ウクライナ政府側が考える「ウクライナ領」とは-「ロシア軍は撤兵すべき」で留意すべき点-
「今こそ停戦を」に関しては賛同署名とともに、下記のような停戦を求める切実な声がよせられています。御覧いただけれけば幸いです。
署名活動についてのお知らせ · 寄せられた賛同メッセージを紹介します。署名を広めてください。 · Change.org
署名へのご賛同よろしくお願いいたします。そして可能であればぜひ周りにも呼びかけお願いいたします。「数は力」です。
キャンペーン · #今こそ停戦を 賛同署名をお願いします · Change.org
もちろん護憲派すべてがそうではなく私も護憲派ですが違いますが、伊勢崎先生のこのツイートの内容については、私もつくづく同感です。
伊勢崎賢治さんはTwitterを使っています: 「いやー、しかし、まさか護憲派のみなさんが、有事になったら怖気付くだろうに平時から威勢の良いネトウヨみたいな人たちと同じに、ここまで「領土の死守」で盛り上がるとは思いませんでした。それと、仮想敵国の侵略を、火星人の襲来みたいに身構えちゃっているのにも。」 / Twitter
最初に
このnoteでは、これまで水島先生、野口先生、伊勢崎先生の論考やツイートをしばしば引用していますが、その3先生とも、もとになる原文を基本的に容易にアクセスできるようにされています。例えば水島先生が「ジョンソン氏介入主因説」を紹介した論考では次のようになっています。
直言(2023年2月27日)「地政学的戦争」――「ウクライナ民衆法廷」の提言(リチャード・フォーク) (asaho.com)
この論考の下記の部分
「この戦争は、もっと早い時期に停戦になるチャンスが実はあったのである。ドイツの軍事専門家ユルゲン・ヴァーグナーは、先週公表された評論「ウクライナ戦争―前史・経過・諸利益・武器!」のなかで、停戦交渉に介入して、長期戦に持ち込んだ動きについて述べている。その一部を紹介しよう(訳文は簡略化してある)。」
の評論題名「ウクライナ戦争-歴史・経過・諸利益・武器!」のところをクイックすると、
Informationsstelle Militarisierung (IMI) » Der Ukraine-Krieg (imi-online.de)
というように、原文を参照できるようになっています。この点は野口先生、伊勢崎先生のものも同様です。前回少し述べた「即時停戦・軍事支援反対派」を「『ひどすぎる反知性主義』」と批判するブログでは、「孫引きにすぎない」との断言がなされていましたが、基本容易に原文にアクセスできるようにされていますから、なぜ「即時停戦・軍事支援反対派(といってもその範囲は広い、がだれとも限定されていない、そのすべてに対して)の主張は孫引きによるものだ」と決めつけられるのは、いかなる根拠によるものでしょうか。批判対象と思われる方には学者の先生方も数多くいますから(ただ私は大学教員ですが学者とはいえません)、そうした決めつけはいかがか、と思います。ただこの件については生産的とは思いませんから、私からの指摘はこれで終わりにします。私としては自戒を込めて、人格を否定したり安易な決めつけを行うことは慎むべき、と思います。そうした点が私の方でもありましたらご指摘いただければ幸いです。
「ロシア軍は撤兵すべき」は当然のことと思われていますし、私もそう思っていました。その場合撤兵すべきは「ウクライナ領」からで、それはウクライナが独立するときウクライナ領とされた場所から、というのはほぼ常識的な認識でしょう。
しかしウクライナの国営通社が14日に配信した下記の記事を読むと、注意が必要では、と思っています。
「ロシア連邦崩壊の時が来ている」=ウクライナ軍情報機関トップ (ukrinform.jp)
気になったのはウクライナ軍情報機関トップの下記の発言です。
「ブダーノウ氏は、「国境は変わり得る」とした上で、「それは人工的に作られた誤りであり、現在、その国(ロシアのこと・・・筆者注)に崩壊の時が来ている」との見方を示した。」
「国境は変わりうる」「それは人工的につくられた誤り」が「現在ロシア政府が国境としているところ」のことならいいのですが、そのあとにすぐロシアの崩壊に言及していますから、「この人物の考えるウクライナ領とは現在ロシア領とされている部分も含む(あるいはそこもウクライナ領とすべき)」と考えているのではないか、との懸念を感じました。軍情報機関のトップの発言としてウクライナの国営通信が伝えているだけに、無視はできません。
実は下記の報道がなされたとき、「ではウクライナ側は本音としてウクライナ領をどの範囲まで考えているのか」と危惧を感じたのも事実です。
「ロシア→モスコビア」検討を 呼称巡る請願でウクライナ大統領:時事ドットコム (jiji.com)(3/11)
こうした歴史観によれば、「本来のウクライナ領は独立時決められたよりもっと大きい」、との主張がでてきかねません。
もちろんウクライナ政府は私が知る限り現時点ではそうしたことは言っていません。ただ直近の4月14日の軍情報機関トップの発言、ロシア→モスコピア呼称変更の背後に、「ウクライナ領は本来もっと広い」との含意があるとすれば、「ロシア軍は撤兵すべき」というとき、それはあくまでも「独立時にウクライナ領とされた範囲からだ」という留意は必要と思います。
同時に「その地域がどの国に帰属するか」は何によって正当化されるのか、歴史といっても参照すべきさまざまな時点で異なっている、さらに民族構成・使用言語が変化していったときどうするか、などこの問いには単純には答えられない、とも考えています。
「今こそ停戦を」の下記の説明にはかなりの批判がなされています。
「3. なぜ撤退ではなく停戦なのですか?
![](https://assets.st-note.com/img/1681655087731-p0Eh6RFxiq.jpg)
ロシアへの「撤退」の呼びかけだけを続けることは、両国の現状を考えると、「停戦」の呼びかけと実現よりも、時間がかかり、その間にも犠牲になる人が増えてしまいます。
「撤退」は「特定の領域が帰属する国」を定める必要があります。このとき、歴史を参照して「特定の領域が帰属する国」を定めることはできません。なぜなら参照する歴史上の時点によって、どちらの国にも帰属しうるからです。過去もまた多様なのです。「撤退」がなされる時は、中立で公正な国際監視のもとに行われる住民投票によって決められる必要があります。しかしそれには段階と時間を要するので、まず無条件に「停戦」をして、その交渉を開始する必要があります。」
私も「ロシア・ウクライナ両国政府、さらにその民族構成、それをふまえた様々な意見」といった現状を考えると、以後二度と戦争とならないようにするには、ここで述べられるこのような慎重な対応が必要と考えます。
「ロシア軍は撤兵すべき」これ自体は正しい、しかしその背後に両国の考える領土の範囲が異なり、万が一ウクライナ政府側も「独立時に定められた範囲を超えるところもウクライナ領」との考えもあるとしたら、かなり慎重な留意が必要でしょう。
なお当然ながら現在ロシア政府側が主張しているロシア領の範囲、とりわけ昨年併合した部分がロシア領とはいえない、は明白ですし、その点を正当化する意図では決してない、という点は強調しておきます。
ただそもそも「領土がどこに帰属するか」は何によって正当化されるのか、さらにはもっといえば「領土」とはどういうものか、そういう根源的な疑問を感じているのも事実です。
もちろんだからといって、現在の「ロシア政権による侵略」を容認するものでは決してない、「ロシア政権による侵略は容認できない」は明白であることは重ねて強調しておきます。
白井邦彦
青山学院大学教授