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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_13

前話はコチラ!!

2章_残映-encounter-


2-7 無茶苦茶(理解不能)


◆二〇〇五年 六月十六日 姫毘乃女学園正門前

 伊南江美という協力者を得た次の日は、午後から天気の急変で雨が降っていた。
 傘を叩く音から雨粒の大きさを想像しながら、姫毘乃女学園の校門脇に佇む。
 学園内で悪目立ちしつつあったらしいオレはアドバイス通り、放課後になってから姫毘乃を訪れ、こうして伊南を待っていた。
 部活動を終えた生徒たちが、次々と校門から出てきては「お疲れ様でした!」「また明日」と別れの挨拶を交わしていく。
「あれ……あそこにいる二年生って……」
「初めて見るわね。あんな素材の子、新歓で見落とすはず無いんだけど――――ね、そこの貴女」
 二人組の生徒が話しかけてきた。水色リボンということは三年生か。
「ごきげんよう。…………オレに、何か用ですか」
「しかもオレっときた……!こりゃ益々――じゃなかった、えぇと私、演劇部の早見はやみ。こっちは同じく清水しみず。いきなりなんだけど、貴女、演劇に興味は無い?」
「無いですね」
「即答!?でもクールな見た目と解釈一致なのがもどかしい……!」
 早見と名乗った三年生は意味不明なことを口走りながら、切り伏せられた侍のようなリアクションで悶える。
「ごめんね、突然おかしなこと訊いて……うちって女子校だから当たり前だけど、男役が似合う部員が少なくて。まぁ……それとは別に、早見が貴女みたいに恰好良い女の子を大好きっていうのもあるんだけど……」
「はぁ」
「いーじゃんかイケメン女子!身体が第二次性徴で勝手に女らしく成長していく中、その流れに抗う精神を体現したような存在……それがイケメン女子なんだよ!ねぇ貴女何組なの?これから毎日勧誘しに行くから……!」
「それで馬鹿正直に答える訳ないじゃないスか」
 しまったーっ!?とこれまた騒がしい反応の早見三年生。
 しかし困った。
 そこそこ可愛い先輩(仮)たちなのは良いことだけど、このまま質問攻めが続けばオレが姫毘乃生じゃないことはすぐ露見する。
 一旦ここを離れようかと視線を巡らせたところで、ちょうど校門から出てきた人影に目が留まった。
 黒縁眼鏡に一つ結びの黒髪、外見だけなら文学少女のテンプレに見えるその二年生は、傘を忘れたのか頭と肩を濡らしていた。
「伊南!丁度いいところに!こっちだ!」
「――――」
 演劇部の二人組越しにオレの姿を認めた伊南は何故か目を逸らし、オレとは反対方向へと踵を返してしまった。
「お、おい!?……すんません、今日のところはこの辺で!」
 二人に片手で謝罪し、慌てて追いかける。
 歩きと走りだ、その距離はあっという間に無くなり、追いついたオレは傘の半分を伊南に譲る。
「良いんですか、上級生二人をぞんざいにして」
「上級生っつっても実年齢オレより年下なんだけどな。……なんだ、お前、もしかして相手が三年生だったからって遠慮してたのか」
「いーえー別に?さすがプリンス様は女の子を堕とすのが上手いなーとか、ちやほやされ慣れてるなーなんて、ええ。思ってませんけど」
「あのね……」
 見れば伊南の横顔は唇がつんと尖っていた。
 オレが姫毘乃の生徒、つまり伊南にとっての日常に干渉したことが余程気に食わないとみた。
「言っとくがありゃ事故だ。オレはお前が出てくるのをずっと黙って待ってただけで、あの二人が勝手に絡んできた、むしろオレは被害者にあたる」
「その割には満更でもなさそうな顔でしたね……って、ずっと?貴女いつからあそこにいたの」
「ん?そりゃ放課後の鐘鳴ってからだけど」
「はぁ!?四時間以上も突っ立ってたの!?」
「だってお前、昨日は放課後落ち合おうって決めただけだろ。伊南が何時に出てくるかなんてオレは知らないんだから、こうするしかないだろうが」
 今度はこめかみに手を添えて盛大なため息を吐く伊南。
「貴女って、ほんと無茶苦茶」
「お前も大概だと思うけどな……傘が無いからって雨の中堂々と歩いて下校するかよ?普通」
「仕方ないでしょう。無いものは無いんですから。待っていたって傘が地面から生えてくるわけでもない」
「そこはホラ、クラスメイトの傘に入れてもらうとかさ」
「……そうですね。別谷さんのように他人ひとに好かれる人間なら、そうするのが合理的なんでしょうけど」
 その言い方には、引っ掛かるものがあった。
 ふと、振り返って校門付近を見ると、さっきの演劇部二人組の他に数人、こちらを盗み見るような視線が刺さる。
 それは相合い傘する二人組をはやし立てるというより、芸能人の不倫現場をすっぱ抜く記者のような目つきだった。
「というか、ですね」
 傍らの声に視線が伊南の横顔へ引き戻される。
「どうせなら別谷さんが昇降口で待っててくれれば良かったんですよ!そしたらわたしも濡れずに済んだのに」
「無理言うな。放課後になってから登校とかどんな不良生徒だよ警備員に止められるのがオチだろ」
 お前も大概、無茶苦茶だよ……と内心ツッコミを入れるのだった。

    ◇◇◇◇

次回


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