ピカレスク~ケントとフウマ~⑨
【ケント】
フウマを見送ったあと、ケントは自分の依頼にとりかかる。
依頼人から預かったのは、黒くて小さい割に重さのあるアタッシュケースひとつ。
「…いくか」
上着を羽織るとそれを持ち、足早に外へ出る。
この手の荷物を運んでいるときは、かなりの確率で奇襲を受けることがある。
ケントは細心の注意を払い、人目につきにくいルートを選び目的地へ急ぎ向かった。
途中、何度も尾行されているような視線を感じ、その都度ルートを変更した。
結果、かなり遠回りになってしまったが、約束の時間前には目的地にたどり着くことができ、ひとまずは軽く安堵し、フゥ、と息を漏らした。
(ここはいつ来ても空気が重いな…)
今回の依頼主からの仕事の現場は必ずこの場所での受け渡しだ。
渡す相手はその時々で違えど、皆が似たような
全身串刺しにされそうな鋭く冷たい気を纏っている。
鉄格子のような建物に四方を囲まれ、天井すら遠すぎて見えない、暗く寒い場所だからそう感じるのかもしれないが…。
ケントはこの場所で、受取人が現れるのを待つ。
受取人は、定時を少しすぎたくらいに
目の前の暗がりから、ぬるりと姿を見せた。
「待たせたな…」
受取人は日本の狐をモチーフにした和風な面をつけて、黒い着流しのような着衣に身を包んでいる。
「…お前が受取人か?合言葉は?」
「…ジョーカー…」
「……」
ケントはその言葉を聞くと、無言で近づき、右手に持っていたアタッシュケースを目の前に出すと、そっとかがんで、所々ひび割れているコンクリートの地面に置いた。
ケントが少し後ずさったのを合図に、受取人は荷物に近づき受け取った。
しばしの沈黙があたりを無にする。
「……?」
いつもならその場でケースを開け、中身を確認したあとに、『後日報酬を使いの者に持たせて伺う。』の一言を相手が口にし、取引終了となりこの場を離れていた。
しかし、いくら待っても受取人はケースを開けようとせず、それどころが仮面越しにジッとこちらを見ているような感覚に襲われた。
首もとにじんわりと脂汗が浮き出る。
最後の言葉をもらうまではここを離れることはできない。
暗黙の了解なだけに、ケントはただ立ち尽くすことしかできなかった。
「……か、確認は…」
どのくらいこうしていただろうか。
一時間も互いに顔を合わせたまま立ちすくしていた気がするが、実際は3分も経っていなかったかもしれない。
この空気に耐えきれなかったことと、早くこの場から離れたかった俺は、声を絞り出して相手に尋ねた。
「ん?確認だと?」
「…ブ、ブツの確認だ、いつもしているだろう…」
「あぁ…まぁ、確かにな…」
そう言って、仮面の男は一歩、こちらへゆっくりと近づいてきた。
思わず肩に力が入り、両肩が僅かに上がった。
「そんなことより、随分と逞しく成長したもんだな…」
「…は?何言っ…、アンタ、日本語…」
「ケント」
知らないはずの俺の名を口にしたそいつは、
目の前でゆっくり、狐の面を外した。