきた部活動というのもあるから、狂児に茶化されたとき、あそこまでブチ切れたんだろうなと。
思い返せば、中学生とか学生時代って、自分の世界は、家と学校→クラス+部活くらいで、外の世界なんて、あと塾くらいしか接触がなかった気がする。
今みたいに、スマホひとつで簡単に外界と繋がる手段なんてなかったから、視野が狭い世界観のなか、聡実くんも、彼の中学生生活、その大半を占めた部活動を茶化されて、自分が一生懸命努力して生きている世界を、馬鹿にされたみたいな気持ちになってしまったのかもしれない。
大人が思うよりも、子どもは、ずっと繊細だし、その小さな身体に、自分では対処しきれない、いくつもの悩みを抱えていたりする。
大人になれば、それ相応の対処の仕方を、知識や経験でカバーできるけど、子どもは、それがなくて、まっさらな状態だから、なおさら、ひとりで抱え込んでしまうと、出口が見えなくてキツいよなーと思う。
◆ラストのラストでの狂児の台詞「次は、負けられへんからなぁ」にまつわる、腕の入れ墨を彫られた時期について
①次の組長誕生カラオケ大会では負けられない=前のカラオケ大会では負けている。
→なので、既に腕に入れ墨を彫られ済み。
②狂児が暗に指し示す、前のカラオケ大会とは、いつだったのか?
→状況から判断すると、狂児が「久しぶりやな〜」と言って、聡実くんに電話をしているのは、3年後くらいに完成予定らしいと栗山くんが話していた、ミナミ銀座跡地のホテル前で、そこに開業予定は来春と、確か謳っていたように思うので、2人が出会ったときよりも、やはり3年は経過しているっぽいと、個人的には予想。
→映画軸の設定、組長の誕生カラオケ大会は、文字通り1年に1回開催だろう。
→宇宙人の件で収監されていた狂児がシャバに戻れたのが、あのラストのラストだと仮定するならば、狂児が指し示す、前のカラオケ大会は、やはり聡実くんが♪紅を鎮魂歌として歌った3年前の、あのカラオケ大会となるのではないだろうか…
→歌ヘタ王になって、あんなに嫌がっていた組長からの入れ墨を彫られたにも関わらず、狂児が聡実くんにかける電話の声は、明るく楽しげな印象を受ける。
*こく‐ふく【克服】
努力して困難にうちかつこと。
狂児が、実際にカラオケ大会で歌って歌ヘタ王になったのか、歌わずして歌ヘタ王になったのかは、個人的に全く問題ではないので割愛するが、あのとき、聡実くんも、聡実くんの地雷とも言える合唱よりも「優先される、大事なモノ」をきちんと自ら手繰り寄せ、声変わりという、子どもから大人への過渡期の葛藤を、自らで克服してみせた。
合唱よりも優先した、ヤクザとのカラオケレッスン。
合唱祭よりも優先した、ヤクザの組長誕生カラオケ大会。
自分が持つ最期のボーイソプラノを、合唱で歌うことよりも、大事な人へと鎮魂歌を歌うことに捧げた、いわば、成長譚でもあるので、親心を刺激されたオタクは、聡実くんの♪紅を聴くと、毎回毎回、涙腺がユルッユルになってしまうのである。
(情緒不安定な人、ここにもおった…)
◆聖性と俗物的なモノについて
→聡実くんをブチ切れさせた、茶化す狂児の台詞のなかに「聡実くん、合唱しかしとらん思うてたのに」というようなモノがあったと思う。
シナリオブックを読み返すのが、ちょっと面倒くさいので、ふわっとした雰囲気で大変申し訳ないけれども。
この台詞からも、映画軸の狂児が聡実くんに対して「天使の歌声」等、一番最初から感じていたであろう聖性、神聖化的なモノが見受けられる気がして仕方がない。
これについては、既に前述の覚え書きの通り、個人的にめちゃめちゃ大好物な設定なので、何度でも繰り返しおしゃべりしてしまうのがオタクの性ってことで、今回も広い心で是非とも、お許しいただきたい所存。
*せい‐せい【聖性】
神聖にして侵すことのできない性質。
何をもって、神聖とするのかは、社会によって異なる。
人の手で触れてはならないという、禁忌ではある。
*しん‐せい【神聖】
尊くておかしがたいこと。
清浄でけがれがないこと。
特に、宗教・信仰の対象などとして、日常の事柄や事物とは区別して扱われるべき特別の尊い価値をもっていること。また、そのさま。
映画軸で、あの聡実くんをブチ切れさす、狂児の全力での茶化しっぷりって、個人的には、結構な不可解さがあって。
それは初見時から、ずっと感じている、この893の男の情緒不安定さが理解できなくて、生物的に怖く感じるのと、どこか通じる感覚でもある。
演者さんである中の人=綾野“狂児”が、インタビューやDVD特典映像、オーディオコメンタリーなどで、この映カ!の狂児というキャラクター設定を、まぁまぁ話してくれてはいるので、それを仕入れつつ、情報をアップデートしながら、何回も映画を観てはいるのだが、いかんせん、理解し難い情緒不安定さ。
だって、聡実くんを本気で神聖化していたなら、多分あの茶化しは出てこなかった気がするので。
ソコが多分、個人的には理解し難い難関ポイントのような気がして、書き殴っている次第。
宗教色の強い、運命論的なモノを一番最初に持ってくることで、映画では初めから狂児からのバカでかい、なにがしかの感情の発露としての矢印が「狂児が、運命的に見つけた」とする、聡実くんに真っ直ぐに向かっていても、個人的には、そこにあまり不自然さは感じなかった。
市民ホールで中学生を出待ちしてても、通学路で中学生の帰りを待ち伏せしてても、なんか、もう全て「神様、信じちゃってる系なら、しゃーない」という諦念を覚えてしまうのでね…(遠い目)
そこら辺の匙加減が、本当に素晴らしい脚本だなーと。
狂児が聡実くんのことを「清浄でけがれがない」というイメージ、固定概念で、ずっと聡実くんと接しているワケではなくて、カラオケレッスンを通じて、心も通じ合わせていくなかで、狂児が聡実くんに最初に抱いた聖性なイメージは、段々と薄くなっていく感じもするので、全体的なそのバランスが、観ていて、宗教色に対して忌避感を持たせないのかもしれないとも愚考。
*ぞく【俗】
1 世間の習わし。「異俗・旧俗・習俗・土俗・風俗・民俗・良俗」
2 世間一般。「俗語・俗事・俗字・俗説・俗務/雅俗・脱俗・超俗・通俗・凡俗」
3 無風流で卑しい。「俗悪・俗臭・俗物・俗吏/低俗・卑俗・俚俗 (りぞく) 」
4 出家をしていない世間の人。「俗名/還俗 (げんぞく) ・在俗・僧俗・道俗」
原作の狂児は、聡実くんのことを愛玩動物的なシルバニアファミリー視、もしくは庇護しなければいけない子ども(ガキ)扱いしていたように思うけれど、映画軸では「天使の歌声」「バイブル」「聡い果実」「お告げ」「地獄」という宗教色の強いセリフから連想するように、個人的には、それこそ、宗教的な概念要素をもって、盲信?妄信?盲目的なくらいに、893の人は、聡実くんに対して「運命的なモノ+聖性」を感じとり、聡実くんに対する態度は、原作よりも、より丁寧な感じがしてならない。
聡実くんを聖性なモノだと感じつつも、聡実くんとの関わり合いのなかで、自分までも遠くに置いてきてしまった青春をやり直しているような、ふわふわした高ぶった「喜怒哀楽の喜と楽」な感情が強くなった結果、神聖化していた聡実くんも「俗物的なモノ→恋愛?」に興味を持つのか、と。
聡実くんは、手を伸ばしても届かないような天上にいる天使なんかではなくて、自分と同じ世界を、きちんと生きているんだと気付いた男は、もしかしたら、聡実くんの恋愛沙汰のゴタゴタ感を茶化すというよりも、あの屋上でのひと時みたいな、じゃれ合いの延長上で、ただただ嬉しくなったのかもしれないなーと、ふと思った。
なのに、聡実くんにめっちゃブチ切れられたから、あんな顔したんかな、と🥺
2024年、今年も残り3ヶ月…
今年は1年、もう映カ!の年ってことにして、なんやかんやと貯蓄してたやつも切り崩す勢いで、推し活に散財することに覚悟を決めました、いつ死ぬかわからんし☆
お金は、自分がなんとか、ひとりで頑張って働いたら、対価として与えられるけど、映画館での上映は、自分ひとりがどう頑張っても実行は不可能に近いので…
恵比寿の1週間限定上映は、まぁまぁ迷ったけれど、大きなスクリーンで聡実くんの♪紅を聴ける機会をみすみす逃すと、絶対に、絶対に、後悔する!!と考え直し、行ける日程の土日は結局、2日とも行くことにしたオタクです…
オタクに幸あれ\(^o^)/
(自分で言うなや…)