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【長編小説】万華のイシ 無我炸裂_26

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間章_講義-vol.3-


「今や病魔の代名詞にも等しいほど知名度が高い異能の力だが、実際に異能発現まで至っているのは発症者全体の何パーセントだと思う?」
 神流の問いに等々力は面食らう。
「え……?うぅん……わざわざそう質問されるってことは多分、今の感覚とは違うだろうから…………三割くらい、ですかね」
「惜しい。昨年時点の累計発症者が約四〇〇人に対して、異能発現者と認定されたのは三十二人――つまり一〇パーセント未満だ。……ま、実際には厚労省の検査を逃れて隠れ潜んでる輩もいるだろうから、一割以上二割未満ってところかな」
「でも、思ったよりずっと少ないんですね。私、ほんとは半数くらいが異能者なのかと思ってましたから」
 神流は火が着いていない紙巻たばこを四指の上でペンのようにくるくると回しながら、呆れ半分に言う。
「それだけ病魔イコール異能発現者という情報の刷り込み機会が多いということさ。例えば異能者による殺人というのは、絶対数で比較すれば交通事故での死者数の方が圧倒的に多いし、発生割合でみても飲酒運転による死亡事故より少ない。にも関わらず、内容の凄惨さや報道の繰り返しによる刷り込みから、病魔発症者というカテゴリ自体に『危険』という印象がついている。センセーショナルな事件ってのは記憶にも残りやすいしね」
 事件の当事者として関わることになる特捜課の人間として、情報メディアの姿勢に思う所がありそうな物言いだった。
「異能者の力が未知数っていうのも、その風潮に拍車かけてますよね。……あれ?そういえば神流さん、異能者が全体の一割くらいってことは、それ以外はみんな特認証をもらって暮らしてるんですか?その割にはあまり姿を見かけないような……」
「ん?ああ、なるほど。ひなた君は異能者じゃなければ特認証が付与されると思っているんだね」
「そうじゃないんですか」
 首肯した神流は手近なホワイトボードまで移動して、空いたスペースに三層の仕切りを書き込む。
 分けた層の下から順に「軽度」「中度」「重度」と分類し、
「病魔を発症した者に対して、現在の厚労省は症状に応じて三段階に大別している。重度というのはいわゆる異能発現者で、全体の一割くらい。最も数が多い中度では精神に異常を来していて、社会生活を送ることが困難な者が当てはまる。割合的には六割といったところか。残り三割の軽度は幻聴・幻覚の発生が主症状で、日常生活は可能なレベルの発症者が該当するんだ。ひなた君が認識している特認証付与者はこのうち軽度発症者の一部ということになる」
「なるほど……道理で」
 少なく感じるわけですね、と納得する等々力。
「ちなみに軽度症状で特徴的なのは、その全員が同じようなモノを見聞きしたと証言していることだ。……まったく、アタシはオカルトの専門家になったつもりは無いんだが」
 どこで道を間違えたのかねえ、と大げさに肩を竦めてみせる。
「同じ……寸分違わず、なんでしょうか?」
「全く同一ということは無い。が、訴えられた幻像の特徴は共通している。特にほとんどの証言で共通する特徴は『女児の姿』だ。男児や成人、人以外の動物というケースは片手の数ほどしか出ていない。髪は長髪であることが多くて、金髪が白髪になったような、色素の薄い色をしている。そういう外見の女児が、前触れも無く突然視界に現れるらしい。場所も時間もお構いなしで、一番ひどかったのは『便所で用を足しているとき目の前に出た』というケースがあったか」
 幻覚は当人にとって現実と区別なく観測されるから問題になる。
 出現の経緯がどれほど不自然であったとしても、本物と寸分違わぬ質感・量感を伴って在ればそれは観測者にとっての現実だ。
 その恐ろしさを等々力は体験したことは無かったが、得体の知れない存在に四六時中見られているという事実だけでも、やがて精神に不調を来すだろうことは想像に難くなかった。
「せっかく特認証が与えられても、そんな不安を抱えながらじゃ日常を送るのも難しいような……」
「そうね。だから軽度発症者でも、自ら隔離施設に入ることを望む人はいるの。これがさっき『特認証付与者は軽度発症者の一部』と言ったことの理由。周囲に被害をもたらさず、日常生活が可能と診断された軽度症状であっても、それで自分が耐えられるかどうかは別問題ということよ」


次回


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