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妖精みたいな人
昨日の夜のこと。
ライブに来てくれた友人Mくんにいわれた言葉だ。
どういう文脈から出た言葉かというと、Mくんは、音楽の場などで出会う人を指して「みんな妖怪だったり悪魔だったり天使だったり妖精だったりして面白い」と話してくれた。そこから私とYさんの話になったのだ。
その文脈で言うなら、Mくんはホビットとか山伏とか天狗とか、どこか森っぽさを感じるよ、と私も返した。
そしてその時いた江古田倶楽部もまた、魔法がかかったみたいな店だよね、とも話した。不思議な引力のある場所。
Mくんは私とYさんの両方を以前から知っている、Yさんのギタリスト友達だ。私とYさんが結婚する前からの仲だ。それは昨日のライブに揃って出演してくれたソロギタリスト仲間たちも同じ。みんな同じライブバーでつながった同志たちだ。
そんなことを言う彼こそ、浮世離れしているというか、不思議な波長をもつ、不思議な魅力をたたえた人なのだ。風のような人。明るく人好きのするスナフキン。老若男女に好かれる人。自分の軸があって、でもそれを押し付けるわけではなくて、しなやかで人に優しく、何も言わずともスケールの大きさを感じさせるオーラがある。口を開けばユーモアで空気を明るくしてくれる癒し手だ。子どもも大人も誰もが彼には容易く心を開くだろうなと思うし、実際そうだ。私は会話が下手で、もういっそ喋らない方がいいくらいのコミュニケーションスキルなんだけれど、Mくんはとても自然体で会話の拡げ方が上手な人で、私に対しても初めて知り合った時から気さくに話しかけてくれた。そんな彼にとても救われたことを思い出す。
沢山話したことがあるわけではないけれど、私の中には彼の私やさまざまな人に対するふるまいというか姿勢に対してリスペクトの気持ちがあって、自分もあんな風になれたらと憧れていた。
だから、昨日そんな彼から「妖精みたいだよね」という言葉をもらって、とてもうれしかった。しかも私とYさんの二人ともがそうだと言う。
自分のことはさておき、今のYさんは確かにそう思わせるところがあるのを私も感じているから、その言葉はあながちお世辞じゃないんだなと思える。
元より、私がYさんと連れ立って私の友人や親類に会うと、異口同音に「なんだか二人、雰囲気似てるよね」と言われる。「兄妹みたいだよね」とまで言う人もいた。しかもそれを家族の誰も否定しない。きっとだから私とYさんは、似た者夫婦に見えるんだろう。
似ている点があるとすれば、生来的に孤独欲求が人より強いことと、本当の意味でお互いがお互いを完全に理解し合えるなどということは絶対にあり得ないと考えていること、その絶望を大前提として生きているところじゃないかと思う。だから片方(大体においては私)が本人自身のバイオリズムによって自滅的に荒れることはあっても、喧嘩らしい喧嘩はまずない。
例えばYさんの弾くギターはアイルランド音楽で、クラシックでもなくロックでもなくポップスですらない、音楽ジャンルの中でもマイナー中のどマイナーだ。分かりやすく言えば「眠たくなる音楽」だ。
けれども私もまたそういう名前のないような音楽を物心ついた時から好んで聴いていたくちで、小学生時代の愛聴盤は従兄から譲ってもらった風の谷のナウシカのサウンドトラックだったりした。
そういう趣味嗜好や哲学の傾向は近い部分もあるけれども、他に比べたら近いというぐらいで、厳密に言わせれば「ニア」止まりであって「ニアリーイコール」ですらない。それは仕方のないことだとお互い思っているし、それで十分だとも思っている。
と、話の筋がかなり大きく逸れて自分語りを垂れ流してしまったけれども、そういういきさつがあって、Mくんからのひと言がとても嬉しく、心に残った、という話。