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習作日記11/23

 外の日差しにしては、鋭く頬を刺すようだった。僕は鏡に一人を写しつつ、洗面所で水を浴んでいた。人はすでに、一通り出払ったようである。もはや昼下がりの焦燥などなく、寝過ごしを当然のように受け入れてしまっている。なんでもいいが、朝支度を早急に済ませたい。空腹で頭蓋が溶けそうだ。
 朝食を寝過ごした。こんな朝は、散歩からはじまる。
 まだ額から水滴が溢れているのを、服の裾で不器用に拭う。小走りに自室へ帰り、トートバックに財布を突っ込んだ。
 さあ、街へ出よう。僕は今朝の朝食を想像する。温かいコーヒーと、甘いパンを一つ、傍に置き、海岸で腰掛けて、波止場に留まる海鳥を眺めよう。徒然なる、道草混じりの朝食を、迎えられるなら寝過ごしも悪くない。
 さてと、パンは何処で買おうか。自動販売機でももちろん買えるが、少々値が張る。そうなると、駅前のパン屋だろうか。けれど、再三通っている店だから、どこかばつが悪いような気がする。そういえば、大通りに沿って東に歩けば、中型の格安スーパーマーケットがあるらしい。極力食事にかける出費を抑えたいという、現金な性に従って、200円以内に収まる買い物にしようか。
 僕は外に出て、風に包まれた。青氷が、全天を覆っていた。たぶん、海上だろうか、南側を歪な雲の巨人が泳いでいる。黒い外套を身に巻き付ける。
 初冬の寒さを湛えた大気。まるで雲の上。若干息も詰まるようだ。
 大通りの喧騒を歩きながら、長考がはじまった。なんでもないことだ。今日は、執筆中の作品の主人公が議論の中心にいた。
 スーパーマーケットまではすぐだった。りんごデニッシュパンと、妥協の結果冷えたミルク缶コーヒーを購入して、また大通りに沿って歩いた。
 海岸では、全身を淘汰するような風に襲われた。丸くなってベンチに腰掛けていると、冷たい粒が、皮膚に降った。空が――なるほど、囲むように分厚い雲が浮かんでいた。隣町で今、雨が降っている。風に流れてここまで。
 旅。
 どうして旅なんてするんだい。
 苦しいからさ。
 そうだ。今日も遠出をしよう。二駅分の旅だ。まだ明日がある。
 暗く沈んだ、竹炭の空を見ていると、"ノクティルーカ"の一節が脳裏に浮かんだ。
 
 明日なんて幻で今だけが全てなら
 幸せなんて後になってから
 気づいてしまうものなのだろう

 忘れているだけで、大切なことはきっと数多溜まっているのだろう。
 例えば――。
 まだ僕はここで、言葉に詰まる。
 一つ、確かなのは、その『今は忘れているもの』が、僕の創作を駆り立てているのだ。所詮、脳からアウトプットするだけ。それだけの行為が、美しい。それだけの行為が、幸せ。
 いつか気づけるように、今を愉しむのだ。

※この話はフィクションです。

参考: 『ノクティルーカ』- Orangestar (https://www.youtube.com/watch?v=m367nnJRs-M)


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