【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_35
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5章_炸裂-illness≠barbaric-
5-2 変転
中等部建屋の一階窓からは窺い知れなかったことだが。
旧館三階教室の廊下側――内部の構造は既に五割以上が破壊されていた。
前回訪れた時は内装品が撤去されただけで形としては教室のままを保っていた旧館も、今は所々の支柱を残してだだっ広い解体現場と化している。
それもただの解体現場と違い、砕かれたコンクリートや壁材といった残骸は一切見当たらない。破壊された構造物たちは、硬さや組成の違いなどお構いなしに須らく微細な粉末へと姿を変えているからだ。
そんなひらけた視界の中、オレが目指す場所は一点。
そこには早朝のラジオ体操でも済ませたかのように、気持ちよさそうな、それでいて少し気だるげな面持ちで次なる破壊対象に向き合う少女が立っていた。
「…………あれ?なんでこんな所にいるんです」
駆け寄る足音に気付いたのか、破壊対象に伸ばしかけていた手を下げて振り向く。
錯乱した様子など微塵もなく、落ち着き払った声。
廃工場で病魔を自覚した時に見せていた不安定さはすっかり鳴りを潜めていた。
「……すっかり、病魔に馴染んだみたいだな」
「あは。分かりますか」
些細な変化を意中の異性に気付いてもらえた女子のように、伊南は照れ笑いを浮かべる。
その笑みが心底嬉しそうで、オレは背中に氷を突っ込まれたような寒気を覚えた。
「ついさっきまで『わたし』がしぶとく残っていたけど。ようやく本来のわたしが目覚めることができたわ。おかげで今、とっても頭がスッキリしているの」
「……そうかい、そいつは良かった。おかげでこうして追い付くこともできたからな」
皮肉のつもりで口にした言葉が自分に刺さる。
もう、目の前にいるのはオレの見知った彼女ではない。
「あら、わたしを探してここまで来たの?よくここにいるって分かりましたね」
口では驚いた風を装いながら、その表情はまったく動揺していなかった。
黒縁の四角い眼鏡、肩下まである黒髪を一つ結びにまとめた外見は今までと何一つ変わらず。
しかしその中身は確実に変容した、伊南江美の姿をした何かがそこにはあった。
「……本能ってのは意外とシンプルなんだ。病魔の衝動が優位に働いている状態なら、今までの行動からその方向性を予想するのは難しい話じゃない」
病魔に連なる異能は発症者に根源的な快楽をもたらす。
一口に「快」とはいっても、安らぎや満足感、性的快感のようにその質は発症者ごとに異なる。共通しているのは「生物として思わず求めずにはいられないような、人間の自我を上回るほどの欲求」が生じるということ。
ここで伊南について振り返ると、時系列はさておき、彼女は爆散の異能で自身の両親と慕っていた後輩の三人を殺害している。
後輩――当初の捜索対象だった城崎音代に関して断定はまだできないものの、それを指摘された時の伊南の様子や、特捜課を筆頭に警察組織がこれだけの期間捜索して見つからない事実からするとほぼ間違いなかった。
しかし、これは逆に言えば、まだ三人しか殺していないということでもある。
もし爆散の「行使そのもの」が先述の快楽をもたらすのなら、もっと大勢の人間が犠牲になっていたはず。
それはつまり、伊南が本能を発露させるのは何かしらの条件に基づいているということを示唆している。
その条件を探るヒントは、彼女自身の発言にあった。
次回
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