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あるピアノバーでの「屈辱」

黒豹コメント:

「旅の恥は搔き捨て」という言葉がありますが、海外に行くと一生忘れられない恥も出てくるようです。

ワールドワイド会議で全ての議題をこなし、打ち上げでメンバー全員が夜のピアノバーに繰り出しました。
ボストンのピアノバーは、ニューヨークのものとは違うようで、少しカジュアルで、伝統的なアメリカンスタイルのレストランといった感じです。
照明を抑えた広いホールのステージに、ごつく立派なピアノがあります。
奏者は、唄も歌い、座って弾くのではなく、飛んだり跳ねたりしながら、客がリクエストするあらゆる曲を弾くことができるという、ピアニストというより、プロのコメディアンといった雰囲気です。
客が自由にフレイズをリクエストすることができる替え歌タイムとなりました。客は、私たちのグループが15人ほど、あとは紳士淑女といった方々がテーブルを占めており、皆、適度に冷えたビールを楽しく飲んでおりました。
夫婦と思われるテーブルの、年配の女性がリクエストしたworld peace(世界の平和)が100回ほど連呼された有名なフォークソングが終わった後、アイルランドの同僚がなぜか小声で、「○○○○をリクエストすれば皆様きっと感動しますよ」と、私の耳に囁きました。私は聞いたことのないそのフレイズを、疑うこともなく大きな声でリクエストしました。
奏者の表情が、なぜか一瞬歪んだように見えました。メンバー(半分は女性)も口を半開きにしたまま固まっております。紳士淑女の集団からもざわめきが聞こえ始めました。私は、dirty word(スラング)もかなり学習しておりましたので、何が起きているのかまったく想像がつきません。
奏者が、「Thank you Japanese gentleman!」と真面目な顔で応え、覚悟を決めたように、「○○○○」を歯切れのよいピアノ・ロックに合わせ、延々と繰り返します。ホールは異様な雰囲気に包まれました。最後に、盛大な拍手が響きましたが、なぜか白けた乾いた音でした。
何が何だかわからないままホテルに帰り、送ってくれたアメリカ人の友人が気の毒そうな表情で訊いてきました。
「君にあの言葉を教えたのは誰? 日本人は絶対に知らないスラングだ」
やっと私は全てを悟りました。同時に思い出したのです。その5年前の会議の時、彼が私に話した「東京に研修で訪れた時、日本人に騙され、デパートの銘菓コーナーで、顔を真っ赤にした女性店員に殴られそうになった」という、いかにも滑稽で残酷なできごとを。
私は、罠にはまった悔しさとともに、ホールに集った皆様がどんな気持ちで、あのおぞましい替え歌を聴き、拍手まで贈ってくれたのか、それを思い出すと、時差の疲れも重なり、屈辱の涙がドッと溢れてきました。

ただ、アイルランド人には、何かと助けてもらったこともあり、面倒見の良い国民性を知っているので、彼らの名誉を守るためにも、彼の名前は最後まで明かしませんでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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