【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_31
1話からはこのマガジンにまとめています
前話はコチラ!!
4章_遁逃-true intention-
4-5 夢の終着
がちゃり、と重厚な音を響かせる錠にもビクついてしまう。
「……ただいま」
なるようにしかならない。
出たとこ勝負な心持ちで静かに扉を開くと、祈りが届いたのか家の中は真っ暗だった。
玄関で仁王立ちする母、なんて図を想像していただけに少し安心する。
(けど、あの母様がそのまま寝るなんて)
携帯を持つようになる前は放課後にどこで何をするのかを毎日学校から電話連絡させるほどに過保護で心配性の母様が、行先を告げずに出歩いた娘の帰宅を待たずに眠ったというのは中々に信じ難いことだった。
だから、だろうか。
暗順応したわたしの目が、玄関に置いてある靴の少なさ――サンダル一組しかない――に気付いた。
使わない靴を靴箱に仕舞うのは普段からそうルール付けているとしても、父様の革靴や母様のパンプスひとつすら無いのはいつも通りじゃない。
まるで、この家には誰もいないかのよう。
「……っ、………………」
不気味な想像をしてしまったせいか、また頭痛が走る。
早くベッドに潜り込んでしまいたい気持ちを抑え、そっと靴を脱ぐ。
一度気になりだすと、それを突き止めずにはいられないのが人間の性。
わたしは藪蛇になるのを承知で両親の寝室へ向かい、
「え――――――――」
思わず声に出してしまった。
けど、それで両親が目覚めることは無い。
なぜなら、二人ともそこにはいない。ベッドの上に大人二人分の影は無く、掛布団が平に広がっているのみだった。
「どういう、こと……?」
困惑のままに照明のスイッチを入れるも、やはり寝室には誰もいなかった。
事態の不穏さが急加速する。
頭痛に加えて動悸も止まらなくなる。
「はぁ……はぁ……は……っ、はぁ……」
何かが、おかしい。
身体が、おかしい。
家の中も、おかしい。
何もかもが、おかしい。
朦朧とする意識のまま、壁伝いにリビングへ。
自分が何を探しているのかも忘れ、条件反射的に明かりをつけた。
一瞬の明滅を経てわたしの視界に飛び込んできたのは、
「……は、はは……ぁははははははっ!そりゃ靴だって片付けるよねぇ!!」
辺り一面、壁から天井まで、酸化した血液で黒赤くカラーリングされたリビングだった。
それを認識した瞬間、わたしと何者かは覆る。
直前までわたしの身体を苛んでいた頭痛も動悸も、何も無かったかのように収まった。それどころか緑いっぱいの森林で深呼吸した時みたいに、頭の中が澄み渡っていく。
「あっはははははは!はぁーはっはっは!!そうよ、そうだった!」
本来のわたしを取り戻せた、とさえ思えるほどの解放感。
近所迷惑など知るものか。
文句があるなら来ればいい。
わたしは正面から向き合い、そして粉砕するだけだ。
――そんな発想が自然と湧き上がることに、驚きはしても意外性は感じない。
――だって、それを実現可能な異能がわたしにはある。
あれだけ毛嫌いしていた病魔発症者、それもとびきり破壊的な異能を備えた存在にわたし自身がなったことを、少し前までのわたしなら断固として認めなかっただろう。
いや、だからこそ……か。
一度は覚醒したはずのわたしが今の今まで本調子でなかったのは、「あのわたし」が覚醒した事実そのものを強烈に拒否していたからに違いない。
両親に音代。
自分にとって縛鎖となった存在をわたしに壊させておきながら、自身はその事実から目を背け平静を装っていたとは。
我が事ながら呆れるほどの自己中心的精神だ。
「ま、どんなに取り繕っても根っこは同じ『わたし』なんだから、遅かれ早かれこうなっていただろうけど」
わたし自身を縛り付けていた過去のわたしなどどうでも良かった。
今はようやく手に入れた自由を存分に楽しみたい。
手始めに何をしようか。
考えるうちに自然と口角が吊り上がるのを抑えられない。
「……あは。そうだ、まだあるじゃん。ぶち壊したいモノ」
とびきり大きな、今までのわたしを縛り付けてきた存在が粉々に砕け散っていく様を思い浮かべて、わたしは遠足前の子供のように胸が躍った。
◇◇◇◇
次回
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