【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_38
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5章_炸裂-illness≠barbaric-
5-5 譲れないもの
床にへたり込み、教室廊下側の壁に背を預ける伊南を正面から見下ろす。
ひと息に片付けてしまいたいが、このまま捕食をもう一度仕掛けたところで先の二の舞になることは目に見えている。
あと一歩踏み込めば身体に触れられる距離で、オレたちは睨み合う。
「持ってる人間の台詞ね」
ムカつく、と伊南は吐き捨てる。
「『自分自身』を全員が持っているなんて思わないことね」
「なんだと……?」
「少なくともわたしに『わたし』なんてものは、無い。姫毘乃を受験したのは両親が目指せと言ったから……模範的な生徒でいたのは教師がそういう学生を求めていたから……学級委員になったのはクラスメイトたちが望んでいたから……音代に構っていたのは、彼女が姉妹のような存在を欲しがっていたからっ……!」
殴り付けた床が小さく爆ぜる。
堰を切ったように言葉が溢れ出る。ヤツの身体は、もはや爆散の異能を呼吸するが如く行使するまでに馴染ませてしまっていた。
「どれもこれも、他人の思いでさぁ!!!!」
その叫びは精神の血飛沫のようで。
オレを睨み上げる表情も苦痛に歪み切っていた。
つまりは、それこそが伊南江美という人間の最奥。
「……ああ。お前は――――」
どうしてコイツが爆散なんて物騒な異能を発現したのか納得する。
異能とは、ヒトが抱える欲求の中でも特に強烈なものが、本人の自覚とは無関係に現実へと滲出してきたモノ。
大人しそうな外見、ハキハキした物言い、余裕の無い雰囲気……どこかちぐはぐに感じたヤツの像はどれも伊南自身であると同時に、伊南によって形作られたものじゃなかった。
「壊す……殺す……壊して壊して殺してやる……っ!」
そうやって被り続けてきた、誰かが望み期待する「伊南江美」の皮をお前は、グチャグチャに破棄してしまいたいんだ。
伊南は壁を背もたれに立ち上がろうとして、その壁に手が触れた瞬間支えを失い盛大に背中から廊下へ倒れ込む。
「……?」
「ごホッ、ごほ…………よぅやく、自分の内から生まれた『やりたいこと』……捨てるもんか……!!」
上体を起こすため手をついた床も瞬く間に粉塵に帰し、またしても意図しない破壊によって自ら階下へと転落する。
衝撃で肺の空気が一気に吐き出され、咳き込む伊南。
(まさか……病魔の、暴走――――)
それは、発症者本人の意識を無視して異能が身体を支配する状態。
ただし無視であって無関係ではない。
この状態が続けばやがて意識が異能に引っ張られ、まさしく本能の奴隷と呼ぶにふさわしい獣と化す。ヤツの場合、今までのような「快につながる条件」さえも関係無く、ただ爆散を行使することだけを目的に周囲を破壊し続けることになるだろう。
爆散の力が宿主と馴染み、成長し、捕食の異能によって喪失の恐怖を識ったことで急激に活性化。
結果、今まで任意発動だったものが自動となり、手で触れただけで爆散するようになった……といったところか。
「は、はは。そうだ。そうだったね。わざわざあいつの土俵に立つ必要なんて無いじゃない」
「――――ッ!!」
その物言いに不穏なものを感じて、病魔の鎧を纏って階下へ飛び降りた直後。
オレの立っていた旧館二階の一室、その全てが吹き飛んだ。
伊南が触れたのは二階を支える支柱だけ。
にも関わらず、その爆散は結合していた構造物にまで伝播し、二階教室すらまとめて粉砕してしまった。
さながらビルの爆破解体のように。
しかし爆発音は無く、ただ粉塵だけが衝撃を伴って炸裂し、視界を灰色で染め上げる。
「あっはははははははははははははははははははははは!!!!消し飛べ、吹き飛べ、いなくなれ!!!!『わたし』だったものぜんぶ!!!!」
一階から夜空に向かって咆哮を上げる伊南。
復讐鬼じみた言葉の一方で、どうしてかその声は苦しそうな、どこか無理矢理に絞り出しているようでもあった。
粉塵の隙間から垣間見えたその双眸も、落ち行くオレはおろかその上から更に降ってくる三階部分の残骸すら視界に入れていない。
オレは受け身と同時に発条のごとく跳ね退いて瓦礫の雨から離れるが、伊南はただ片手を天に掲げるのみ。
降り注ぐ鉄筋コンクリートの残骸は、彼女の手に触れた瞬間粉体へと姿を変え、更に視界を悪化させる。
「――ちぇ、まだこんなもんなのかぁ」
一階の柱から二階の一室までを丸ごと破壊しておきながら、伊南は退屈そうにため息をこぼす。
その物言いは、彼女の異能がまだ成長段階にあることを予感させた。
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