帰ってきた咲ちゃん


#創作2023
#イラストストーリー部門

咲ちゃんが帰ってきたのは、彼女が死んで1週間後だった。
死んだという知らせを聞いた時は、心の底から後悔した。
もっと話を聞いてやれたら、もっと踏み込んでいたら、もっと時間を一緒に過ごせば、そんなことばかりが頭に思い浮かんだが、奇妙なことに彼女は帰ってきた。

「ネイル、ヤッホー」

「…咲ちゃん?」

1人で帰るようになって、行きも帰りも通る場所を変えた。
なのに、彼女は当然の如く僕に手を振ってこちらへと向かってくる。
世間でいう地雷と呼ばれるようなファッションをした、小柄な女子生徒。
一時期は不登校だったが、保健室通いで少しずつ学校に復帰できていたはずなのに、ある日自殺した。
脳内に残っている彼女との思い出がフラッシュバックして、腰が抜けてその場に座り込んだ。
最後に思い浮かんだ光景は、目の前でシートを被せられ、担架で運ばれていく彼女だったもの。
警察が野次馬に怒号を浴びせるが、皆スマホを向けたまま、その場に残った彼女の残骸を撮影する。
その様子が異常で、気味が悪く、悲しいとかいう感情すら超えた何かが僕に刺さった。

「大丈夫?なんかあった?」

今までも何度か見たとぼけた顔をして、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。
必死に目を動かして、記憶の中にいる彼女と目の前の彼女の相違点を探す。
インナーにピンクに近い赤を入れた髪、誰もが可愛いと称する顔と、いつも付けている赤いカラコン。
最後に見た時と全く一緒だった。

「どうして…、死んだはずじゃ」

「なんの冗談?怒るよ?」

彼女はそう言って、僕に手を差し出す。
悪い夢を見ている、死者が帰ってくることなどあり得ない。
もし生きて帰ってきたら、そんな風にあれこれを考える事が多かったが、いざ帰ってきた彼女を前にすると、恐怖が大きかった。
自分の頬をつねり、手の甲の薄皮を目一杯噛むが、痛みを感じる。

「さっきから何してるの?キモイよ、ネイル」

橋爪(はしづめ)という僕の苗字から、ネイルというあだ名で呼ぶのは彼女だけだ。
色々聞きたいことがある、でも彼女の雰囲気が何も言わせてくれない。
ただただ黙って彼女を見つめると、彼女も黙ってじっとこちらを見てくる。
込み上げてくるものが多すぎた。
数秒もしないうちに、鼻水と共にダラダラと涙を流して、彼女に抱きつく。

「何、ネイルどうしたの?」

彼女が戸惑うのも気にせず、華奢な彼女を思い切り抱きしめ、声を上げて泣き続けた。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、辺りは暗くなり始めていた。
少しずつ感情の昂りは収まり、彼女から離れてハンカチで顔を拭く。

「ごめん、急に」

「……大丈夫だよ、全然。最近会えてなかったから、どうしてるかと思って探したよ」

「…会えるわけないよ」

「急に帰り道も変えたじゃん!避けられてる!?」

「そんな事ない。だって…」

違和感が無視できない。
彼女はいつも通りだ。
だが、彼女は死んだ。
それなのに彼女はそれを知らない様子で、まるで僕がいきなり通学路を変えて、彼女を避けていると思っている。

「そういえばさ、私、凄いことになっちゃった!」

嬉しそうに彼女はそう言って、空に向かって右手をかざす。
その様子を黙って見ていると、彼女の右手首からじわじわと黒い霧が湧き出る。
その霧は彼女の手を登っていき、手の甲、指という順番で徐々に手全体を覆っていく。

「凄くない!?これの時ってさ、何やっても平気なの!!」

彼女の言っていることが分からない。
でも、明らかに彼女の右手は黒く、そして形が曖昧になっている。
そのまま勢いよく、地面に向かって手を叩きつけると、彼女の足下のアスファルトが少し削れた。

「どう?凄くないこれ!?」

いつのまにか元に戻った手には、細かい破片になった黒い石が乗っていた。
差し出されたそれを恐る恐る見ると、明らかに足下にあるアスファルトの残骸だった。

「…何したの?これ」

「すごくない!?私さ、最強になっちゃった!!」

嬉しくなると大笑いする彼女の癖もそのままだったが、僕は彼女が何に成って帰ってきたのか、不安でたまらなかった。

ー翌日ー

本当におかしな気分だった。
葬式にも参列し、毎日泣き疲れて寝落ちした。
起きてもろくに食事も取らずに学校に行って、色々思い出さないために通学路を変えた。
なのに、今の僕はついこの間までと同じように、隣に咲ちゃんを連れて学校へ向かっている。

「いやあ、嫌われたとかじゃなくて安心したよ。ネイルが嫌うわけないのにね、陰キャだし」

「自分だって浮いてるじゃん」

「私は好きでやってるからいいの。じゃあ、いつものように屋上居るから。また放課後ね」

黙って手を振って彼女を見送る。
彼女は制服を着ても、それ以外の小物は自分のこだわりを貫く。
教科書はおろか、タブレットすら入らないような小さいリュックを背負っている。
デザインも凝っており、茶色の革を使用して、蝙蝠のような羽を左右に1枚ずつ付けた、彼女が好きそうなものだ。
何度か注意されたが、その度に反抗し、帰りには生活指導に対する愚痴を聞かされた。

「橋爪、面貸せ」

教室に入ってすぐ、僕は兵頭に話しかけられた。
兵頭圭一(ひょうどうけいいち)という名の彼は、高校1年生にしては背が高く、細身ではあるが、ナヨナヨとした感じではない、モテる体型をしている。
おまけに顔も良い。
しかし、彼はどちらかと言えばヤンチャ寄りで、言葉遣いも荒く、周りもあまり率先して近づこうとはしなかった。

「…何かあるの?」

「いいから、来い」

授業が始まるというのに、彼は僕をずっと見下ろしたままその場を動かない。
周りからの好奇の視線が耐えられず、僕が渋々立ち上がると、彼は先に教室を出ていく。
彼の居なくなった教室で、周りのクラスメイトに視線を向けると、皆が目線を逸らす。
僕は黙って彼について行った。

ーーーーーーー

着いたのは旧体育館の裏だった。
うちの高校には、これとは別に新体育館があり、授業で主に使われるのは新体育館の方で、こちらはというと物置に近い。
おまけに柵を越えればすぐに山に入れるため、色々な理由から使われることは許可されていない。
だからか、普通の生徒は近寄らないため、普通じゃない生徒の溜まり場になったりする。

「鷺坂(さぎさか)、死んだはずだよな」

兵頭はそう言って、ポケットにしまっていたタバコに火をつけ、軽く吸う。
久々にこの匂いを嗅いだ。
咲ちゃんと同じクラスになってから、兵頭と仲良くなった。
別に僕自身は目立つ様なタイプではなく、むしろ地味な方だが、どういうわけか彼女と彼に目をつけられた。

「タバコ、辞めたんじゃなかったっけ」

「…まだ気持ちの整理がつかなくてよ。それよりも、鷺坂は死んだよな?」

「…うん」

「じゃあ、お前と一緒に来たあれは誰だ?」

なんとなく察しはついていたが、見られたか、誰かから聞いたのだろう。

「…あれは…分からない」

彼が怪訝な顔をするのも良く分かる。
当然だ。
でも、僕は昨日の出来事があって、1週間前まで一緒に遊んでいた咲ちゃんが帰ってきた、そうは思えなかった。

「お前、それどういう意味だ?」

「見た目は確かに咲ちゃんだ。でも、違うんだ」

それしか言えなかった。
彼は露骨に困惑した様子で、新しいタバコに火をつけ、体育館裏のドア近くに座り込んで激しく貧乏ゆすりを始める。

「意味分かんねえ。何がどうなってんだよ」

「……兵頭、聞いてもらいたい話があるんだ」

昨日起きた事を全て話そう、そう思って口を開いた瞬間に視界の隅に誰かが映った。
それは、上下黒のスーツを着て、長い前髪とマスクのせいで顔が一切分からないようになっていた。
でも、僕達2人はこいつを知っている。

「こんなとこで何をしている?…ここは喫煙所ではないし、何より君は吸える年齢ではないはずだろ?」

ねっとりとした喋り口調に、やや高い声色。
細長い体と手足が全体のアンバランスさを際立たせている。
数学教師の平出(ひらいで)だった。

「…後にしてくれ。こっちは大事な話してるんだよ」

先生に歯向かうのは兵頭の癖だ。
僕自身も平出は嫌いだが、露骨な憎悪を向ける程ではない。
でも彼は違う。

「先生に対してその口の聞き方は違うな。訂正して、謝罪をしなさい」

「誰がするか。邪魔すんなよ」

「訂正して、謝罪しろ。今すぐ!!!」

突然平出が叫んだ。
普段は淡々としているため、叫んだ事自体が珍しく、注意が完全にそちらへ向いた。
荒々しくこちらを交互に見る際に、前髪の隙間から平出の目が見え、視線が釘付けになった。
瞳が赤い。

「…ちょうどいい、人にまだ使ったことがなかった。お前らみたいな奴らだったら、別にどうなってもいいしな」

そう言った平出の首から、黒い霧が出始める。
昨日の見たことがフラッシュバックする。
咲ちゃんは手から出ていたが、平出は首。
関連は分からないけど、あの時と同じ恐怖感が身体へと沁みていく。

「兵頭、逃げよう!!」

彼の手を掴んで、山の中へと走った。
とにかく必死になって、手を掴んだままひたすらに山の中を進んで行く。

「おい!!待てって!」

後ろから聞こえる兵頭の声を無視して、ひたすら前に進む。
だが、どれだけ進んでも逃げられた気がしない。
むしろ、ずっと追われている気がする。
ずっと下に向けていた視線を上げた時、僕はその感覚が間違いではないと分かった。

「待ちなさい。年長者の言うことには従いなさい」

宙吊りの平出が、こちらを見下ろしている。
黒い霧が首に巻き付くように纏わりついて、頭は右方向へ直角に倒れている。
両肘にも纏わりつき、持ち上げられた様子は、さながら操り人形だった。

「何だよ、これ」

僕たちは思わず足を止め、ただただ宙に浮いた平出を見るしかなかった。
何をされるのか。
思い浮かんだ昨日の事。
これは夢だ、そう思う以外にない。
死んだ咲ちゃんが帰ってきたのも、平出がよく分からない化け物になっているのも、全部夢。
じゃあ、誰がこの夢から僕を目覚めさせてくれるのか。

「咲ちゃん、助けて」

何も考えずにぽつりと呟いたその時、目の前の平出が地面へと落ちて、周囲に砂埃が舞った。

「お待たせ、ネイル」

ジタバタと暴れている平出の上で、以前と変わらぬ様子の咲ちゃんが立っていた。

「鷺坂!!」

「ヒョドーじゃん。2人して何してるの?…まさか私に隠し事?」

足下も気にせず、こちらに向かって話しかけてくる彼女に、混乱させられっぱなしだった。
まるでさっき僕が呟いた事に反応して、やって来たと思わせるような発言に、躊躇なく平出を踏みつけている様子。
彼女自身はいつも通りを振る舞っているが、彼女もまた平出同様に黒い霧を纏い、昨日見たのと同じように、四肢が朧げな形になっている。

「さぎさかああああ、制服はちゃんと来なさいいい」

異様な音が周囲に響き、平出が叫び声を上げると同時に、咲ちゃんの足下から擦り抜けてまた宙に浮いた。
さっきまでは保っていた人としての形も、今ではあらゆるところがひしゃげているせいで、平出は本当に化け物になっていた。

「きしょいんだよ、あんたいつも」

「校則は守りなさいいいい!だめだろおお!!」

平出のひしゃげた足がこちらへと伸び、地面に刺さった。
まるで碇に繋いだ鎖のように、だらしなく垂れ切った足が、ずるずると引きずられて持ち主へと戻っていく。

「先生の指導はさあああ、聞かないとだめだろ!!」

平出は鞭のようにしなる足を振り回して、周りの木々を薙ぎ倒していく。
必死になって逃げていると、兵頭に向かって一本の木が倒れていくのが目に入った。

「兵頭!!!危ない!!」

気が付いた兵頭は、目を瞑って叫んだ。
僕も夢中になって彼の方へと走っていたその時、木がどこかへと飛んでいった。

「ヒョドー、大丈夫?」

何事も無かったように咲ちゃんは僕らを見て笑っている。
その様子が僕を余計に混乱させた。

「でも、これはもう良いよね」

咲ちゃんは僕を見て静かにそう言った。
何を言いたいか分からない。

「…何が?」

僕がそう尋ねると、彼女は笑みを浮かべた。
最後に見た時から今日まで、この笑顔は変わらない。

「あいつ、ムカつくから」

彼女はそう言って、黒い霧になった自分の腕を、倒れている木に向けた。
霧はそれに伸びて巻き付き、木を持ち上げる。
彼女は一本だけではなく、それを数回行って10本近い木を一つの塊にまとめあげた。

「これぶつけたら、ちょっとは懲りるかなあ」

咲ちゃんはもう、自分の腕とか自分が今やっていることが、普通ではないのは気にならないようだった。
むしろ、この状況を楽しんでいるようにさえ感じる。

「咲ちゃんは、怖くないの?」

「…まあ、気にならないかな」

彼女は大きく振りかぶって、木の塊を平出に向かって投げつけた。
平出は手足を必死に振り回して、木々をはたき落としていく。
しかし、間に合わなかった1本が彼の胴体に直撃すると、立て続けに2本、3本と当たり、彼の片腕と頭は吹き飛んだ。

「よし!!」

ガッツポーズをしてこちらに同意を求める彼女は、ただただ唖然としている僕と兵頭の空気感を理解できていなかった。

「平出は…どうなった」

僕は恐る恐る平出のいた場所へと向かい、辺りを見回す。
しかし、吹き飛んだはずの腕や頭の残骸も無ければ、スーツの破れた部分もない。
唯一あったのは、地面に刺さった革靴だった。

「見当たらない。どこ行ったんだ」

「マジかよ。まだ生きてるのか?」

「分からないよ。…でも、ひとまずは終わった。咲ちゃん、ありがとう」

「良いの良いの。私スーパーヒーローだから」

彼女は笑って自分の両手を見せてくる。
黒い霧が溢れては湧きを繰り返し、かろうじて形を保っている朧げな腕。
明らかに大きく、そして鋭い指先。
顔も姿も性格も声も、きっと僕の知っている咲ちゃんだ。
でも、僕は目の前にいる今の咲ちゃんが、以前と同じかと聞かれれば、素直に首を縦に振れない。

「さあ、学校に戻ろう!」

咲ちゃんを中央に、3人並んで帰る。
この間まで当たり前の事で、これが卒業までずっと続くと思っていた。
一度は終わってしまったが、それでもこうやって咲ちゃんは帰って来た。
ちらりと兵頭の顔を見ると、初めて見る、複雑な顔をしていた。
普段は気持ちを表情に出さない彼も、この時ばかりは無理だったのだろう。
僕も気持ちは同じだ。

ーーーーーーー

「2人は何をしてたの?」

「……ちょっと腹の調子が悪くて」

「説明にならないでしょ!」

僕と兵頭は保健室で怒られていた。
僕たちは咲ちゃんだけを別ルートから出るようにして、2人でいつもの場所から出た。
今思えば、山の中とはいえあれだけの騒ぎを起こせば、当然人は集まる。
でもさっきまでの僕たちは、もっと劇的な状況に身を置いていて、おかげで感覚が麻痺していた。
出るとすぐに、先生たちに囲まれ保健室へと誘導された。

「本当に何が起きたの?」

先生は、心配そうに僕らの顔を見ている。
金髪のロングヘアーで、メイクもバッチリ決めた、ルール無用なタイプの見た目なのに、綺麗なお陰で許されている。
男子からも当然人気だが、はっきりしたもの言いのおかげか、女子からの人気も熱い。
庄戸加子(しょうどかこ)先生は、そんな不思議な先生だ。

「橋爪くん、君は何を知ってるの?」

先ほどから兵頭に対して質問をしていたが、埒が開かないと思ったようで、対象を僕に変更したようだ。
でも、僕も今回ばかりは何も言えないし、言うつもりもない。
理由は明白で、起きた事を素直に話しても、信じてもらえない。
それに、あの惨状を僕らがどうにかしてやったなんて、それもまた信じる人はいないはずだ。

「僕は気が付いたらあそこにいました」

「……はあ、口割らないよなあ。咲ちゃんだったらどうするかなあ」

庄戸先生は、そう言って座っていた椅子から離れ、立ち上がって背伸びをしながら窓へと向かう。
もう昼を過ぎていたようで、校庭でサッカーをしている生徒たちが見えた。

「咲ちゃん、会いたいなあ」

彼女はそう言って、窓の前で動かない。
この学校で、唯一咲ちゃんが話をする先生が、彼女だった。
良き理解者だったようで、先生と生徒という垣根も超えて、休日には遊んだりしていたようだ。
葬式の時も、人目を憚らず、最後まで泣き続けていた。

「わあああああ!!!」

彼女が叫んで尻餅をついた。
窓の方へ指を差し、こちらを向いて何かを言いたげに口を上下に動かす。
声が出ていないので何を言いたいか分からないが、窓の方を見ると、窓の外で咲ちゃんが手を振っていた。

「なんで、なんで!?」

窓から入ってきた咲ちゃんの足にしがみつき、ひたすらに庄戸先生は叫んでいた。
兵頭の方に目をやると、彼の視線は2人に釘付けになったまま、微動だにしない。

「鷺坂か、あれ」

「……うん、咲ちゃんだ。見た目は」

「…さっきはあんなんだったのに」

「冷静だね」

「なんか、分からなくなって理解できてないだけだ。数日したら色々分かるようになって…どうなるんだろうな」

庄戸先生は泣きながら、咲ちゃんに抱きついているし、咲ちゃんも感化されたのか涙目になっている。

「いつ知った?」

「昨日の放課後、咲ちゃんが僕を待ち伏せしてたんだ。通学路も変えて、いつもの道は通らないようにしてたのに」

「お前もあんな感じになったのか」

「最初はね。でも、その後すぐにあれを見せられた」

「何を見たんだ?」

「さっき見たあの黒いやつ。右手だけだったけど、咲ちゃんは嬉しそうだった」

「…そうか。あいつらしいな」

ちょうど僕らが話し終えたタイミングで、2人は落ち着いたようだった。
並んでベッドに座り、お互いの存在を確かめるように、目線を動かしている。

「生きてたんだ、嬉しい!」

「生きてるよー!先生こそ急に泣いてどうしたの?私も泣いちゃったけどさ」

「…あ!!ごめん、2人も会いたかっただろうに。良いよ、感動の再会を!」

先生は立ち上がって、どうぞ、と言わんばかりに咲ちゃんの隣を空けた。
しかし、僕らがその場から動かずに2人を見ていると、徐々に彼女は怪訝な顔になっていった。

「2人ともさ、咲ちゃんが帰ってきたんだよ?会いたくなかったの?」

「…そんなわけない。俺は辞めてたタバコを吸い始めた」

「僕は通学路を変えました。思い出すのが怖くて」

「じゃあ尚更!!」

「…庄戸先生、僕がさっき見た事を話します」

僕はそれから、先ほど見た一切合切を全て先生に話した。
どうして森があんなことになったか、平出と咲ちゃんがどんな姿になったか。
話し終えた頃には、保健室の雰囲気は決して良いとは言えない状態になっていた。
恐る恐る咲ちゃんを見ると、いつもの笑顔でこちらを見ており、僕は内心混乱と不安でいっぱいになった。

「…嘘じゃない、んだろうけど、信じるのも難しいなあ」

先生は腕を組んで自分の椅子に戻り、深く腰かけて唸り始めた。
頭ごなしに否定したり、全てを信じて慌てるような様子でもない、僕の言った事を吟味している様子に、少しだけ彼女が人気の理由が分かった気がした。

「…咲ちゃん、さっきの話であなたの事も言われてたけど、それは本当?」

「うん、本当だよ。私は、ヒーローになっちゃったんだから」

いたずらに咲ちゃんは笑い、立ち上がって手をだらりと下げる。
深く深呼吸をすると、先ほども見た黒い霧が彼女の手首のあたりから床へと落ちていく。
一度落ちたそれは、一気に彼女の腕を駆け上がり、腕を覆い尽くす。

「…何それ」

言葉が出ない様子の先生に向けて、咲ちゃんはにこやかに自分の朧になった手を見せつける。
片手でも大人の頭は余裕で掴めそうな大きさの手のひら。
間近で見ると、異様なまでの黒さに恐怖すら覚えた。

「あ、みんな触ったら駄目だからね。少しでも触ったら粉々になっちゃうから」

「…さっきの木はならなかったじゃねえか」

「あれは指を伸ばして巻きつけたって感じだから大丈夫なの。この状態は本当に危ないからね」

そんなものを至近距離で、まじまじと見せつけられている先生が可哀想でならない。
先生は引き攣った顔で、首だけを必死に仰け反らせている。

「咲ちゃん!!危ないなら退かして!」

「ああ、ごめんごめん。見て欲しくてつい」

笑いながら彼女は手を引っ込める。
数秒もしないうちに彼女の手は、自慢の白くて細い腕に戻った。
先生は駆け寄り、しきりに何度も咲ちゃんの腕を触ったり眺めたりしている。
しかし、触られている彼女はくすぐったいのか、時折口を抑えては笑い声を漏らしていた。

「親御さんには会ったの?」

先生の一言で、和やかに談笑していた空気は緊張感のあるものになった。
僕も兵頭も、学校にいる間も、休日に遊んでいる時も、絶対に親については彼女に聞かない。
彼女にとって触れてはいけないタブーの領域。
先生の方を見ると、真剣な顔で咲ちゃんを見ていた。

「……いや、会ってない」

「今の咲ちゃんを知ってるのは、ここにいる人以外だと誰がいる?」

「友達の1人が、朝に鷺坂と橋爪を見たって俺に報告してきた。そいつが言いふらしてなければ、ここにいる以外の奴ではそいつだけ」

「…じゃあ、親御さんにはバレてないってことね」

先生はため息をついて、目を閉じた。
少しの沈黙の後、彼女は僕らを見渡して頷く。

「親御さんにも、他の先生にも報告はしない。咲ちゃんに帰る場所がないなら、私の家に来なさい」

咲ちゃんの表情は晴れ、先生に抱きついて顔を埋めた。
内心では、親に連絡をするんじゃないかと気が気でなかったが、先生は他の大人とはやっぱり違った。

「友達の方には俺から言って口止めしておく」

「ありがとう、兵頭君。でも、問題はこれからだよね〜。咲ちゃんは色んな意味で有名人だったから、バレないようにするには難しいよなあ」

「隠さなければ良いじゃん。私は大丈夫だよ」

「…咲ちゃんに悲しい思いはして欲しくない。せっかく帰ってきたんだから」

「そんなに居なくなってた?」

「咲ちゃん、とりあえずは先生のお世話になろうよ。僕も兵頭もみんな心配しちゃうからさ」

「変なの。分かった、今日はお泊まりだ」

彼女は自分が死んだことには気がついていない様だった。
さっきの発言から、昨日のリアクションも納得がいく。
彼女の中では、普通に寝て起きたらあんな身体になっていて、僕が勝手にいつも行く通学路を変えて登校した。
それだけの事だった。

「とりあえず、今日は帰ろうか。私の家でご飯だ!」

「わーい!!」

はしゃいでいる2人に若干ついていけないのは、僕だけではなかった。
兵頭は珍しい苦笑いで、自分の髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら俯く。
僕もどうしたら良いか分からないが、なんだか素直に喜べない自分がいた。

ーーーーーー

「咲ちゃんは何してます?」

「今は家で寝てるよ。昨日のどんちゃん騒ぎで、先生は眠くてしょうがないよ。もう年かなあ」

翌日もまた、僕らは保健室にいた。
あの事件以降、平出が姿を消した。
そして、僕らが何かを知っているんじゃないかということで、半ば事情聴取のような形で、一時的に隔離をされている。

「昨日聞いた話が本当なら、平出先生は今もあの山の中にいるって事だよね?」

「可能性があるって感じです」

「うーん、にわかには信じ難いけど、昨日の咲ちゃんのあれを見ちゃうとねえ」

不意にドアがノックされ、先生は少し慌てた様子でドアに向かう。
彼女がゆっくりとドアを開けると、そこにはほぼ球体の男が立っていた。

「あ、河合(かわい)先生。お疲れ様です」

「すいません、庄戸先生。お忙しいところに」

「いえいえ。如何されましたか?」

「…中に入っても?」

「ああ、どうぞ」

身長は180以上はあるのに、ほぼ球体のような体型をしているこの先生が、学年主任の河合だ。
陰でボールなんてあだ名で呼ばれているが、別に悪い評判はないが、あまり関わりもないので、僕の頭の中は疑問符だらけだ。

「橋爪君、兵頭君。2人に聞きたいことがあるんだが、少し時間をもらっても良いかい?もちろん、第三者ということで庄戸先生にも居てもらう」

何を聞かれるのか分からないが、こういう時に断っても碌な事にはならない。

「はい、大丈夫です」

「兵頭君も良いかな?」

兵頭は何も言わずに、視線を逸らして首だけを縦に振った。
河合は顔をシワだらけにして笑い、椅子を持って僕らの前に座る。

「聞きたいことは、鷺坂咲さんについてだ」

なんとなくは予想が出来ていた。
それでも、まだ何も聞かれていないのに身構えてしまう。
気怠げだった兵頭も、顔だけを河合に向けている。

「鷺坂咲さんは悲しい事になってしまった。君たち2人は特に仲が良かったらしいね」

「何が言いたいんだ。傷を抉りに来たわけじゃないだろ」

露骨に苛立ちを見せる兵頭に、軽く手で釈をすると、河合は深呼吸をして改めてこちらを見た。

「彼女の親御さんが、君たちに会わせろと言って来ている。話がしたいと」

「今更何を話すんですか」

河合が少し驚いた様子で、僕に視線を向けてきた。
兵頭と違って、髪型も雰囲気も目立たないタイプなのは自分でも十分に理解している。
そんな僕が反抗的になったのが、意外だったのかもしれない。

「俺たちは普通に鷺坂と、はずれもの同士で遊んだだけだ。葬式も来ないような奴らに、話すことなんかねえよ」

「…君たちは彼女の親御さんを知っているんだね。実はもう学校に来ているんだ。僕が話をしに行くと言って止めている」

「僕らにどうして欲しいんですか?」

「…君たちと彼女が友人だったことを説明して欲しいんだ。あの2人の理論の飛躍は凄まじい。特に、お母様は1を話せば10を勝手に作り上げる」

よく知っている。
あの2人はそういう人間だ。
だから咲ちゃんは嫌気がさしたんだ。

「仲が良いのを示すだけですか?」

「そうだ。あの2人は君たちが要因だと言って聞かない。だから証拠を作りたいんだ。君たちの関係が良好で、彼女の自殺にはなんら関与していないと」

自殺という単語で、空気が重くなった。
先ほどまで明るかった庄戸先生の表情も、途端に暗くなり、兵頭はバツの悪そうな顔で目を閉じた。
彼女はリストカットをして、朦朧とした意識で飛び降りたと聞いた。

「…分かりました。僕らが話せば良いんですよね?」

「そうだ。そしてその様子を録音する。そうすれば、今後君たちに何かがあっても、守ることが出来る」

「橋爪、俺は納得してないぞ」

「…僕だってそうだけど、もうこれ以上咲ちゃんの事を話題にされるのが嫌なんだ。何も知らない奴らに」

「それは同意だ。…分かった、俺も行くわ。けじめだ」

河合先生は無言で頷くと、立ち上がって部屋を後にした。
僕と兵頭も後を追うと、部屋の前には咲ちゃんが立っていた。

「あれ?庄戸先生の家じゃなかったの?」

「…どこ行くの?」

「昨日のことで色々聞かれてるんだよ。これからまた校長室だ。昨日と同じようなことを永遠聞かれる」

「ふーん、大変だねえ。私も一緒に行こうか?」

「いや!咲ちゃんは大丈夫だよ。あの日居なかったことになってるし」

「…分かった。今日は大人しく退いてあげよう。感謝してね」

彼女はそう言って僕らとは入れ違いに、保健室へと入っていく。
彼女の高い笑い声が聞こえ、兵頭と僕は互いに頷いた。
また楽しい日常が戻りつつあるんだ。
壊されるわけにはいかない。
何がなんでもだ。

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「君らが咲を追い込んだ。間違いないね?」

「そのような事実はございません。むしろ、彼らは鷺坂さんの特に親しかった御学友です」

「そんなの、あなたたちが勝手に言ってるだけでしょ?現に咲は、しばらく帰りも遅かったし、何より家に居る時間も短くなった。彼らが妙な遊びを教えた以外にありますか?」

この2人は本当に話が通じない。
僕らと先生を呼びつけた理由は明白で、彼らの欲しい回答を僕らの口から聞く。
それだけだ。

「…お前らさ、鷺坂がどんな気持ちで毎日居たか知らねえだろ」

兵頭は2人を睨みつけながらそう言うと、少し前のめりな姿勢に変えた。

「そうやって何でもかんでも他人のせいにするから、鷺坂は嫌になったんだよ」

「なんだ!?子供が偉そうに!!お前らみたいなのと一緒だから、咲は自殺したんだ!?謝罪しろ!!」

「娘の葬式にも来ねえような奴が言える立場かよ」

「このガキ!!」

咲ちゃんの父親が兵頭に向かって拳を振り下ろしたのを合図に、殴り合いが始まった。
高校生とはいえ筋肉質な兵頭は、父親の襟を掴んで部屋内を引き摺り回しながら、彼を怒鳴りつける。
必死になって河合先生や生徒指導の先生も止めに入るが、彼らはお互いが冷静では無いので、一向に鎮まることは無かった。
ただただその光景を眺めていると、突然轟音が響き全員が手を止めた。

「…なんだ?」

河合先生がそう呟いて、周囲を見回す。
その場にいる全員が、各々首を回して周囲を確認する。
地鳴りのような音が再び聞こえ、部屋の空気が緊張したものに変わった。

「何が起きてる?」

生徒指導の先生がゆっくりと部屋を出て、左右を確認する様が見えた。
何もなかったようで、少し前屈みだった姿勢を正し、再度左右を確認したその時、見慣れたものが先生の頭部を過ぎ去った。
一瞬の出来事で言葉を失う。
先生の首より上が無くなり、残った身体はその場で立ったまま動かなくなった。

「な、なんだよおお!!」

情けない叫び声をあげ、咲ちゃんの父親は部屋から逃げ出し、それに続くように母親も出ていった。
河合先生は動けなくなっており、どこか遠くを見ているが、その目には何も映っていないようだった。
次に叫び声にも似た甲高い音が聞こえたと思うと、呼応するように低い音が続けて聞こえる。

「…加子先生は大丈夫か」

「行ったほうがいいよな」

「…わ、私も行くぞ」

震えた声の河合先生はそう言って、ぎこちない動きで部屋を出て行き、僕と兵頭も後に続くように保健室に向かって走った。


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廊下に出てすぐに視界に入ったのは、荒れ果てた校内だった。
窓ガラスが割れ、内壁も塗装が剥げており、コンクリートが剥き出しの状態になっている。
いくつかある教室のドアは真っ二つにされ、中の椅子や机は原型を留めないほどに破壊されていた。

「…何があったんだよ」

「分からないけど、普通はこのくらいのことが起きてたら、音で気がつく筈だ」

「意味分かんねえ!!」

兵頭は髪の毛をくしゃくしゃにして、露骨に苛立ちを露わにしていた。
別棟の保健室に向かってひたすらに走るが、徐々に河合先生がペースを落としていく。

「先生、休んだ方が」

「それどころじゃないだろう!とりあえず、君たちだけで行きなさい」

先生は立ち止まり、僕らとは逆の方向へ身体を向けてどこかへと走り出した。

「先生、どこ行くんですか!?」

「他の生徒に話を聞きに行く!怪我をした人が居ないかもついでに確認するから、別行動だ!気を付けて!!」

どすどすと走っていく背中を見送り、僕らは保健室へと向かった。

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保健室に着いたが、嫌な予想は当たった。
他の教室同様に荒れ放題の中には、人がいる気配はなかった。

「…加子先生はいないな」

「僕らが知らない間に何処かに避難したかも」

「…だと良いんだけどな」

そう言った兵頭が僕の肩を叩き、床に向かって指をさす。
見ると赤い液体が、点々と床に落ちていた。
しゃがんでよく見ると、血で間違いなかった。
そして、その血痕の先には血溜まりができていた。
不意に気が付かなかった、異様な鉄臭さと妙な匂いが鼻に纏わりつき、吐き気を催す。

「とりあえず庄戸先生と合流しよう。話はそれからだ」

急いで保健室を出ようとしたところで足が止まった。
廊下側の壁は完全に破壊されており、廊下に何がいるのかがはっきりと見える。
だらりと垂れた2本の足に、吊り下げられた様に宙に浮く胴体と両腕。
首はひしゃげ、頭頂部がこちらに見えるような角度で頭が付いている。
黒い霧が所々に纏わりつき、絶えず湧いては、床へと落ちていく。

「…平出」

兵頭も気が付いたようで、か細い声でポツリと呟くとその場で足を止めた。
どんな力が加わっているのか分からないが、平出はそのまま廊下を進んでいく。
音を立てず、息も止めて通り過ぎていくのを待つ。

「しょうどせんせええええ、どこにいるんですう?おはなししましおおおおお」

人間の時よりも明らかにおかしくなっていた。
高い声としゃがれた声が混じった、この上なく不快な声で叫びながら、平出は去って行った。
安堵で思わず大きく息を吐いた。
その瞬間、廊下に落ちているガラスが鳴った。

「だれだあああああ?しょうどせんせええですかあああああ!?」

かちゃかちゃとガラスや何かが擦れる音がすると同時に、音がどんどんと近づいてくるのが分かった。
再び息を止め、その場にしゃがみ込んで身を潜める。
音を立てないよう、一心不乱に身体に力を入れて震えを抑えつけた。
平出の引きずっている足が、床に散らばった物に当たって音を鳴らし、ゆっくりではあるが確実にこちらへ来ているのが伝わる。

「しょうどせんせええええ、わたしはああああ!!しねなあああああい!あなたおおおお!」

何を言いたいのかも分からないが、死ねないという言葉が引っかかった。
死なないではなく、死ねない。
庄戸先生の名前をひたすらに言い続けているのは、何か関連があるのか。
仮に死ねないというのなら、何をすれば死ねるのか。

「はしづめええええ、なにをしているうううう?」

顔を上げると、目の前に平出がいた。
黒い霧を目や口から垂れ流し、裂けそうな勢いで横に広がった口元と、あらぬ方向を向いた両目。
間近で見るとその異様さに、吐き気すら覚えた。

「逃げろ!!橋爪!!」

逃げたい。
でも足が動かない。
そもそも身体が動かないし、視線すらも平出の顔から離れなかった。
突然視界が暗くなったかと思うと、頭に痛みが走る。
内側から骨の軋むような音が聞こえ、動かなかった身体が勝手に動く。

「離せ!!!橋爪、待ってろ!!」

兵頭の叫び声が聞こえた。
立て続けに大きな物音が響き、視界が開けた。
目に映ったのは、僕の前に立って平出の腕を掴んでいる咲ちゃんだった。

「お待たせ、ネイル」

片手で掴んでいた腕を両手で掴み直し、まるで木の棒を折るかのような様相で、彼女は腕をへし折った。
両手に持ったまま折れた片方を脇に挟み、腰を捻りながら力を加えると、腕は引きちぎれ、平出はよろけて少し下がった。

「きっしょい、本当に。あんたなんでまだ居るの?」

「さぎさかあああああ!!しょうどせんせええええおおおお!!!」

狂ったように暴れ回る平出を尻目に、咲ちゃんは軽々僕と兵頭を脇に抱え、後ろの窓から外に出た。
一瞬僕らの顔を見てにこやかに微笑み、彼女はそのまま飛び上がって3階まで到達した。
窓を蹴破って中に入り、僕らを落とす。

「危機一髪だったねえ、2人とも」

「わあああああああ!!」

叫び声の先には庄戸先生がいた。
所々に怪我は見受けられるが、それほど大きなものは見当たらない。

「2人あるところに私あり。やっぱりヒーローなんだよ、今の私は」

笑顔でそう言った彼女は、当たり前のように腕と足を黒い霧で包み、教室を出ようとした。

「…どこ行くの?」

「あれはなんとかしないとでしょ」

「咲ちゃん、私も行く。平出先生があんなことになってるのは、私にも何か理由があるんでしょ?」

「加子ちゃん、それはダメだよ。こういうおかしな状況になって、何かしたいのは加子ちゃんらしいけど、それで死んだりしたら元も子もない。何より、全然悪くないんだからさ」

いつになく饒舌で、そして説得力のある事を言う咲ちゃんに、僕は知らない誰かを見ている気分になった。

「そういえば河合先生は?2人とも一緒だったよね?」

「怪我人とかを探しに行きました。あと、何が起きたかを他の人に聞くって」

「そう、大丈夫だと良いんだけど」

「とりあえず、みんなはここに居てよ。平出は私がなんとかするから」

咲ちゃんはそう言って、窓から落ちていった。
慌てて下を見ると、そこに彼女の姿はなく、すぐに先ほども聞いた地鳴りのような音が聞こえてくる。

「あの妙な音は平出の声か?」

「…そうかもしれない」

沈黙が包む。
咲ちゃんが戦っている中で、僕らが行けば足手纏いになるのは分かってる。
でも、何かやらないといけない気がする。
彼女が僕らを助けたのと同じように、僕らも助けてあげたい。
正直言えば、僕らの方が気持ちが強いのではないかと思う。
僕らは一度失っている。
だから余計に、心が僕らを急かす。

「…迷惑なのは分かってるけど、何かしたい」

「助けたいのはみんなそうだ。でも、足手纏いになるのはダメだ」

兵頭はそう言うが、貧乏ゆすりが激しい。
それは僕らに向けて、というよりは、自分に言い聞かせているように見えた。
僕らははずれもの同士だ。
だから仲良くなったわけだが、クラスメイト達はどうなったのかが気になった。
顔を知っている人間が傷つくのは、気分が悪い。

「咲ちゃんが何も心配しなくて良いように、僕らは学校にいる人たちを逃そう」

「これだけのでかい騒ぎで、逃げてない奴なんかいるのか?」

「分からないけど、咲ちゃんは優しい。人が1人でも居たら、絶対に手を止める。僕らも含めて咲ちゃんの邪魔だ」

「…彼女は嫌がるだろうけど、私達がいるから出来ないこともあるよね」

「やる。さっさとやるぞ。うじうじするのは面倒くさい」

兵頭は立ち上がって、教室のドアに手をかけた。

「連絡はラインですれば良いだろ?先に行くわ」

兵頭はそう言って教室を出た。
彼の外へ出るように促す叫び声が、徐々に遠くなっていく。

「僕も行きます。先生も行きましょう」

「…よし、なるべく頑張るわ」

先生はそう言って、履いていた靴を脱いだ。

「走りづらいからさ。行こう!」

先生はそう言って教室を出て行き、僕も彼女に続いた。


ーーーーーーーー

「みんな、大丈夫だからね。私の後についてきて」

兵頭からの連絡で、2階のトイレで合流した。
中には数名の生徒がおり、身体を縮こませて固まっていた。
話を聞くと、他の学生たちと一緒に逃げていたところで、先ほどの音が聞こえて隠れたとの事だった。

「とりあえず、俺はこいつら先導して逃すから、お前らは他を探してくれ」

「うん、分かった」

先ほどから音が激しくなっている。
学校全体の揺れも徐々に大きくなっており、耐久性に不安がよぎる。
トイレの数名を階段まで誘導し、あとは兵頭に任せて僕らは2階に残った。

「先生、急ぎましょう」

「うん!」

廊下に戻ろうとした時、不意に後ろから押されてその場に倒れ込んだ。
手と腹部に若干の痛みを感じながらも、後ろを振り返ると、先生が僕の腰あたりに覆い被さるような形で倒れていた。
身体を起こすと、彼女の左足に裂傷が見えた。
その隣には、黒い霧に覆われた人間の素足が横たわっている。
廊下の奥の方へと視線を移す。

「さぎさかあああああせんせえええええ、いたあああああああ」

平出だ。
先生が平出から僕を庇って傷を負った。
視線を下に落とすと、少し顔を歪めている。
迷う暇はなかった。
急いで立ち上がり、彼女の肩を抱えて2メートル程先の教室に向かう。

「とまれええええええええ!!!」

叫び声で耳が痛い。
ついこの間まで高い声ではない、響く、人から出ているとは思えない声。
頭がぐらぐらして、足の力が抜けそうになる。
なんとかドアに手をかけた時、何を思ったか先生を前に放って動けなくなった。
派手に倒れた先生が驚いた顔でこちらを見るが、すぐにその顔が悲痛なものになった。

「やだ!だめだめだめ!!」

先生はドアを開けて、動けなくなった僕を無理やり教室に押し込んでドアを閉めた。
僕は仰向けになって寝転び、その場から動けない。
身体は熱いし、何より息がしづらい。
先生が必死になって、僕の左脇腹を抑えている。

「だめ!!!起きてて、大丈夫だから!」

何がダメか分からない。
唯一動かせる目が、僕のワイシャツが赤くなっていることを教えてくれた。
自覚すると、頭が一気にそれだけになる。
痛い。
痛い痛い痛い痛い。

「大丈夫、大丈夫だから」

「加子ちゃん何してるの!?」

「咲ちゃん!!どうしよう、橋爪くんが!!」

「…ネイル!!!だめだよ、死んじゃだめ!!」

「……死なないよ」

荒い呼吸をしながらも、必死になって返せた言葉がこれだけだった。
集中して呼吸を整えようとするが、なかなかうまくいかない。
むしろより変な感じになり、視界の隅にいる2人の顔が、露骨に不安そうな表情に変わっていく。

「君たち!!まだ居たのか!?」

後方から聞こえた声は、先ほど聞いたものだった。
丸々とした巨大なシルエットが、こちらに近づいてくる。

「庄戸先生、橋爪君。……鷺坂さん!!どういうことだ!?訳がわからない!」

「河合先生!なんでも良いので止血できるものは無いですか!?橋爪くんが!」

慌てふためく河合先生に、庄戸先生が泣きそうな顔で問いかける。
事態が飲み込めていない様子の彼だったが、僕の腹部を見て、何度か頷いた。
そして、少し上を見上げて何を考えたか、僕に手を伸ばす。

「河合先生!!何してるんですか!?」

「傷の度合いが分からなければ判断が出来ない。あの妙な化け物がうろついているんだ。できれば固まった方がいい」

「どこかに行くんですか?」

「職員室に応急処置のキットがある。ここから少し距離はあるが、取りに行けないほどではない。取りに行って戻ってくるロスより、一緒に行った方が早い」

「この状態で橋爪君を動かすんですか!?」

「出血量が多ければ私が単独で行く。その確認のためだ」

僕はワイシャツのボタンを外し、裾をズボンから出して腹部までたくしあげた。
幸い自分からはシャツで傷口の確認ができないが、傷口を見た3人の様子を見るに、あまり軽いものではないようだ。

「私が急いで行ってくる。幸いにもやつは足が遅い。私でもすぐに戻って来られるはずだ。待っててくれ」

彼はそう言って、教室を後にした。
再び庄戸先生が僕の方に顔を向けるが、咲ちゃんは別の方向を見ている。

「咲ちゃん?どうかしたの」

「平出が来ない。あいつの足、もう全然歩く為には使えないけど、あいつ自体は人よりちょっと遅いくらいの速度で動けるはず」

「…どこかに行ったとか?」

その時、甲高い声が辺りに響いた。
咲ちゃんの方へ視線を移すが、彼女は口を閉じて真っ直ぐに外を見ているだけだった。

「もう一体いるんだ。面倒くさい」

彼女がそう言うと同時に、轟音と共に教室の壁が破壊され、何かが入ってきた。
砂っぽい煙の中に見慣れたシルエットと、もう一つ妙な形の人型が見える。

「はらだあああああああ、じゃまをおおおおおおしてえええええええ」

「うるさああああああああいいいいいいい!!」

この中に原田という名字を持った人間はいない。
平出を睨みつけるあの化け物が、原田だとしたら、僕は咲ちゃんには同じ姿になってほしくないと思った。
身体を海老反りにし、ぶらつく両足から黒い霧を垂れ流す。
その身体を両腕と足の形にした髪の毛で支え、頭は人間の可動域を越えて、背中にピッタリとくっついている。

「原田…さん?」

「加子ちゃん、知ってるの?」

「嘘、何で?転校したはずじゃ」

庄戸先生は怯えた様子で、それでも目の前の化け物の顔を見て、視線を動かさない。

「あああああああああ!!しょうどせんせええええ!あいたかったああああああ!!」

「はらだああああああああ!!!しどおおおおおだああああああ!」

女の方が僕たちめがけて飛びかかる。
その時、咲ちゃんが間に入り両手で彼女を止めると、そのまま平出に向けて投げつけた。
平出を巻き込んで2人は飛んでいき、階段を挟んだ反対側の教室へと消えていった。

「ネイルは私が連れて行くから、一旦動こう」

「傷が広がったら危ない!河合先生を待った方が」

「このままここにいれば、2人とも死んじゃうから。だからお願い」

「……先生、僕は大丈夫です。行きましょう」

先生の顔はひどく戸惑っているように見える。
それでも、今のこの状況でここに留まるのは得策ではない事は明白だ。
悩んでいる時間すら惜しい。

「……分かった。私もできる限りの事はする」

咲ちゃんに軽々と抱えられ、僕たちは少し奥の教室へと向かう。
その最中でも、激しい音と共にどんどんと校舎が破壊されていき、ひび割れがない場所を探す方が難しい。
比較的綺麗な教室を見つけ、そこに転がり込んだ。

「橋爪君、もう少しで大丈夫だから」

先生の励ましが少し遠く感じる。
身体から熱が抜けていき、足先から感覚が鈍感になっていく。

「…ネイル、やばいよね」

咲ちゃんは僕の状況を分かっている。
結構なから元気で頑張ってきたが、だいぶキツくなってきた。
息も意識しないと吸えない。

「……これ使うか」

咲ちゃんは背負っているリュックを下ろして、中身をゴソゴソと漁る。
そして取り出したのは、拳銃だった。
ギョッとして先生は少し後退るが、彼女は気にせず弾丸を確認する。
銃と弾薬を取り出して、彼女は教卓の上にそれらを置いた。

「加子ちゃん、私さ薄々は分かってたんだよ。自分が死んだってさ」

僕と先生は彼女から視線が動かせない。
彼女は弾薬を入れる所を展開し、3発の弾丸を丁寧に立てていく。

「あの人たちからパクってきた。子供の通学先に銃持ち込むってさ、本当にイカれてるよね」

彼女は乾いた笑いで僕らを見る。
なぜかは分からないが、その時保健室に残っていた血溜まりを思い出した。

「ご両親はどこに?」

「…知らなくていいんじゃない?それよりこれで私を撃って、加子ちゃん」

突然の提案に、庄戸先生は大きく首を横に振った。
僕も彼女の提案の意味が分からず、黙って彼女の次の言葉を待つことしかできない。

「私もあんな感じになれるんだよ。でもさ、あれになりたかったら、一回死なないといけないの」

「あんな風になる為に、咲ちゃんを撃てって言ってるの?」

「ネイルに時間がない。見た感じ撃てそうな体力もなさそうだから、今できる1番良い解決策がこれしかないんだよね」

先生はひどく動揺しているが、咲ちゃんはなぜか少し笑みを浮かべていた。
先生は目を強く瞑って、何度も何度も頷いて首を横に振る。
数秒間それを続け、彼女が目を開くと、立ち上がって教卓の前についた。

「咲ちゃん、ごめんね」

彼女は震える手で銃と弾丸を一つ取り、教卓の下で装填していく。
いつもの優しく、快活な彼女の表情はそこにはなく、さながら睨むような形相で、咲ちゃんの顔をじっと見ている。
ガチャン、という金属の重い音が聞こえる。
彼女は半歩下がって両手で銃を握ると、深呼吸をして構えた。

「咲ちゃん、これで良いの?」

「うん、大丈夫だよ。加子ちゃん」

対照的な2人の表情に、戸惑いが隠せない。
庄戸先生は苦虫を噛み潰したような、暗くて憎しみさえ滲むような表情に対し、咲ちゃんは恐ろしく穏やかだった。

「当てやすいように前に出るよ」

両手で教卓の上に頬杖をつき、少し前のめりになって、先生の構える銃口に額を近づける。
彼女の銃を持つ手は震え、必死に自分を落ち着けようと取り組む深呼吸は、苦しそうだった。

「絶対、帰ってきてね」

「うん、大丈夫。私はヒーローだから」

違和感があった。
咲ちゃんは、人に何かを背負わせるタイプじゃない。
人に背負わせるのが嫌いだ。
現に彼女は、親の問題を最後まで僕らに背負わせる事なく終わらせた。
なのに、なぜ庄戸先生には背負わせようとしているのか。
そもそも、化け物になった人たちは、みんな庄戸先生に何か感情を持っている。

「行くよ、咲ちゃん」

彼女が指を引き金にかけた時、僕は残す全力を全て振り絞り、彼女の向けた銃口を僕に向けた。

「ネイル!!!」

ーーーーーーー

次に目が覚めた時には、天井と、泣いて顔がグシャグシャになった咲ちゃんと庄戸先生が目に映った。

「ごめん、ごめんね。橋爪君、ごめんね」

「ネイル、嫌だよ。お願いだから」

「大丈夫だよ、僕は」

僕がそう言うと、2人は顔を見合わせ、大声を上げて飛び上がった。
驚いている2人を気にせず、自分の身体を確認すると、先ほどの傷が治っていた。
そして、身体の内側から妙な感覚が湧いている。
その感覚に従うと、なんだか頭が熱くなり、皮膚や毛の感覚が消えていく。

「ネイル、それ…」

2人が僕を見る目が物語っていた。
僕も咲ちゃんや平出の側の人間になったのだろう。
咲ちゃんたちはこんな感覚だったのか、と感心の方が今は大きかったが、黒い何かがこちらに飛んできたのを皮切りに、僕と咲ちゃんは先生を庇うように前に出る。

「おまえらああああああああ、じゃまなんだああああよおおおお」

「せんせええええええ、かこちゃんせんせええええええええええ」

どこで仲が良くなったのか分からないが、2体は先ほどまでの争いは嘘のように、仲良く隣り合ってこちらを見ている。

「ネイル、いけそう?」

「やるだけでしょ。原田さんは任せた」

僕は平出に飛びつき、彼の足に噛み付いた。
叫び声を上げながら、僕を引き剥がそうともがく彼の身体を掴み、目一杯の力を入れて肉を引きちぎる。

「はしづめえええええええええ!!!どけええええええええ!!」

彼の肘関節より先から溢れる黒い霧が、僕の体に纏わりつき、ミシミシという音が身体の内側から響き、言いようのない痛みが身体中に走る。
それでも、噛み付いたままの彼の足から離れず、彼の腰の辺りを掴み、頭を勢いよく振った。
ブチブチという音と共に、口の中にあった何かが彼から離れた感覚がある。

「あしがああああああああああ!!!いだいいいいいいいいいいい!!!」

叫び声に拍車がかかり、彼はもはや何かも分からずひたすらに暴れ回る。
先生を庇いながらも、彼の身体を噛みちぎっていくが、一向に勢いは衰えない。
無くなった身体の部位は、黒い霧で補填され、むしろさっきよりも攻撃が通らなくなっていく。

「咲ちゃん、大丈夫?」

「なんとか。それより、全然倒れなさそうだね、こいつら」

打開策を考えるが、なかなか思い浮かばない。
頭部への攻撃も考えたが、それは少なくとも平出には意味がないと、この間の件で証明された。
先ほどからの様子を考えるに、身体への攻撃も意味がないように感じる。

「そういえば、ネイルは頭なんだね。私は両手両足だけど」

そう言われてふと考えた。
咲ちゃんは右手の手首から黒い霧が出て、両手両足に纏わせている。
僕は頭から出して頭全体を覆うように。
そして、平出は首から。

「死に方か」

この状況を打破するなら、賭ける価値は十二分にある。
僕は少し下がって助走をつけ、平出に向かって体当たりをした。
廊下の窓を突き破り、2階から落下した平出がうねうねと動いている。

「咲ちゃん!!そいつを突き落として!!」

彼女は黙って頷いて、両手で原田の足を掴み、そのまま放り投げた。
後から落ちた彼女も苦しそうにもがいているが、気にせずに咲ちゃんへ考えを伝える。

「…だとしたら、倒すのは」

「死に方の再現だと思う。平出は多分首を吊った。だから、その再現をすれば」

「でも紐がないよ」

「…どうするか」

そんな簡単に紐がある場所なんて思いつかない。
あまり時間をかけるわけにもいかない。
頭を必死に回転させているところで、視界の端に何度か見た丸々としたシルエットが入った。

「みんな!!こんな所にいたか!!……橋爪君か!?」

河合先生への説明を考えたが、それよりも彼の肩にかけた白い線の束が見えた。

「河合先生!!それはなんですか!?」

「ああ、これは万が一と思って紐を持ってきたんだ。いざとなればこれでみんな窓から降りれば良いと思って」

「それ下さい!!今すぐ!」

僕の剣幕に押されるように、彼は頷いて紐を差し出す。
急いでそれを受け取り、持ったまま下に落ちた平出の元へ向かう。
ある程度回復したようで、身体を起こしてこちらを見上げていた彼に、迎撃される形になった。
彼の両足が僕の腹部を貫通し、そのまま校舎の壁に刺さったところで、こちらに向かって彼が飛んでくる。

「はしづめええええええええええ、ゆるさんんんんんんんん!!」

唯一残っている右腕で僕の首を掴むと、人とは思えない力で締め始めた。
息が出来ないはずなのに、不思議と苦しくはない。
この状態では痛みは感じるが、直接死には関係しない限り、大した影響がないのかもしれない。
そのまま強引に、持っていた紐を平出の首に巻きつける。
すると、先ほどよりもはるかに強い力で抵抗を始めた。
ほんの数秒前までは存在していたはずの、わずかな自我すらも無くなり、ひたすらに叫びながら、わけもなく暴れ散らかしている。

「咲ちゃん!!先生たちを守って!!!」

暴れ回る平出から必死に紐を守りながら、彼の首に紐をくくりつけた。
そして、自分の腰に巻いていたもう片方の端を掴み、彼を背負うような形で2階へ上がる。
咲ちゃんに持っていた部分を渡し、僕は彼の身体を掴んで、勢いよく下へ落下した。
耳を塞ぎたくなるような断末魔が辺りに数秒響き、掴んでいたところが擦り抜けた。

「どうだ!?」

見上げると、全身が黒かった彼の身体は、元の人の身体に戻っており、僕が噛みちぎったであろう部分が、痛々しい傷となって残っていた。
終わった。
そう思い安堵したのも束の間、原田の姿が見えないことに気がついた。
それでも、今はもう彼女を追う気力がなく、僕はその場に倒れて目を瞑った。

--------

「2人とも無事か!?」

校庭にいた兵頭とお互いの安全を確認し合い、僕らは心の底から安堵した。
他の生徒たちは皆帰っており、警察が出てくるレベルの大騒ぎになったものの、詳しいことは何も分からないとのことで、適当な事件として片付けられた。
咲ちゃんの両親は行方不明となり、彼女は庄戸先生の家に下宿する形になった。
正直なところ、何が原因で僕や咲ちゃんがこうなってしまったのか、本当の意味では理解していない。
庄戸先生に何かがある。
けれども、僕は戻ってきたこの幸せを、不確定な自分の勘で壊したくない。
兵頭も何が起きたかを聞いてくるが、僕はこの先も正直には言わないだろう。
せっかくみんなが揃ったんだ、中身はどうであれ、外見が同じであれば良い。
そう思うことにした。

----完----





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