【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_37
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5章_炸裂-illness≠barbaric-
5-4 その差は経験値
この時、想定外が二つあった。
一つは侵食中に伊南が対応してきたこと。
触手によってとあるモノの在処を探り、ソレを対象人物から抽出することがオレの異能の本質。
その攻撃を受けた相手は「奪われる」ことへの本能的な恐怖と、それを相殺しようと分泌される脳内物質によって恐と快が入り混じった状態に陥る。
これまでに下してきた連中は中条を含めて例外無く半狂乱と化してきたが、伊南江美はそれを打ち破ってみせた。
そしてもう一つは、伊南が爆散の効果を自在に調節できるようになっていたこと。
つまり、粉砕の程度を粗く、爆発の方向性を絞った伊南の一撃は、完全にオレの不意を突いていた。
「…………このタイミングで成長するか」
右脚の脛をかばいながら片膝をつく。
炸裂の直後になんとか真横へ飛び退いたものの、爆散の範囲から足先だけは逃れられず、ズタズタになったズボンの切れ目からはいくつもの裂傷が垣間見えた。
無数の礫と尖ったコンクリ片の嵐をまともに食らえばどうなるかなど、考えるまでもなかった。
ただし、苦痛に顔を歪めているのは伊南の方だった。
「気持ち悪い、気持ち悪いきもちわるいキモチワルイ……!!なんだお前……さっきのは何よ!?お前、わたしの身体に何しようとした!?」
「説明なんてするかよ、面倒臭ぇ。だいたい、手前のカラダなんだから手前が一番よくわかるだろ――アレがキモチイイことだって」
「――――ッッッ!!」
その言葉は彼女の頭を沸騰させるに充分だった。
「――――消す。いや、殺す……お前はわたしたちの敵だ!!」
言うが早いか指向性の爆散を二度、三度と続け様に繰り出す。
接近戦は危険と判断しての遠距離攻撃。
牽制でなく必殺を狙ったその攻勢は、しかし既に通用しない。
「……っ!?」
並の人間であれば一発浴びるだけで血塗れ必至の暴虐。
一見逃げ場の無い包囲網に思えるそれにも、隙間が存在する。
通常の爆散が指向性を持たない代わり破壊範囲に制限が無いのに対し、指向性を持たせた爆散では一度に破壊できる範囲が掌を中心とした直径五〇センチ程度に留まっていた。
爆発方向という変数が加わった結果、そのコントロール可能な領域が限定されたのだろう。
結果として、伊南の放つ爆散攻撃は彼女が手を触れた場所を起点とする扇形になっていた。
「手元、がら空きだ」
つまり、選ぶべき道は前進。
前に進めば進むほど狭くなる攻撃範囲を縫い、伊南の身体へ肉薄する。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアア!!」
目前に迫る黒煙の手を寸でのところで打ち払い、ヤツはほとんど本能のままに床を爆散させて階下へと転落した。
「あ、ぐッ……!ハァ、ハァ……」
ろくに受け身も取れぬまま落下し、鈍い音を響かせる。
「…………」
――その様を見下ろす別谷の視線は機械のように感情が無いものでありながら、伊南はその瞳の奥に、獲物を狩る肉食獣の如き凶暴性を見出して身を強張らせた。
――同じ重度発症者のステージに上がったことで、むしろ別谷の発症者としての異常さに気付けてしまうのは何とも皮肉な話だった。
オレは伊南の開けた穴から二階へ飛び降り、両足と片手の三点を使って着地する。
「こ……のォ!!」
着地直後の硬直を狙ったらしい爆散も、タイミングがワンテンポ遅い。
それだけあれば爆風の範囲から避けきるのも難しくなかった。
――異能を発症したばかりの新参と、異能との殺し合いを日常としてきた古株。
――両者の状況判断ひとつひとつに、小さくとも明確な差があった。
――別谷は舞う粉塵に包まれてなお、射抜くような眼で獲物を見据える。
「はぁ……はぁ……な、んで…………」
「『本能の為すがままなんてのは獣と同じ。人間なら理性を働かせろ』……誰の言い分だったかな」
「……知らない、けど。……今のお前には、理性があるとでも?」
「もしそうなら、こうして異能を使えはしないだろうな」
病魔の異能を引き出す上では、理性などという安全装置は邪魔でしかない。
「ただし。『別谷境でいる』理由を見失わない限り、オレはオレのままだ。本能の奴隷にはならない」
腕に病魔の鎧を纏ったまま、親指で自分を指す。
「…………」
「根拠無く湧き上がる衝動に身を任せるのは、気持ち良くって、ラクなことだろうさ。けどな……そうやって全部をそれに委ねるのは、『人間』として死んでるも同然なんだよ」
◇◇◇◇
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