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和束茶、それは記憶にある最高のお茶

前回の台湾茶の記事に、台湾茶に目覚めたきっかけは孤独のグルメ、と書いてましたが、お茶に目覚めるきっかけがもう一つありました。
それは母の田舎から送られてきた京都府相楽郡和束町のほうじ番茶。
結論から言いますと、最高です!
いや、この世の全ての番茶を飲んだ訳ではないのですがね…これは私の超個人的な思い出に紐付いた結果、最高なのです。

かれこれ40年前、私が小学校1〜3年生の頃、和束町に住んでいました。むか〜しむかしのことじゃ。
その頃は廃業していたけれど、祖父母は茶農家をしていました。母屋の横に二階吹抜けの広い小屋があり、そこには昔の茶に使っていた古びた道具が沢山置いてあったのを覚えています。
田舎の家あるある、母屋にトイレはなく、その広い小屋の土間を通り抜けた先にトイレがありました。小屋の天井は剥き出しの梁、そこから裸電球が2個ぶら下がっているだけ…
夜にトイレへ行く恐怖といったら!!絶対に梁の上に妖怪がいる、いてもおかしくない!
恐怖に縮み上がりながらソロリソロリと土間を歩いていると…

出た!!

巨大なカマドウマ!!妖怪より怖いw

和束の四季の美しさは筆舌に尽くしがたく。
と言いながら書きますと、
初夏の小川で見つけたサワガニの艶。夕立ちで洗われた後の紫、桃、オレンジ色に染まる夕焼け、涼しげにカナカナと響くヒグラシの声。視界一面金色の稲穂。学校帰りに稲刈り後の株をカシュカシュと踏み、途中の畑で作業している祖母の手伝いをしたり。
春にはそう、茶工場からの何とも言えぬ茶の香りが…
茶摘みの手伝いに同行したこともありました。
急斜面の山道を軽トラの荷台に座って(ダメですよ!)

そのお茶っ葉を使って、でっかいヤカンに和束の水で煮出したほうじ番茶。
小学校低学年の子どもの私ですら美味しい!と思った記憶があります。
10歳くらいで和束から引っ越して、引っ越した先で飲んだお茶が美味しくなかったので、あれは特別美味しかったんだと気付いたものです。

そのお茶っ葉が昨年、母から送られてきて何気なしに飲んでみたら、めちゃくちゃ美味しかった!
記憶の美化ではなかったんだ!と再確認しました。
いや、きっと昔々に飲んだお茶の方が美味しかったのかもしれないけれど…贅沢なことだったんだな。

書いていて、美味しんぼの「鮎」の回を思い出しました。
海原雄山は審査員の故郷の鮎を使って勝利するというアノ話。審査員に山岡さんの鮎はカスや…と言わしめたw
これくらいにしておきましょう。ではまた。

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