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【短編小説】 異世界騎士リリスの現代ごはん探訪記③(3117文字)
「さて、今日のテーマは“異文化交流と武具の進化”だ」
お爺ちゃん教授の声がスピーカを通して講堂に響く。ノートを執りながら、講義を聴いていると、不思議なことに頭の中がモヤっとした。
「例えば、武具はその地域独自のものに思われがちだが、実際には異なる文化の影響を大きく受けている。たとえば、ある地域では直剣が主流だったとしても、別地域の鍛冶技術が加わることで、より頑丈で鋭い湾曲した剣が作られるようになった例が——」
(………………)
「また、盾や鎧も同じことが言える。金属加工の技術が発展することで、防御力を上げながらも軽量化が進んだりと、つまり、それぞれの技術が融合することで、新しい武具が生まれ——」
なぜだろう? 全然、まったく、これっぽちも講義の内容がピンとこない……。
「はぁ……」
眠い。
…………晩飯なににしよう?
最近はスーパーのお惣菜が続いている。
リリスは育ち盛りな年頃だし、献立に野菜を追加して、もっと栄養のあるメニューを考えないと。
「要するに、色んな要素が混ざることで、新しいものが生まれるってことだろ」
熱弁を振るうお爺ちゃん教授を視界の端へと追いやり、はやく終わらないかなぁと壁時計を眺めていたら、隣から健流——友人がメモを取りつつ、ポツリと呟いた。
「シンプルに言えば、多様な交流が可能性を生むって話」
その言葉を脳内で繰り返し再生する。
俺は右手のペンを回しながら、再び考え込んだ。
(……なんか、引っかかるんだよな〜?)
しばらくして、終業のベルが講堂内に鳴り響き、俺は凝り固まった思考をほぐすように頭を振って席を立った。
講義終了後、健流と一緒に食堂へと向かう。
本日の昼食は、ほろほろの豚の角煮が入っているカレーと給水機の水。
手に持ったトレーから漂う香辛料の香りに口の中のよだれを抑えられそうもない。腹の虫も『さっさとこっちにカレーを寄越せ!』と抗議っぽい、ぐぅの音をあげはじめた。
どこか空いている席はないかと、ぐるぐると食堂内を歩いていると、窓側のテーブル席が空いているのを見つけた。
温かそうな陽が射し込む見晴らしのいい席だ。
「お前、ずっと考え込んでたな。なにかあったか?」
健流が豚骨ラーメンを啜りながら尋ねてくる。
「……ちょっと、今日の講義が難しくて…」
「? そんなに難しい内容だったか?」
「なんかさ、色んな技術が交わると進化するがどうとかってのがピンとこなくて」
「異なる文化を理解し、受け入れ、お互いに助けあうと、見つけられなかった可能性がでてくるってことさ」
そう言った友人は残ったラーメンスープにホカホカの白米をぶち込んだ。
「やっぱり、ラーメンの〆はこれだよな! うめぇ!」
「……あー、そうだね―」
ラーメン丼ぶりを片手に米とスープをガツガツ貪る友人から視線を外し、俺はまた考える。
(色々な交わり……交わりかぁ……!)
「それだ!」
「!? なんだよ急に?」
晩飯も混ぜればいいんだ!
ちょっと手間だけど、たぶん喜んでくれるはず。栄養バランスも問題なし!
「温泉卵もほしいな。買ってくか」
レシピを考えつつ、カレーを口に運ぶ。
必要なものはスマホのメモに書き込んで、帰りに買って帰ればいい。
保存も効くから、すこし多めに作ろうかな。
こうして、本日の晩飯が決まった。
食堂を後にした俺は、大学を出て、電車を乗り継ぎ、最寄り駅で降りる。
(具材は何にしよう? もやしは入れるとして、中華スープも用意したいな……)
すこし手間はかかるけど、難しい料理じゃない。
あれをリリスの前でやったらどんな反応をするだろう?
いつも、俺の作った飯を笑顔で頬張る彼女を思い出ししつつ帰るのは、とても楽しい。
(楽しみだな)
そのあと、顔がニヤけたままになっていないかを若干、気にしつつ最寄りのスーパー立ち寄って、足りない食材を買って帰った。
「さて、これで完成だ」
——人参、もやし、ほうれん草のナムルに刻み海苔と肉味噌!
俺は色とりどりの具材が綺麗に盛り付けられた器を二つ並べ、最後に温泉卵をそっと中央に乗せる。それと白ごまをパラパラっと。
「トモヤ、これはなんていう料理なのだ?」
「ビビンバだ!」
「ビビン……バ?」
「そう! 色んな具材の乗った丼もの。栄養バランスもいいし、何より美味い!」
「おぉ……!」
「韓国って国の料理なんだけど、日本でも結構人気なんだよ」
「おお! 他国の! それは興味深いな!」
リリスは興味津々な様子で丼の中を覗き込んでいる。
「なんというか、すごく美しいな。色んな食材が並んでいて、まるで——」
「宝石箱みたい、だろ?」
「うむ!」
テーブルにビビンバとインスタントのわかめスープを準備して席に着く。
そして、満面の笑みを浮かべ、リリスはスプーンを手に取る——その瞬間を待っていた!
「では、いただきます!」
「——ちょっと待った!!」
「!?」
俺の唐突すぎる声にスプーンを構えたまま、リリスがびくりと固まる。
「と、止めるなトモヤ〜! 早くしないと私私は『くっ殺!』を決めてしまうぞ!」
どんな絶望の仕方だよ!? いや、絶望の仕方としてはある意味あっているのか?
そんなにお腹空いてんの?
「……実は食べる前に大事な儀式があるんだ」
「儀式……だと?」
そう言って、俺はスプーンを手に取ると、リリスの目の前でごま油で輝くナムルと米をぐいっとかき混ぜ始めた。
「ななななな!? 何をしている!?」
綺麗に盛りつけた色とりどりのナムルと温泉卵が、白米と一緒にぐちゃぐちゃに混ぜられ、コチュジャンの赤さに染まっていく。
「や、やめろ! トモヤー!?」
リリスは目をまん丸にして、俺の凶行を止めようと手を伸ばす。しかし、リリスの狼狽を楽しみに——見切っていた俺はその手をひらりと躱して、儀式の内容を説明することにした。
「ビビンバってのは、こうやって混ぜることで本当の美味さが出るんだよ」
「なに? そうなのか?」
「ああ、こうやって他の具材と混ぜあわせることで、新しい味が生まれるんだ。そして、最高に美味くなる!」
リリスはじっと俺の手元を見つめていたが、やがてふっと納得したような表情でぽんっっと手を打った。
「なるほど……面白いな!」
「だろ? はい、改めて、いただきます」
「いただきます!」
俺を見習ってぐるっぐるっと具材を混ぜるリリス。そして、お互いに最初の一口目をスプーンですくうと口に運んだ。
「……!」
リリスの藍色の瞳が大きく見開かれる瞬間を俺は見逃さなかった。次の瞬間、リリスの顔がぱあっと——まるで、花が太陽の光を浴びて一気に花開くような笑顔を見た。
「うまーーーい!? なんだこれは!?」
「ほらな? 米とナムルを別で食うより美味いだろ」
もう一口食べてみた。
ピリ辛のコチュジャンが全体に絡まり、野菜の甘みと肉の旨味が絶妙に調和している。
「確かに……これはすごい。別々だった味が、一つにまとまって、もっと深い味になってる……!」
俺が調理中にナムルつまみ食いして「しょっぱい」と評していたリリスが、嬉しそうに何度も頷き、スプーンを動かしている。
「トモヤ、これは素晴らしい発見だ!」
リリスのはしゃぎように少し誇らしい気分になりながら、残りのビビンバをかき込んでいく。
ふと、昼間の講義内容を思い出した。
(異なる文化が交わると、新しいものが生まれる——そう言ってたっけ。俺にできるのは料理くらいだけど……まあ、リリスが笑ってくれるなら、それでいいのかもな)
血濡れの鎧を纏って空を見ていた冷めた目の少女の「ごちそうさまだ!」という元気な言葉とともに、俺も最後のひとくちを口へと運んだ。
「ごちそうさま」