ピカレスク~ケントとフウマ~⑩

【違和感】

「あー…やっぱ、全部食うべきかな…怒られっかな…」

行きのテンションとは明らかに違い、足取りが重いフウマ。
行きはよいよい帰りは怖いとは、この事をいうんだろうか。

フウマの持つ薄茶色の紙袋には、甘いバターの香りがするクッキーと冷えたヤギのミルク、
それに、ふわふわのロールパンが入っていた。

その袋を両手で開いては中を覗き込み、立ち止まっては袋を閉じてまた歩く。
これをさっきから何度も何度も繰り返していた。

町を離れる時間になったとき、カレンがお友だちさんにも…と、これをくれたのだ。
決して友達なんかではないけど、それならどんな関係?と聞かれても答えに困るので、
その場ではヘラヘラ笑ってごまかし、袋を受け取った。



「…飲食物をもらっちゃダメとはいわれてねえし…」

そう。今回に限っては、飲食物のことに関してはなにも言われてないのだ。
ただ、今思い出したのだが

『他人から食べ物や飲み物はもらうな、毒入りだったら即御陀仏だ、わかったな?』

と言われていたのだ。

(あの人は良い人だったし、実際食べてもなんともなかったし、めちゃくちゃうまかったし…)

フウマ自身は気づいていない。
こんなに美味しいと感じたものを食べたのはものすごく久しぶりだったから、ケントにもこれを食べて喜んでもらいたいと思っていることに。

(ま、これが報酬ってことにしたら、持って帰っても問題なしかもな…、お!いいなそれ!報酬作戦!さすが俺、頭良い!)

自分の中で結論がでたフウマは、あんなに重かった足取りも忘れ、足早にケントのいる住処に向かった。

あと十数分でつくという坂道、ふと地面に視線を落とすと、数日前の雨で濡れてぐちゃぐちゃになった状態で乾きはじめてる封が切られてない手紙を見つけた。

それを見たフウマは途端に足が進まなくなり、町での出来事が海馬から強制的に引き出される。

………

カレンの家で、彼女にクッキーをごちそうになった時、軽い世間話をした。
あくまで軽い話であって、深入りはしてない。
……フウマの認識では、深入りはしてないことになっている。

『それにしても、あなた、日本語が上手なのね、すごいわ』
『え?いや、オレ、日本人だし…』
『あ…そうなの…そっか、だから…』
『だから…?』

何かに気づいたようにハッとして視線を落とすカレンに、口いっぱいに頬張ったクッキーをミルクで流し込んで聞き返すフウマ。

『あ、いえ…私に手紙を届けるよう貴方にお願いした人が、日本語で話せるかを聞いてきたの』
『ごめん、オレ、英語もなんとか語も苦手で…』
『いえ、いいのよ…私も日本語はあまり得意ではないけれど、最低限会話はできてると思うし…』
『カレンさんは日本語うまいよな、誰かに習ったのか?』
『えぇ、習ったというよりは、自然と身に付いた…が近いかも』
『自然と?』

カレンはそう言うと、白魚のような右手で
木目が風情のある深い茶色のテーブルに置いていた手紙を優しく撫でた。

『彼女と出会って過ごすうち、気がついたら覚えていたの』
『彼女のって、その手紙の?』
『えぇ、日本人よ』
『え?あれ?彼女?女?手紙の依頼主って男…え?』

行きの道中、男女設定で散々妄想し散らかしていたフウマは、手紙の相手が女性とわかり、軽くパニックになった。
左手をばたつかせ、傍にあったミルクの入ったマグカップにあたり、危なく中身をこぼすところだった。

『…あっ、ごめん…!』
『大丈夫よ、溢れてないわ…』

優しく微笑むと、カレンは続けた。

『依頼主はたぶん、彼女が【依頼した人】であって、それが男性だっただけで、手紙を書いてくれたのは女性なの…私の親友よ』
『親友…』
『あの子が同じ思いかはわからないけれど、私はそう思ってる…あの子と過ごせた1年間は今まで過ごしてきたどの時間よりもとても充実していたわ』
『へぇ…そうなんだ、1年間ってことは、引っ越したのか?そんなに覚えてるもんなのか?』

深入りするなというケントの言葉をすっかり忘れ、次々と質問するフウマ。

『あの子は私が22歳の時、ふらっとこの町にやってきたの』

その時のことを一つずつ思い出しているのか、カレンは丁寧にゆったりとした口調で過去の話を始めた。

『彼女と初めてあったとき、幼児が1人で迷子になってると思って声をかけたんだけど、彼女、14歳だったのよ?中学校に通ってる年齢だったの!日本人って年齢よりも若く見えると言われてるけど、その時、言い伝えは本当だったのだと思ったわ』
『そんなに若く見えるのか…ちなみにさ、オレは何歳に見えた?』
『うーん…間違えても怒らないでね…?10歳くらい…かしら?』
『……16歳です』
『あっ、ごめんなさい…!』

急にムスッと頬を膨らませて年齢を呟くフウマに、カレンは慌てて謝罪する。
フウマのそういう仕草が、ただでさえ日本人が幼く見えてしまう外国人からしたら
10歳に見えてしまう原因の一つでもあることに、本人は全く気づいてない。

『全然へーきっす、ガキだってよく言われるんで』
『よく言われる?ご家族…お友だちさんとかに…?』
『…まぁ、そんなかんじ……んで、その彼女が?』

あんまり突っ込まれたくない会話を振られ、フウマはカレンの話に無理矢理軸をあてる。

『あ、そうね…それが出会いなんだけど、
彼女、ここにたどり着いたとき、お金を一切持ってなかったの…それで、ここで出会ったのも運命かもしれないと思って、私の家に泊まってもらうことにしたわ』

カレンは小さな小窓から見えるの、小さい丘の方を眺めて話す。

『彼女は両親をなくして、親戚の家でしばらく暮らしていたそうなの…そして、14歳の時に1人、海を渡ってこの地に来たみたい』
『急に?なんで?』
『なんでも、人を探していたそうよ…彼女にとって、とても大切な人…今思えば、その人のことを彼女は愛していたかもね』

少し寂しそうな表情が混ざった笑顔を見せるカレンを見ながら、話は聞いてるが一向に食べる手を止めないフウマ。

『そいつを探してこんなとこまできたってのか?そいつがここにいるからか?』
『いいえ、このあたりの地区にいる“らしい”という情報しかなかったみたい…それでも、万が一の可能性にかけて来たんだと思う…その行動力と意思の強さに、当時の私はとても感動したと同時に尊敬したの』

フウマの前に置いてあるお皿が空になりかけたのを目視すると、カレンはキッチンへ向かい、焼きたてのロールパンを持ってきてお皿に追加した。
フウマは目をキラキラ輝かせてパンを両手で持つと
交互に食べ始めた。
そんな姿をカレンは姉が弟に向けるような優しい眼差しで見つめる。

『結局、探していた相手は見つけることができず、彼女は旅立ったわ…一年間、手がかりすら見つけられなかったのに、彼女は涙一つ見せないどころか、暗い顔一つしなかった…ここを離れるときも、満面の笑みで、“手紙書くね!”と、両手を振りながら去っていったわ』
『なんか、いい関係だな…』
『でしょう?私の親友、いえ、大親友よ………あ、そういえば…』

カレンはなにかを思い出したようで、大きな目を更に丸くした。

『彼女、もし探してる彼が訪ねてきたら教えてほしいと、彼の名前を教えてくれたの…たしか…』

カレンの口からその名前がでた瞬間、両手に持っていたパンが重力に引っ張られるように皿の上に落ちる。
パンはそのまま転がって、床の上にまっ逆さまに落ちていった。

『大丈夫?!変わりのパン持ってくるわね…』

そう言って足元に転がった二つのパンを拾ってもらってる間も、フウマは硬直していた。

その耳にはカレンの言った名前が木霊する。















『ふうま』





……

………

結局、フウマは手紙の彼女の名前は聞きそびれてしまった。
カレンに名前を訪ねられても、個人情報の漏洩を禁じられてるから教えることはできなくて、
咄嗟にケントの名前を出してしまった。
ケントの名前はフウマにとっては個人情報にはならない。そういう判断だ。

(手紙の女…今はオレと同じ16か…日本人…人探し…フウマ…)

一瞬、幼馴染みのことが浮かんだ。
小さい頃、よく互いの家の庭で遊んでいた記憶がある。
が、スラム街での暮らしが長すぎたことと
両親が殺されたトラウマを抱えているせいで
幼少期の記憶が曖昧なため、幼馴染みの姿をぼんやりとしか思い出せない。

ただ、名前は今でも覚えてる。


「ユイ……元気にしてるんかな…」















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