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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_5

前話はコチラ!!

1章_無我-crazy in trouble-


1-7 悪魔大元帥


「私立姫毘乃きびの女学園」
「は?」
「だから、学校の名前だよ。境が知りたがってる、伊南いなみ江美えみの通ってる高校名。中高一貫校の高等部、が正しいがね」
 さも当然のようにあっさりと答える神流。
 ひなたが去った後の事務所には、病魔研究者と異なるもう一つの顔――特殊捜査課の警部としての神流玖美子があった。研究者としての姿がひなたにとっての上司なら、警部としての姿はオレにとっての上司にあたる。
 この時の神流は警察の機密情報を扱う以上、部外者のひなたを同席させるわけにはいかない。
 つまり、先刻ひなたに与えた「課題」は彼女を事件から遠ざけるための口実でもあったのだ。
 しかし、神流にはひなたがいる時にも話したかいつまんだ説明以外、まだ何も追加情報を伝えてはいない。高校生らしい伊南という女学生が行方不明の後輩を探している、程度しかヒントは無かったはずなんだけど。
「なんで名前まで。直接会ったオレですら苗字しか知らないってのに」
「名前が分かったのは偶然よ。偶々たまたま、姫毘乃女学園の生徒名簿に伊南なんて苗字が一人しかいなかったから、すぐ特定できた」
「偶然にしちゃ気持ち悪いくらいタイミングが良いな。その名簿はどうやって?」
 そもそもどうして神流が姫毘乃の名簿なんてものを把握しているか、というところが気になった。まさか叶市周辺全ての学校について、同様の情報を暗記しているというわけでもあるまい。
「なに、簡単な話さ」
 神流は名簿が開かれているのであろう、デスクのパソコン画面から目を離して、
「既に、とある姫毘乃の生徒に対する捜索願が警察に届出されていて、ウチにもその関連情報が回ってきていたというだけよ。特捜課に届いたのは、つい昨日のことなんだけど」
 ウチらはいつも後回しって所が気に入らないねぇ、と呆れ顔で肩を竦める。
 警視庁刑事部特殊捜査課。
 それが神流の所属する組織の正式名前だ。
 特捜課と略称されるその組織は、特殊と名がついているように一般的な刑事事件には関与しない。拳銃を凌駕する脅威となり得る病魔発症者に対処するため、病魔研究の第一人者である神流を筆頭にしてわずか一〇名の少数で編成された、対病魔犯罪専門の集団である。
 被害が重大になりやすい病魔犯罪だが、その原因の一つに「発見のし難さ」がある。
 つまり、事件性のある事案を警察が認識したとしても、それが病魔に起因すると特定できない限り特捜課は出動できず、判明した時には後手に回っていた……という状況がよく起こる。
 なぜなら病魔は一人ひとりの症状――異能が全く違う。
 その結果、特捜課に回される事案はどれも「通常の犯行手段である可能性を全て否定された」いわばはみ出しモノとなる。
 今回の女子生徒失踪も、そういった理由で特捜課への共有が遅れたのだろう。
「その行方不明になっている生徒の名は、城崎しろさき音代ねじろ。高等部の一年生だ。一組の学級委員をやっていたらしい」
「他に分かってることは」
「住所に生年月日、それと外見は……身長一四三センチで痩せ型、黒髪のショートヘア。発覚経緯は六月七日の夜、いつになっても帰宅せず携帯も繋がらないため両親が不審に思い警察に相談。ちなみに、その日の登校はしていたそうだ。夢遊病のようにフラフラと出歩く精神疾患は抱えていないし、薬物に関わった過去も無い……捜索願に書かれたこれらの情報とさっきの名簿が、今手に入っている全てになるわ」
 これだけの情報がありながら、通常の捜査では進展が無かった。その事実が、この案件に病魔の異能が関与している可能性を示唆しているように思えてならない。
 が、その想像に水を差すように神流が続ける。
「念のため言っておくと、城崎音代の捜索について政府から別谷境の動員命令は出されていない。つまり取り決め上、境が対応しなくてもペナルティは課されない」
 動員命令は言葉通り、別谷境という「道具」を病魔狩りに使うための命令だ。
 特認証(と、それによる自由な暮らし)を盾に取られている以上、これを出された場合オレは事件解決に当たらざるを得ない。
 その命令が出されていないということはつまり、
「オレを動かすだけの確定的な証拠がまだ掴めて無いんだな」
「そうだ。ただし、お前も想像していることだろうが、本件以前に発生している複数の行方不明者たちも未だ発見されていない現状、これに未知の病魔が関係している可能性は決して低くない。そこで――」
「もしオレが自発的にこの問題を解決したら、政府に対して貸になる?」
 この読みは正しかったようで、神流は少しだけ不服そうに開きかけた口を閉じる。
「なるほど。オレは伊南と接触してようがいまいが、どの道こうなる運命だったってことか……」
「繰り返しになるがこれは命令じゃない。アタシは特捜課として動くことになるが、お前が対処しなくちゃいけない義務はどこにも無いからな?」
 神流が言っているのはオレに対する思い遣りじゃなく、単なる事実だ。
 行方不明の城崎音代が見つかるまで、事務所で惰眠を貪って過ごしたって誰も咎めない。
 義務が無い、とはそういうことだ。
 ただし。
「義務が無くても、理由はある」
 伊南の手を取った時から、いや……伊南に関わる以前からオレの行動原理は決まっている。
「そうか。……フフ」
「なんだよそのニヤケ顔」
「いいやぁ?なにかと面倒くさがるお前が自分から話を持ち掛けてきた時点で結論は固まっていたな、と思っただけさ」
「……あくまで個人的な理由で首を突っ込むだけだ。本格的な捜査や病魔の『捕食』がお望みなら、その働き分の支払いはしてもらう」
「それで構わないよ。境の意向に沿わない、特捜課発の要請で動いてもらった際の対価はきちんと計上すると約束しよう」
 政府からの命令に従って成果を挙げた場合、その対価は神流の口座宛に日本円として振り込まれる。そこから神流経由でオレに直接現金支給されるのがいつもの流れだ。
 今回はオレが勝手に介入する形式上、いつもの報酬は期待できないけれど、代わりに自由な行動が取れることになる。
 相応の対価を寄越せと言ったのは、最もオレの行動を制限し得る神流に対する牽制が目的である。政府由来のカネが入らないということは、オレへの命令、指示は即ち神流のポケットマネーを削ることに直結するからだ。
 これで特捜課の思惑とは関係無く好きに――
「という訳で、はいコレ」
 などと油断しきっていたオレは、己の考えの甘さを思い知らされる。
 何かを渡すときにしか使われない台詞と共に、神流がデスクへ放り広げたのは分厚い札束と携帯電話、そして衣類……のように見えた。
 というか、それはどう見ても女子用ブレザーとプリーツスカートの学生服セットだった。ご丁寧にワイシャツとリボンまで一纏めになっている。
 紫を帯びた濃紺の生地は高級感を滲ませていて、ひと目でお嬢様学校のそれだと直感できる。
 最悪な結論が脳裏に浮かび、それを振り払いたい一で疑問を口にする。
「はい……って、ナニ?これ」
 だが抵抗虚しく。
 悪魔大元帥カンナクミコは底意地の悪い笑みを浮かべて、
「何って、私立姫毘乃女学園高等部二年の制服だよ。お前には明後日から姫毘乃の生徒として潜入捜査に当たってもらうんだからな」
 無慈悲な裁定けっていを突き付けるのだった。

次回


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